三田評論ONLINE

【特集:ソーシャルメディアと社会】
座談会:加速するアテンション・エコノミーとソーシャルメディアのゆくえ

2025/10/06

デジタル広告と情報健全化

水谷 さて、馬籠さん、デジタル広告というのは基本的にはマーケティングの話で、選挙や民主主義とは関わりが薄いように思われてきたわけですが、収益を得るために偽・誤情報とか陰謀論を流すという人たちも残念ながら存在する。そういう部分をデジタル広告のエコシステムが支えてしまっている部分があると思うのです。

デジタル広告の分野から、民主主義とか、情報の健全化という点をどう見ていらっしゃいますか。

馬籠 難しいですね。とりあえず広告というのは今とても嫌われているんです(笑)。アドブロックと言われるような、広告を非表示にするアプリが売上ランキングで頻繁に上位に来るように、広告を見たくないユーザーもかなり増えています。

「広告なんか載せやがって」とか、儲けるのがよろしくないね、みたいなことをおっしゃる人も結構いる。しかし、それはちょっと変だなとも思うんですよね。広告が表示されないと運営会社は儲からないわけなので、ユーザーが、広告を受け取ること自体をあまりネガティブに受け取らないでほしい、というところがまず1つあります。

プラットフォームは実際にはただでは使えないわけだから、広告を入れないとそこが成り立たなくなっていく。そうすると、結果的に情報を届けることができなくなっていくという悪循環につながっていくと思います。広告とユーザーの上手い接点はつくらないといけないですよね。テクノロジーがここまで進化してきているのだから、テクノロジーでの解決も何らかしていかないといけないかなと思っています。今ユーザーに対する快・不快みたいな指標はないですよね。

谷原 YouTubeはそのあたりをすごく工夫していますね。ユーザー満足度が高い広告は単価を下げ、かつたくさん表示するようにし、スキップされまくるような広告は単価を上げて、あまり表示されないようにするという運用をしています。

もちろん基準は公開していませんが、良質な広告だけを残そうと努力はしているようですね。

馬籠 そうですね。ただ、いい広告なのかどうかは、また少し違う問題もあるのではないかなと思っています。

マスメディアの存在感

谷原 私は今回の選挙で主要な新聞社さんやテレビ局さんとお話しさせていただいたのですが、ある新聞社さんが、マスメディアの今回の選挙報道は5年前と比べたら隔世の感があるとおっしゃっていた。各社とも大変積極的に、数字的なところも含めて報道していたと。

やはり、一億総評論家になっても、ファクトが出せるのは訓練を受けたプロのジャーナリストだけだと思うのです。そのファクトが、XやYouTube、TikTokで回って皆が論評するという形なので、私はマスメディアの出している情報は意外と切り取られながら届いているのではないかと思っています。

水谷 興味深いですね。絹川さん、そのあたりはどうですか。

絹川 個人的には、切り取られ方によっては、時々ちゃんと伝わっているのかなと感じる部分もありまして(笑)。

谷原 そうですよね。問題なのは、やはりマスメディアの落としているYouTube動画の切り抜き動画って、コメント欄がすごく荒れるんです。自分が出たものを見てもやはり褒められることなどない(笑)。そういう意味で、ネット上に出しにくいなというのもすごく理解できます。

絹川 閉じても感じ悪いですしね。

水谷 ネット上にマスメディアのコンテンツを出すと、たとえYouTubeのコメント欄を閉じても、結局その動画をXにつけてコメントをつけるというのは、よくあることですしね。

絹川 むしろ積極的ないわゆる「アンチ」の方々はしっかりチェックしてくれる部分もあるのですが、逆にライト層、あまり関心のない方々に、いかに情報を届けるかというのが各メディアの課題なのかなと思います。

水谷 そうですね。僕がよく学生に言うのは、新聞社やテレビ局が誤情報を一切出さないかと言うと、そんなことはないわけです。誤報も出すし、なぜこんなミスリードな編集をしたんだろうというようなこともある。

他方で、ファクトを出すための姿勢というか、ある種の報道倫理も含めたプロセスをしっかりもっているわけですよね。では、それがYouTuberにありますか、ということだと思います。その部分の価値は、ソーシャルメディアの時代になっても確保しなければならないとは思うところです。

ファクトとフェイク

谷原 ただ問題は、ファクトを取る作業が金にならないということですね。そこに公共的役割が本当に認められているのか。NHKさんはちょっと違いますが公共的役割とビジネス主体であることのジレンマだと思うのです。

水谷 おっしゃる通りですね。「刺戟」的なフェイクのほうが注目を引きやすく、お金になりやすいのが、残念ながら今のアテンション・エコノミーの状況だということですね。

NHKは公共放送なので受信料で成り立っていますが、絹川さんは一記者として、記事のPV(ページビュー=閲覧数)とか気にしますか。

絹川 私は気にします。やはりどれだけ読まれるか、どれだけページに滞在されるかは気にするようになっています。その中で思うのは、やはりネットでよく見かける過激な釣り見出しというのはPVの面では強いんだなと。アテンション・エコノミーとも密接に関わっていると思いますが、恣意的に関心を引くために本質を外しているような見出しを見ると、どうなのかなという気持ちになります。

またコストで考えると、嘘の情報を発信するのは一瞬ですが、ファクトを1つ1つ検証して、専門家の方にも取材し、それを記事にまとめてチェックをして映像をつけて出すというのはとんでもないコストがかかる。そういう意味ではずっと不利な戦いをしているという感覚はありますね。

水谷 僕は本来アテンション・エコノミーから最も遠いところにあるはずの公共メディアの制度は今こそ重要だと思っています。でも、その最も遠いはずのNHKの記者さんですらページビューを気にするという。それは収益とは違う、モチベーションなのでしょうか。

絹川 モチベーションも大きいですが、やはりせっかく手間暇かけて、取材先にも協力していただいて出した記事は「届けてなんぼ」かなと思うのです。テレビやラジオしかなかった頃だったら、基幹ニュースでバンと出せば、それだけで多くの人に伝わったと感じられたのかも知れませんが、今はそうした時代ではなくなってきています。同世代にはテレビを持っていない人も多いです。どれだけの人に届いたかを判断する目安として、また、これだけの人にウェブ上で届いたと説明するためにも、数字はやはり気になります。

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