三田評論ONLINE

【特集:ソーシャルメディアと社会】
座談会:加速するアテンション・エコノミーとソーシャルメディアのゆくえ

2025/10/06

アテンション・エコノミーではない設計とは

水谷 その中で日本はどういう立ち位置で今後やっていくかを議論したいと思います。先ほど谷原さんから法規制は筋悪ではというご指摘があり、僕もある意味でその通りかなと思う一方、放送制度をはじめ法学はメディアのデザインの一端を担ってきました。競争政策でデータポータビリティも含めた分散型にしていくためには、法規制が必要になる部分もあると思います。それ以外にも、こういう制度があればいいのではというご提案はありますか。

谷原 何か公権力的なものが必要かなと思うのは、PV至上主義は何とかならないかなと思っています。

最近、PV至上主義がすべての領域において浸透してきて、某新聞社さんも、結構釣り見出しを使うようになっている。中身を読めばすごくしっかりした記事なのに、なぜPV至上主義になるかと言うと、やはり広告モデルだからだと思うんですよね。メスを入れるとしたらそこかなとは思います。

水谷 やはりアテンション・エコノミーの話に関連してきますね。PVとか、アテンション重視の指標が重宝され過ぎていると思っています。

その点で結構面白い試みだなと思ったのは、ヤフーニュースでは、ニュース記事の評価ボタンに「学びがある」「わかりやすい」「新しい視点」という3つのボタンを導入されましたよね。あれはアテンション重視ではない指標だなと思ったのですが。

今子 「いいね」という直感的に押せるボタンだと、やはりアテンション・エコノミーに引っ張られてしまうところがあります。そこで、ワンクッション置いて、考える時間を与える仕組みとして「学びがある」「わかりやすい」「新しい視点」という3種類の「記事リアクションボタン」を記事の下部に導入しています。考えてボタンを押していただいたということは、ユーザーが価値ある記事だと評価したということで、各コンテンツパートナーへのお支払いにも反映することとしました。

記事の質をどのように測っていくかはすごく難しいことで、有識者の先生方にもお伺いして検討していきたいと考えています。プラットフォーマーがトップダウンで決めてしまうことの弊害がありうるので、様々なご意見を伺いながら慎重に検討する必要があると思っています。

水谷 記事の質的評価の基準を誰が決めるかという問題は難しいですよね。ヤフーニュースさんの話で言うと、媒体社に対してプラットフォームであるヤフーさんは優越的地位にあるので、そこでの評価指標基準を一方的に決めることには問題もある。アテンション重視ではない評価基準のようなものを、誰がどのようなプロセスで設計していくかが今後の課題ですね。

定量化の弊害?

水谷 ところで広告の分野からはPV至上主義は何とかなりませんか。

馬籠 難しいと思います。と言いますのも、現在のビジネス構造は、やはりPVなどの数字で決まっている部分が多い。その部分をいきなりひっくり返すのはなかなか難しいと思います。

ただ、今子さんが言われたように、仕組み自体が変わることで、変わってくることもあるだろうとも思います。クライアントに問題意識がないかと言えば、そうではなく、PV至上主義は皆さんどうにかしたいとは思っているのですが、突破口が見つかっていないのかなと思っています。われわれも、情報空間が悪くなれば、クライアントに対していい結果を返せなくなっていきますので、それでよいとは全く思っていません。

今のところユーザーに広告を評価していただく、アドベリフィケーション(広告の検証)のユーザー版みたいなものを指標として備えていくのがよいのかなと思っています。

谷原 でも社会学的には広告というのは本来その時代のカルチャーに貢献するようなメディア表現のはずなんです。しかし、ネット広告にその要素があまりない。そのようにネット広告を語る人がいないですよね。

水谷 『アテンション・エコノミーのジレンマ』で馬籠さんが使っている「クリエイティブ」という言葉について、私の中のイメージと少しズレがあるように思いました。

馬籠 私たちは、ただ広告物のことをクリエイティブと呼ぶのですが、普通の人は違和感があるみたいです。

おっしゃるとおり、表現物として認識しているのでクリエイティブと呼ぶわけですが、今はクリエイティブの要素も多様に分解されています。PV至上主義につながる話ですが、この要素を入れたらもっとCTRが上がるよねというものも計算してつくっているので、だいぶ変わってきているとは思います。

水谷 広告を専門とされている先生が、デジタル広告になって、アテンション・エコノミーが加速すると、アーティスティックな要素がどんどん失われているとおっしゃっていました。

谷原 定量化の弊害ですね。KPI的なものを設定してしまうと、それに縛られてしまうということですよね。

絹川 でも直接のクリック数は出ないけれど、広告のいいイメージが残っているから店舗で買ってみたといった、目に見えない効果も本来はあるはずだと思うんです。

谷原 そうですよね。

水谷 そのようなイメージがあることをどうやって汲み取るかは打開点のような気もします。今は定量化できていないけれど、別の指標でできるようにしたほうがいいのでしょうか。

谷原 定量化できないものを定量化するのが私の仕事です。CTRが取れなくても、最終的なコンバージョン率(CVR)は高かったりするかもしれないですよね。私はそこはどこまでも定量化で何とかしたい。というか、何とか定量化をしないと、やはり意思決定できないと思うんですよね。

プラットフォームのチェックの必要性

水谷 広告主の皆さんに、今のデジタルメディアの、アテンション・エコノミーやPV至上主義によって起こる弊害のようなものを、きちんと認識してもらうことも重要ですね。

出稿した広告がヘイトスピーチ動画に流れているかもしれないということをどう考えるのか。フジテレビからは広告を引き上げる一方で、今年1月にMeta社がヘイトスピーチのルールを緩和した際に、それに反応した日本の広告主はどれほどいたのか。でも、プラットフォームを支えているのは、広告主なんですよね。自分たちの貴重な広告費が有害情報の流通を支えてしまっているかもしれないという点に、もっと問題意識を持ってもらう必要があると思います。

絹川さん、今後、プラットフォームに対して既存メディアの役割をどうお考えでしょうか。

絹川 対プラットフォームでは、利用者目線で、「あなた方はこれだけの影響力と公共性を持っているんですから透明性の確保や安全管理を徹底してください」と愚直に取材していくしかないのかなと思っています。現場の一記者としてできることとしては、コツコツ自分の持ち場で取材し、その成果を発信していくことでしょうか。

水谷 政府に対する監視やチェック&バランスも必要ですが、「新たな統治者」となったプラットフォームに対して監視する役割を、今後はマスメディアに担ってもらわなければいけないと思います。

併せて、報道機関には報道倫理をはじめ、大切にしてきたものがあると思うんですが、PV至上主義で釣り見出しが多くなるといったことのように、報道機関自身が、アテンション・エコノミーに取り込まれないよう、アップデートすることも必要ですね。

フェアネスな空間に近づけるために

谷原 マスメディアで1つ思うことは、特に地上波テレビは視聴者の知的水準を少し低く見積もりすぎではないかと思うんです。

私が少し難しい話をすると基本全カットです。横文字すら使わせてもらえません。それに対してYouTubeの政治経済系メディアは、私が話した因果推論とか難しい話をそのまま届けてくれる。すると、それがわかる層には滅茶苦茶刺さるんです。

地上波テレビは、もう少し視聴者の知的水準を高く見積もってもいいのではないか。わからないことも調べさせるぐらいのスタンスでもいいのではと思うんですが。

絹川 個人的にはより専門的な内容を伝えても良いのではという部分について全面同意ですが、やはりプロセスの中で難しいところから削られていくというのがありますね。

水谷 僕も年配の方々にもわかるように他の言葉に直せませんかと言われたことがあります(笑)

絹川 そうすると若い人が離れていくんですよね(笑)。

水谷 だから世代間の分断というのは本当にソーシャルメディアが悪いのか? 新聞や既存メディア側が離れられる要因をつくってしまっているのではないかという点を思い起こす必要があると思います。若者に対するエンゲージメントを怠っているところがあるのではと。

馬籠 一方で視聴者、ユーザーのほうも、「ビヒモス」を乗りこなしていく方がとても多くなったと思うんですね。そしてそれを悪用するような人も生まれるので、そこの部分をどうするか。そういう人たちが勝っていく世界にしていくと、本当に殺伐としてくるような気もします。

水谷 そうですね。アテンション・エコノミーは「買い手危険負担」の世界観を加速させると思います。要するに商品を買って何か起こったときには、注意しなかったおまえの責任だという話です。

しかしながら、消費者保護の領域では、それはおかしいよねとなっているはずです。買う側の消費者と売る側の企業の間に大きな力関係の差、特に情報の非対称性があるからこそ、企業側は売り手としてやるべきことはやりなさいということで、消費者問題は解決を目指してきました。

ところが言論空間になると、リテラシーを高めて自分で管理するべきと、受け手側の責任にしてしまいます。送り手側が嘘を並べようが、受け手がそれを信じて選択しているんだから自己責任でしょうと。それで収益を得ていたりする。でもそれは、「阿漕(あこぎ)」だよなと思うので、どうやってもう少しフェアネスな空間にしていくか。

慶應のX(クロス) Dignityセンターでは情報空間のエコシステムの課題に民間主導で取り組むプロジェクトを進めています。特効薬はありませんが、プラットフォームもメディアも、広告主も、われわれ大学もより一層連携していかなければいけないと思います。

本日は皆さん、長時間有り難うございました。

(2025年8月29日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事