【特集:ソーシャルメディアと社会】
座談会:加速するアテンション・エコノミーとソーシャルメディアのゆくえ
2025/10/06

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馬籠 太郎(まごめ たろう)
株式会社電通デジタル マーケティングコミュニケーション領域 パフォーマンスマネジメント部門 ソリューション開発部 マネージャー
中央大学商学部卒業。複数の広告代理店を経て、2015年より電通デジタル入社。SNS広告をはじめとしたデジタル広告業務の企画や開発に従事。23年より現職。慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート共同研究員。 -
絹川 千晴(きぬがわ ちはる)
NHK報道局取材センター 科学・文化部記者
一橋大学社会学部卒業。2016年NHK入局。和歌山放送局、京都放送局勤務を経て、23年より科学・文化部で消費者問題やIT関連の話題を幅広く取材。
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谷原 つかさ(たにはら つかさ)
立命館大学産業社会学部准教授
塾員(2022社博)。2010年東京大学経済学部卒業。中央官庁勤務後、博士号(社会学)を取得し、神田外語大学講師を経て24年より現職。ソーシャルメディアの定量的研究やガバナンスなどが専門。
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水谷 瑛嗣郎(司会)(みずたに えいじろう)
慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所准教授
塾員(2011法修、16法博)。2009年同志社大学法学部卒業。帝京大学、関西大学を経て、2025年より現職。博士(法学)。専門は情報法、メディア法、憲法。
ソーシャルメディアの現在地
水谷 本日は「ソーシャルメディアと社会」をテーマに皆様と議論していきたいと思います。
現在、ⅩやYouTube、TikTok、Instagramなどは、日本社会の情報流通にとって不可欠な存在になり、影響力も増す一方ですが、偽・誤情報、陰謀論、誹謗中傷の拡散などといった様々な課題も出てきています。その中で今日は「デジタル空間の健全化」「よりよい情報インフラ、公共空間の形成」に向けて少しでも建設的な議論ができればと思っています。
はじめに、皆さんに現在のお仕事と、今、ソーシャルメディア(SNS)について気になっている点を教えていただければと思います。それでは、よろしくお願いいたします。
絹川 私はNHKの科学・文化部で記者をしています。今年で10年目ですが、所属がIT班なので、ソーシャルメディアやサイバーセキュリティに関しても取材しています。
今、特に取材テーマにすることが多いのは広告関係です。悪質な広告がソーシャルメディアに紛れ込む問題や、なりすまし広告やブランド品の偽広告、悪質なセミナーにつながるような広告、また、子どもに見せたくないような過激な性的な表現を含むような広告といった問題をよく取材しています。
他に関心があるところは、広告費を集めるための釣り見出し的なコンテンツの氾濫や、不透明なアルゴリズムによって利用者にどんな影響が出ているのかなどです。そういう話も今後取材していきたいと思っています。
また、旬の話題としては、ソーシャルメディアによる分断の助長という問題、偽・誤情報が氾濫する問題なども幅広く取材しています。
今子 私は旧ヤフー株式会社に入社したのが2000年で、25年この業界におります。当初は法務・政策企画部門において、主に著作権業務に携わり、著作権制度の在り方について検討してきましたが、2017年に主務をヤフーニュースに移し、情報空間の健全性に関わる仕事をしています。ヤフーニュース内でのルールメイキングと言いますか、メディア各社に配信いただく記事のガイドラインを整備したり、ヤフーニュースをどういう考えのもとに運営していくかを「ヤフーニュースの運営方針」という形で透明化する、有識者の先生方にご説明してお話を伺う、といった仕事をしてきました。
ソーシャルメディアについて最近気になっている点は、特に今般の参院選などを見ていると、公共性の高い情報が、若い人を中心にしっかり届いているのだろうか、という点です。プロミネンスと言われますが、選挙や災害などをはじめとした公共性の高い情報、質の高い日々のニュースがしっかり人々に届くようにしていかなければならないと思っています。
馬籠 私は最初にシステムエンジニアの会社に入った後、広告系の会社に転職をし、今に至るという形です。15年ほどデジタル広告に携わっています。
私が気になっているところで言うと、先日、郷里の鹿児島に帰ったのですが、現在72歳で塾をやっている私の母親が、デジタル広告を出していたのです。「このCTR(クリック率)は、どうなの」と母親に聞かれた時、すでにここまで浸透しているんだなと思いました。地方の小さい塾の経営者にとってもデジタルマーケティングが一般的になってきている。一般のユーザーが現在デジタルマーケティングをどう思い、捉えているのかというところが、一番今気になっている点です。
他に気になる点は、ヘイトコメントにつく広告です。これは出稿者の単価の問題や掲載する媒体のマネタイズの問題、広告自体の課金方法の問題などが絡み合っていて一筋縄ではいきません。テクノロジーとユーザーの知識と意識の部分で、解決できる方法を検討できればと思っています。
谷原 私は20代は霞が関で国家公務員をやっていて、30代になってからアカデミアの扉を叩いたのですが、いつの間にかソーシャルメディアの研究を中心に、主にデータサイエンス的なアプローチで研究しています。YouTubeやXのデジタルデータをとったりして、人々の情報行動についての論文を書いています。
最近関心を持って勉強しているのが、EUのDigital Markets Act(DMA=デジタル市場法)の6条の9にあるデータのポータビリティに関する規定です。これは要はソーシャルメディア上で利用者、エンドユーザーが生成したネットワークデータをポータブルにしなさい、ということを言っている。そのことによってプラットフォームが占有している強力なネットワーク効果を低減させて、人々がソーシャルメディアを自由に選べるような未来を目指しているのだと思っています。
よくメディアの方から今後SNSに対してどのように規制をするのがいいのかと聞かれるのですが、今検討されているような、表現内容に基づいた規制は憲法との関係でとても筋が悪い。それをやるのであれば、例えばXが嫌な人はBlueskyやMastodonといった、自分の好きな情報空間を選べる方向でルールを整えていくのが1つの出口なのかなと思っています。
ソーシャルメディアの功罪
水谷 皆様有り難うございます。様々な問題関心や課題を挙げていただきましたが、まず、ソーシャルメディアの「インタラクティブなメディアとしての功罪」について議論をしていきたいと思います。
まず、ソーシャルメディアの「功」の部分で言うと、まさに皆が発信者になる機会を得たということがやはり大きいと思います。それ以前のメディア環境というのは、基本的にはマスメディア中心で、「送り手」と「受け手」が明確に分かれていました。それが、ソーシャルメディアの普及で、発信者となるための参入障壁がかなり低下しました。今は誰でも評論家やジャーナリスト「のように」なれるわけです。
その一方で、今まで情報発信の媒体を独占してきた、いわゆる既存メディアの影響力が低下してきているのでは、とも言われています。
次に「罪」の部分でいえば、偽・誤情報や陰謀論、ヘイトスピーチのような有害情報、さらに、情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)の対象にもなっていますが、違法な誹謗中傷の問題もあります。つまり双方向型メディアとなったことで、ユーザーが発信するコンテンツが有害な影響を発生させる点についてどう考えるかというのが1つです。
それから広告の話です。いわゆる詐欺広告やなりすまし広告など、広告自体が有害性をもつものもありますが、広告自体には問題がなくても、広告が付いてしまうことで偽・誤情報や陰謀論、あるいはヘイトコンテンツなどを発信する者の収益源となってしまい、経済的インセンティブを与えてしまうという問題もあります。
まず絹川さん、記者になられてから、こうしたソーシャルメディア関連の課題を追っている中で、転換点と感じられるような出来事はありましたか。
絹川 私は大学に入って初めてスマホを持った世代で、その時はまだ当時のTwitterも牧歌的でした。2016年に社会人になった当初は自治体などでもソーシャルメディアをどんどん使っていこうという流れがあったかと思います。これは本当に肌感覚ですが、ソーシャルメディアの存在感がすごく高まったのは2020年、コロナ禍前後かなという気がします。
もともと私は和歌山局や京都局では警察担当としての事件取材が長かったのですが、以前はサイバー系で話題になる話と言えば、若年層の不正アクセスや青少年が犯罪に巻き込まれる話などで、ソーシャルメディアやネットは若者や詳しい人が使うもの、詐欺の被害には高齢者が電話で遭いやすい、と結構分かれていました。それがだんだん混ざってきて、年齢関係なくソーシャルメディア経由で被害に遭う人が続出するようになっていると思います。
はっきりとした転換点はわかりませんが、コロナ禍でオンラインでつながろうという動きがでてきた時にソーシャルメディアが身近になり、犯罪やトラブルもSNS空間に広がってきたという印象があります。
水谷 なるほど。今子さんはどのように感じられていますか。
今子 ソーシャルメディアからは少しずれるかもしれませんが、ヤフコメ(ヤフーニュースのコメント欄)についてお話しいたします。ヤフコメは2007年に設置され、様々な社会課題が活発に議論される場として発展したのですが、一方で、誹謗中傷などの問題もあり、ヤフーニュースでも集中的に議論し、積極的に対策をしてきました。人の目によるパトロールだけでなくAIを活用して自動的に削除を行う等を進めており、また、各分野の専門家に公式コメンテーターとしてコメントをしていただき、上位に表示するなどの工夫を行った結果、これらの対策が功を奏していると感じています。
2020年度からは、毎年自主的にメディア透明性レポートを公開し、投稿型サービスでどのような体制でどういった対策を行っているか、どれくらいの件数が投稿され、そのうちどれくらい削除されたのか等について開示しています。ヤフー・ジャパンの投稿型サービス全体で見ると、2021年度と比較して、24年度は投稿件数自体は減ってはいないものの、投稿削除件数は4分の1程度まで減っています。
こうした数値を見ると、一歩前進しているとは思います。とはいえ、新しい様々な課題が次々出てくるので、その都度真摯に対応していかざるを得ませんし、透明性を高く保つことが大切だと思っています。
水谷 有り難うございます。馬籠さん、デジタル広告の分野ではここ10年ぐらいで何か大きな変化はありましたか。アテンション・エコノミーが加速しているという点などがあるのではと思うのですが。
馬籠 私がこの業界に入った時は、広告枠は運用型ではなく枠売りをしていたのですが、その頃とはまったく様相が変わり、運用型広告、さらにはSNS広告の普及という変化があります。
SNS広告を売り始めた当初は、ターゲティングが今より柔軟にできました。ターゲティング精度が高かったので跳ね返ってくる効果もすごく高かったのです。その後、個人情報等への規制が厳しくなり、今の状態に至ります。
現在のSNS広告は、他の運用型広告と比べても、遜色なく効果が高い。これは、プラットフォームのアルゴリズムが秀逸でターゲティングの精度が優れているのだと思います。そのため非常に売れていますし、成長を続けています。この傾向は不可逆で戻ることはないと思います。
水谷 今、馬籠さんがおっしゃったことは、たぶんアテンション・エコノミーの根本の部分にすごく関係するところですね。我々も今の傾向が「不可逆」であるという点は心に留めておく必要がありそうです。
2025年10月号
【特集:ソーシャルメディアと社会】
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今子 さゆり(いまこ さゆり)
LINEヤフー株式会社メディア統括本部シニア トラスト&セーフティー マネージャー
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。2000年ヤフー株式会社入社、知財・法務・政策企画担当。17年よりヤフーニュース。文化審議会著作権分科会基本政策小委員会委員、日本知的財産協会・常務理事等を歴任。