【特集:ソーシャルメディアと社会】
烏谷 昌幸:陰謀論とSNS
2025/10/07

身近な話題となった陰謀論
「陰謀論」という言葉を最近よく聞くようになった。この文章に目を止めた人の中にはそのような実感を持っている人が少なからずいるのではないか。
陰謀論とは、世の中で起きている問題の原因について、十分な根拠なく誰かの陰謀のせいだと決めつける考え方のことを指す。
筆者が陰謀論の問題に興味を持つようになったきっかけは、2021年1月6日、アメリカで起きた連邦議会議事堂の襲撃事件だ。この1・6襲撃事件は、「不正選挙陰謀論」を信じたトランプ支持者たちによって引き起こされた。2020年の大統領選の本当の勝者はドナルド・トランプであったのに、民主党バイデン陣営が不正な方法で「選挙を盗んだ」という陰謀論だ。トランプはこの陰謀論を徹底的に煽り続け、支持者を扇動して襲撃事件を引き起こした。政治的に武器化された陰謀論が、民主政治を破壊しかねないほどの威力を持つことを強く印象づける事件だった。
以来、筆者は陰謀論が現代の民主政治に及ぼす影響力について関心を持ち続けている。2024年にアメリカのジャーナリストであるマイク・ロスチャイルドのThe Storm is Upon US の翻訳『陰謀論はなぜ生まれるのか──Qアノンとソーシャルメディア』(昇亜美子との共訳、慶應義塾大学出版会)を出版し、今年の6月に『となりの陰謀論』(講談社現代新書)を刊行した。
当初、筆者の関心はトランプの陰謀論政治にのみ集中し、日本の陰謀論にはほとんど関心がなかった。ところが、日本でも昨年頃からSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の中で広がった陰謀論が政治に影響を与え始めるケースが散見されるようになってきた。いまや日本の民主政治の中に陰謀論がどのように入り込んでいるのかを明らかにすることは、喫緊の課題といってよい。
そこで、この小論では「陰謀論の日常化」が日本でも進み始め、「陰謀論の快楽」に目覚め始めた人が増えていること、また今後の研究課題として「陰謀論の過激化」が重要になってくることを指摘しておきたい。
SNS時代がもたらした「陰謀論の日常化」
陰謀論は有害な偽情報でありながら、人を魅了し信奉者を生み出す。そのため、現代社会において陰謀論は人々から恐れられ、「陰謀論者」という言葉は一種のスティグマ(否定的烙印)として機能している。
古今東西、陰謀論的思考と無縁な人間集団を想像することは難しいともいわれているが、陰謀論が「現代社会の病」として認識されるようになった背景としては、やはりSNSの存在が大きいだろう。SNSの普及が「陰謀論の日常化」を推し進めたことで、陰謀論は影響力を増し始めた。
ここでいう陰謀論の日常化とは、SNS上の陰謀論コミュニティで24時間途切れることなく陰謀論が生まれ続ける状況を指す言葉だ。SNSの普及は誰もが簡単に情報発信者となれる時代を出現させ、かつてはマニアックな雑誌や映画を通してしか知ることのできなかった陰謀論が、SNSのタイムラインに知らぬうちに流れてくる時代となった。陰謀論へのアクセスは容易になり、拡散のスピードも段違いに早くなった。
しかし、変わったのはアクセスの容易さや拡散のスピードばかりではない。陰謀論の生産過程にも重要な変化が生まれたのだ。今日においても陰謀論は、暗殺、テロ、戦争、紛争、自然災害、重大事故など人々の精神に深い傷を残す事件や出来事の後に、マスコミが伝えない「真実」として語られる傾向が強い。
だが、SNS時代の陰謀論は、事件が起きるのを待つ必要がなくなった。次節で取り上げるケースのように、誰かがニュースを見てふと思いついたことをSNSでつぶやいて、バズってしまえば、ただそれだけで新しい陰謀論が生まれたことになるのだ。もはやわたしたちは、非日常的な事件の発生を待つことなく、SNSでの日常的な投稿を通じて陰謀論が無限に増殖してゆく時代を生きているのだ。
陰謀論の快楽
SNS時代がもたらした陰謀論の日常化は、陰謀論に覚醒する人を次々に生み出し始めた。SNSはまさに陰謀論覚醒装置である。
陰謀論の快楽とは、多くの人が知らない隠された陰謀の「真実」を知ることで生まれてくる優越感や知的快感のことを指す。陰謀論の快楽に目覚めた人には、森羅万象この世の全てが隠された陰謀を暗示するメッセージのように見えてくる。一見無関係に見える物事の間の隠された繋がりを見破り、裏に隠れた陰謀を暴き出すことに快感を覚えるようになるのだ。
ひとつ具体例を挙げてみよう。今年の8月末にアフリカとの交流事業を進めようとしていたJICA(国際協力機構)が、国民に説明なくアフリカからの移民受入事業を推し進めようとしているのではないかとネットユーザーから疑われて非難され、JICA解体デモまで発生する騒動が起きた。この騒動後、あるⅩユーザー*1の次のような投稿が数日のうちに2000万を超えるインプレッション数を叩き出した。
これから移民が増えるよと言われた後に 緊急避妊薬売られるの怖すぎる。
この投稿は、厚生労働省の部会が女性の「望まない妊娠」を防ぐために緊急避妊薬(性交後72時間以内に飲む避妊薬)の使用に関する規制を緩和し、市販薬として販売することを認めたというニュースをJICA騒動と関連づけたものだ。
投稿のリプ欄には「移民にレイプされたらとりあえずこれ飲んどけ。みたいな感じ⁇」「性被害を受け入れてね♪という政府からの通達」「若い女性はレイプされまくり」「エイズも増えそう」「今まで断固として売らなかったのに、政府きっしょ」など投稿に賛同するコメントが書き込まれた。
投稿のインプレッション数は2319万にも及び、「いいね」の数も23万に達した。この投稿に共感する人々の間で、本来まるで無関係の「点」と「点」を結びつけていることが問題視されることはなかった。それよりも、彼ら/彼女らにとっては、隠されていた日本政府の醜い意図(安い労働力を得るために日本の若い女性を無法者の移民に差し出す)が暴き出されたことにこそ価値があったのだ。多くの人が気づいていない隠れた悪の企み(実際にはただの妄想)を見破ることに、陰謀論者は至上の喜びを見出すのだ。
陰謀論者の過激化
陰謀論の日常化が進み、陰謀論の快楽に目覚める人々が増加し始めた今日、一際懸念されるのが陰謀論者の過激化だ。
近年、欧米ではグレート・リプレイスメント(Great Replacement :以下GR)と呼ばれる陰謀論に動機づけられた無差別殺人事件が頻発している。GRは、移民の増加や少子化によって白人の優越的地位が奪い取られることに警鐘を鳴らす考え方である。白人の地位を「置き換える」ために、移民の増加などが意図的な陰謀によって実行されていると主張する陰謀論だ。
もっともよく知られている例が、2019年3月、ニュージーランドの南部クライストチャーチのモスクでイスラム教徒を狙って発生した無差別銃乱射事件だ。51名の死者を出したこの事件の実行犯は、当時28歳のオーストラリア人、ブレントン・タラントだった。
カトリーネ・トールレイフソンとジョーイ・デューカーによると、この2019年のうちに世界中で4件の模倣犯(アメリカ2件、ノルウェー、ドイツ)が生まれたという(Thorleifsson & Düker 2021)。いずれも10代後半から20代にかけての若い男性だ。
タラントが世界中の極右陰謀論者たちにそれほどの影響を与えることができたのは、他でもないSNSや匿名掲示板を使って自らの思想と行動を演出することに成功したからであろう。彼は匿名掲示板の8chan やツイッターにGRの主張を長々と書き連ねた犯行声明文を発表し、フェイスブックで殺害の様子を実況中継した。「侵略者」と戦うことの正義を劇的に演じてみせたのである。
SNSや匿名掲示板で共有される陰謀論が人々を「過激化」させ、現実のテロ行為へと発展してゆくプロセスについての研究は、日本ではまだそれほど多く行われていない。しかしこのテーマは、今後の陰謀論研究における重要課題であろう。
GRの考え方は、近年日本のSNSでも「静かなる侵略」「人口侵略」などの言葉で広まってきた。例えば、新興政党の参政党が躍進を遂げた7月の参議院議員選挙期間中、国会議員の中に多くの「帰化人」が紛れ込んでいるという話題が、参政党、保守党、日本誠真会などを支持する人々によって熱心に共有されていたことは記憶に新しい*2。これらの人々は、信頼に足る根拠を一切示すことなく、今や「65%の国会議員が帰化人*3」であると主張し、だからこそ現在の日本政府は売国的な性格を持っていると糾弾する。そして、日本政府の中に入り込んでいる「本物の日本人」ではない連中を炙り出すために「スパイ防止法」が必要なのだという。
この「帰化人議員」言説はさらに、中国による「人口侵略陰謀論」とも関連している。人口侵略陰謀論とは、中国が大量の人間を日本に送り込み、日本を事実上中国の一部にしてしまう侵略計画が進行していると主張するものだ。大量の中国人を日本に送り込んで帰化させ、政治家にした上で中国からの大量の移民を受け入れる法律を制定し、日本を中国の一部にしてしまうというのだ。
具体的な計画の日程は説明する人によって異なるものの、2030年代から50年の間に5000万人の中国人を日本に送り込み、西日本一帯は中国領となり、東半分は自治区になるという。計画を裏付ける信頼に足る証拠などもちろん存在しない。大国化する中国にいずれ飲み込まれてしまうのではないかという、日本社会の不安感と恐怖感が生み出した典型的な陰謀論だ。
日本は銃社会ではないため、欧米社会のような無差別乱射事件が起きる可能性は低い。しかし日本版GRともいえる人口侵略陰謀論が浸透しつつある今日、日本の陰謀論は欧米並みになったともいえる。それゆえ、人口侵略陰謀論をはじめとする政治的陰謀論が、今後どれほど過激化してゆくかを注意深く監視してゆく必要があるだろう。
〈註〉
*1 @spring0919turboより。投稿は8月28日。
*2 この点については『中央公論』(2025年10月号)「参政党躍進の背景を探る 陰謀論はどのように拡散したのか」([特集]日本政治の新局面)に執筆したので、そちらも参照されたい。
*3 例えば、ユーチューブ動画「はるぐちTV」https://www.youtube.com/watch?v=td5-NrBluro(2025年5月14日公開)では、再生回数が10万回を超え、500を超えるコメントの多くが「帰化人議員」に怒りを露わにしていた。
〈引用文献〉
* Thorleifsson, C. & Düker, J. (2021). Lone Actors in Digital Environments. Luxembcurg: Publications Office of the European Union
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2025年10月号
【特集:ソーシャルメディアと社会】
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烏谷 昌幸(からすだに まさゆき)
慶應義塾大学法学部教授