【特集:ソーシャルメディアと社会】
澁谷 遊野:選挙とソーシャルメディア
2025/10/06

はじめに
ソーシャルメディア(以下、SNS)は、友人や知人との連絡手段にとどまらず、ニュースや娯楽、さらには政治情報の主要な流通経路となっており、いまや私たちの生活を支える情報流通において社会的役割は極めて大きい。選挙の局面においても影響は大きく、有権者の投票行動や世論形成がSNS上の言説と密接に結びつく状況は、新聞やテレビが主たる媒体であった時代とは質的に異なる段階に入っている。
他方、SNSは誤情報(結果として誤っている情報)や偽情報(意図的に誤らせる情報)が短時間で広がる土壌にもなる。投稿や視聴の履歴に応じて表示内容を最適化するアルゴリズムは、利用者の関心に即した提示を可能にする一方、真偽の不確かな情報を増幅させる副作用を伴う。
欧米では、こうした構造が選挙過程に具体的な影響を与えたとされる事例が相次いだ。2016年米国大統領選挙では、ローマ教皇が特定候補を支持したとする誤った情報が拡散し、後にバチカンが否定する事態となった。英国のEU離脱国民投票でも偽情報が意思決定に影響したと指摘され、フランスの2017年大統領選ではマクロン候補の租税回避地利用をめぐる偽情報、ドイツでは移民関連事件に便乗した虚偽の結び付けが拡散した。これらはSNSの構造的特性が拡散を助長し、外国政府の関与を含む情報操作の可能性が現実的であることを示している。また、偽情報の拡散力を高める基盤として、プラットフォームによる行動ターゲティングの存在を無視できない。2016年米国大統領選におけるCambridge Analyticaの事案はその象徴である。流出した利用者データをもとに心理的脆弱性を突く政治広告配信が行われたとされ、この出来事は世界的な関心を集め、プラットフォーム事業者による自主的な対策も取られるようになった。
他方、日本では欧米ほど深刻な事態は確認されていないとの一般的認識がある。ただし、選挙時に偽情報が問題化した事例は存在し、2018年の沖縄県知事選では候補者を批判する真偽不明情報が特定サイトから拡散した。外国政府による大規模介入は顕著ではないにせよ、国内の分断や候補者評価への操作リスクは看過できない。しかも近年はSNSを主要情報源とする有権者が増加しているため、欧米に類似した事態が起こる可能性は十分にある。
日本で何が見えてきたか──2024年衆院選と兵庫県知事選
2024年にはSNSを基盤に支持を広げる候補や政党が目立ち、情報流通の主戦場としてのSNSの性格が一層鮮明になった。中でも兵庫県知事選は、候補者に関する真偽不明の主張がYouTubeや他のSNSで拡散し、「切り抜き動画」が波及速度を加速させた点で示唆的であった。報道機関が公平性配慮から報道量を抑制しがちな選挙期間には、いわゆる「ニュースの空白」が生じやすく、出所や検証が十分でないコンテンツが可視性を得やすい。SNS上の情報の存在感が増した背景には、この空白がある可能性が高いことが指摘されている。
YouTubeでは何が起きたのか
筆者らの研究チームは、2024年の兵庫県知事選と衆院選の公示日から開票日までを対象に、選挙関連のキーワードを含むYouTube動画をAPI経由で収集・分析した。その結果、意外かもしれないが、再生数の上位を占めたのはショート(60秒以内)ではなく長尺動画であった。特に兵庫県知事選では、特定候補の公式チャンネルや政治系の人気チャンネルが強い影響力を示し、それらが発信する長尺動画の再生が伸びた一方、伝統メディアの公式チャンネルは再生数の獲得に苦戦した。これは、視聴者が短く刺激的な断片に反射的に反応していたというより、自己の関心に合致した情報を腰を据えて摂取していたことを示唆する。
このユーザーによる能動的選択には裏面もある。ユーザーは自身の関心に適合するチャンネルや類似コンテンツ動画に滞留しやすく、その結果として異質な意見に触れる機会が狭まる。フィルターバブルやエコーチェンバーの形成は、対立の固定化と分断の増幅に結び付く。加えて、長尺動画の視聴増は、報道の空白を代替的に埋めた可能性を示すが、それが検証負荷の高い内容の拡散と結び付くなら、別種の脆弱性を生むことにもなる。なお、同じYouTubeでも、衆院選では伝統メディアの動画が一定の視聴を得たのに対し、兵庫県知事選では同様の傾向は弱かった。選挙の性格、地域文脈、出演者や話題設定の違いが、アルゴリズムと視聴行動を通じて流通の様相を変えた可能性がある。
2025年10月号
【特集:ソーシャルメディアと社会】
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澁谷 遊野(しぶや ゆや)
東京大学大学院情報学環准教授・塾員