【特集:ソーシャルメディアと社会】
澁谷 遊野:選挙とソーシャルメディア
2025/10/06
Ⅹ(旧Twitter)のコミュニティノートは役に立ったか
Ⅹに実装された「コミュニティノート」は、誤解を招く可能性がある投稿に、Ⅹユーザーが協力して背景情報を提供することができる仕組みである。協力者はあらゆる投稿にコメントを残すことができ、十分な数の協力者がさまざまな視点から「役に立った」と評価すると、そのコメントが投稿に表示されるもので、不確かな情報に対するファクトチェックの役割を担う可能性が期待されている。Ⅹのイーロン・マスクは「インターネット上で最も信頼できる情報源」と評するが、他方で人手によるコンテンツモデレーションを縮小し、アルゴリズムによる解決への偏重との批判も根強い。実際、米国大統領選挙では、誤った主張や誤解を招くような主張に対抗できておらず、Ⅹのコミュニティノートは十分に機能していないとの研究結果もある。
2024年衆院選を対象とした筆者らの研究チームが行った分析によると、最も閲覧されたノート付き投稿は、国民審査の記入方法、移民政策、ワクチン関連の主張に関わるものであり、明白な誤りの訂正や補足として一定の機能を果たしたことが示唆される。しかし同時に、コミュニティノートを大量に投稿しているユーザーの多くが特定の政党や主張に偏って注釈を付す傾向が確認された他、閲覧上位のノートの多くが少なくとも2つ以上の政党を同時に取り上げて党派的論戦を展開する様相を呈した。結果として、コミュニティノートは中立的ファクトチェックという理想像よりも、党派的対立を可視化する鏡として機能した面が強い。
生成AIと選挙
2024年以降の選挙では生成AIの利用も注目された。生成AIは動画編集や文章生成を迅速・低コスト・容易に実現するため、情報の流通量と速度を格段に高める。現段階では選挙全体を根本から変えるほどの影響は確認されていないとの見方が広まっているが、中長期的には深刻なリスクを孕む。とりわけディープフェイク技術の普及は、候補者の信用を失墜させる虚偽情報の生成と拡散を容易にする可能性を秘めている。
2024年衆院選挙関連のSNS投稿においても、著名政治家が特定政策を支持するかのように見せる生成動画の存在が確認されている。問題は偽動画の有無だけではない。編集や要約の自動化が、メッセージの再生産を加速し、検証を追い越す速度で流通させる点にある。若年層を含む受け手の認知に与える影響、政治的不信の累積効果など、中長期的な視座による検証が不可欠である。
おわりに
選挙とSNSをめぐる課題は、偽情報拡散、社会的分断、行動ターゲティング、生成AIといった要素が複雑に絡み合う多層的な問題である。日本においては欧米ほど深刻な事態は未だ生じていないが、2024年以降の選挙時のSNS上の情報流通の事例は将来的なリスクの現実性を示している。SNSは民主主義を脅かす危険を孕む一方で、有権者が多様な情報に触れ、政治参加を促す契機ともなり得る。重要なのは、この二面性を前提とした多角的な取り組みのための枠組みの構築である。ファクトチェックの推進や、プラットフォーム事業者による広告やレコメンドの透明性の向上、ユーザー向けの情報リテラシー教育や規制の必要性の検討などを多様なステークホルダーによる対話を通じて検討を進める必要がある。同時に一人ひとりのユーザーもまた、自らが接する情報を吟味し、多角的な視点を持つ態度を養わねばならない。生成AIの普及によって情報環境はさらに複雑化し、情報の流通速度は加速するだろう。だからこそ、短期的な現象に惑わされず、中長期的視点から民主主義の健全性を確保するための仕組みづくりが求められる。SNSの力を分断ではなく参加と熟議へとつなげることが、今後の課題である。
なお、筆者ら研究チームは現在、2025年参院選を対象にYouTube上の動画投稿と視聴の動態を分析している。2024年との比較において、投稿戦略や内容構成の変化が観察されつつあり、選挙ごとに情報流通の様式が同質ではないこと、技術進展や社会情勢に応じて流通の回路自体が変容することが示唆される。ゆえに、単一の事例に基づく一般化は避け、継続的なデータ収集と比較分析により、民主主義の健全性を支える実証的知見を積み上げていくことが肝要である。
* 本稿で紹介した著者らの研究チームによる分析に際しては、住奥響氏ならびに中里朋楓氏にデータ解析をはじめとする作業に多大なご尽力をいただいた。ここに記して深く感謝の意を表する。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2025年10月号
【特集:ソーシャルメディアと社会】
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