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【特集:ソーシャルメディアと社会】
松尾 剛行:ソーシャルメディア法務の実務──情報プラットフォーム対処法施行下におけるアカウント凍結対応を例に

2025/10/07

  • 松尾 剛行(まつお たかゆき)

    弁護士、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授

筆者は、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務*1』等を著しており、SNS法務とも呼ばれる、ソーシャルメディア法務を実践している。ソーシャルメディア法務には様々な内容のものがあり、例えば最近は、SNS選挙とディープフェイク、「ボット」と呼ばれる自動投稿アカウント等が話題になっているところである。もっとも、本稿では、アカウント凍結にフォーカスして述べる*2。

Ⅰ ソーシャルメディア法務の3つの立場

1 ソーシャルメディア法務における3つの立場

ソーシャルメディア法務においては、大きく対象者、表現者及び運営者という3つの立場が存在する。

対象者は「被害者」と呼ぶことも多いところ、ソーシャルメディアにおける表現により、被害を受けたと主張する者である。もちろん実際に被害者であることも多いが、結果的には法的な請求権が成立しないこともあることから、本稿ではニュートラルな表現として対象者と呼ぶ。対象者は、投稿削除、発信者の開示、謝罪、(アカウント凍結を含む)再発防止等を求めたいと考える。

表現者は、「ユーザ」「発信者」等と呼ぶことも多いところ、ソーシャルメディアにおいて投稿や配信等の活動をする者である。対象者の立場からは「加害者」と呼ぶこともある。表現者としては、そもそも運営者により自分の投稿が削除されることを望まない(削除されても仕方がないような投稿は自分で削除することも多い)。また、プライバシーの観点から匿名アカウントが自己のアカウントであると暴かれることを望まない。加えて、そのソーシャルメディアを自分の「居場所」としている以上、居場所が奪われることを意味する(不当な)アカウント凍結を強く拒否する。

運営者は、ソーシャルメディア運営者とかプラットフォーム運営者と呼ばれることがあるところ、問題となるソーシャルメディアを運営する者である。運営者のところには、対象者からの開示請求、削除請求(アカウント凍結要求)等が行われ、逆に表現者からは開示をするな、削除をするな、アカウントを凍結するな等と要求される。まさに両者の間で「板挟み」となる立場である。

筆者は弁護士としてこれら全ての立場からの実務を行ってきた。

2 一定程度必要なコンテンツモデレーションと、旧プロバイダ責任制限法

ここで、運営者としては、自己の提供するものが、「治安の悪いソーシャルメディア」となると、ユーザが離れる等の悪影響があり、一定の問題ある投稿に対しては、削除等のコンテンツモデレーションを行いたい。とはいえ、まさに、過剰に削除・開示・アカウント凍結等すれば表現者から強く抗議を受けるところである。また、逆に削除・開示・アカウント凍結等が過少となれば、対象者から強く抗議を受けるところである。このような状況において、旧プロバイダ責任制限法は、運営者の削除・開示の要件を定め、その要件に従ったコンテンツモデレーション対応を行う限り、運営者が責任を問われないこととした。

削除を例にとって説明すれば、「情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由」(同法3条1項2号)がある場合を除き、運営者は当該投稿を流通させたことにつき対象者に対して責任を負わず、また、現に削除しても、「情報の流通によって他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由」(同条2項1号)があれば、表現者に対して責任を負わないとしていた*3

要するに、対象者が現に「この投稿が違法だ」として削除等を運営者に求め、運営者が権利侵害投稿と信じるに足りる相当の理由があると知った場合には、運営者としては表現者からの責任を問われるおそれなく削除を行うことができるという制度が情報プラットフォーム対処法への改正以前から既に存在していたのである。

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