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【特集:デジタルアーカイブの展望】
座談会:コミュニケーションを豊かにするアーカイブとは

2024/11/05

展覧会のアーカイブ化

前沢 私たちは自治体のデジタルアーカイブなどを受託でいろいろつくります。その中で、博物館のデジタルアーカイブなどはそれをつくって公開しておしまいではなく、ワークショップを開いたり、学校の先生向けの説明会をしたり、デジタルとの両輪でリアルな施策をするようにしています。

さらには、企画展を開催する際、企画展そのものをアーカイブしましょうと提案するようにしています。今までのデジタルアーカイブのように1次資料の公開だけですと、一般の人には難しくてうまく伝わらなかったり、興味を持ってもらえなかったりすることが多いです。

そのために企画展を開催し、学芸員さんがわかりやすく説明するわけですが、それをアーカイブしましょう、と申し上げています。当社では展示会場の空間を簡単にまるごとパノラマVR化するシステムを提供しています。
本間 KeMCoも毎回展覧会はMatterportを使って3Dデータを保存しています。

展覧会のアーカイブ化はお客さまのためだけでなく、学芸員の教育のためにも重要だと思います。例えば、展覧会のナラティブのつくりかた、会場のデザインの仕方などは、今までは展覧会を数多く見に行くといったことでしか学べませんでした。だから、ミュージアムの立地の多寡で学習機会が大きく左右されてしまう。でも、いろいろな展覧会を例えばVRで見ることができて、そこに担当学芸員のメイキング・コメンタリーが付いていたりすると、とても良い教科書になり得るわけです。

安形 VRということで言うと、DNPさんはいろいろなさっていると思います。見せ方はどんどん変わっていきますね。

前沢 DNPコンテンツインタラクティブシステム「みどころシリーズ」では、リアルでは実現できない、デジタルならではの見せ方を実現しています。3Dデータ、スマートグラスやヘッドマウントディスプレイ、VR、XR、メタバース、AIなど新しい技術を活用したソリューションです。博物館や美術館、図書館だけでなく企業全般でご利用いただいています。その中でも、先ほどご紹介した「みどころキューブ」は特に反響が大きいと思っています。

貴重なコンテンツをどんな人にどういう見せ方をしていくか。DNPは「未来のあたりまえ」をつくるというのがコンセプトワードになっています。その一環で、デジタルアーカイブの見せ方をいろいろと提案しています。「みどころキューブ」の進化版として、キューブの中に自分が入って、より臨場感を味わっていただくとか、「みどころギャラリーXR型」といって、メタバース空間上で展示空間を表現し、そこにアバターで入っていくものなどがあります。

最新技術をつかった再表現

渡邉 DNPさんとたぶん似た感じの切り口なんですが、渡邉研の最新のプロジェクトで、昔の写真の中を自分のアバターで旅ができるというシステムがあるんです。疑似的に写真を立体として捉え、奥に向かって歩いていったりすることができてしまう。

ヒロシマ・アーカイブのマップが2010年ぐらいに普遍的になった技術なんです。Google Earthが無料になって、誰でも好きな場所に近付ける時代につくったのがヒロシマ・アーカイブです。そしてカラー化のAIが出てきたのが2016年です。

今回のものは10分間で自分のアバターをつくることができるというソリューションが一昨年ぐらいに出てきたので、その技術を取り込んでいます。つまりその時代、時代で、世の中で当たり前になる表現技術と過去の資料を組み合わせると、デジタルアーカイブされているもともとの資料は同じなのに、人々の心に届く見せ方で再表現することができるんです。

アバターで仮想空間に入るというのが当たり前になりつつある時代は、そういうもので再表現しないと、古めかしいものになってしまうということだと思います。

安形 そうすると、技術が日進月歩で変わっていく中、どういうものを選んでいくかということは、すごく重要になってきますね。

渡邉 渡邉研の場合、もう院生主導にしています。僕はしょせんシニアなので目が古いんですよ(笑)。院生さんのほうが若いし感性も新しいですから、そういう人たちをいわば放し飼いにしておくと、驚くようなものを出してきてくれますね。

先ほどのアバターも、知らないうちにつくっていたんです。「これは歩けますよ」みたいな感じで。

安藤 アーカイブと言うと、まず情報を整理して蓄積するという意味が1つあると思うのですが、それらをどう表現するかということは、切り離して考える必要があるとは思うんですね。

僕自身で言えば、情報は、いろいろな人との関係の中で集まってきます。そして、それらをどのように提示すれば、多くの人たちの間でコミュニケーションが成立するのかを考えながら進めています。

それと私は、集まっているデータ自体はプロジェクトが終わったら全部自治体に提供します、あとは自由に使ってくださいという形でやっています。

僕は大したことはできませんが、表現の部分は、技術などの変化とともに変えていかざるを得ないわけです。そうしないと関心も引き付けられない。技術の1つの重要な側面として、新しさそのものが関心を呼び込む力を持っているというところがあると思います。「戦争」と言っても、関心はなかなか広がっていかない。だけどそこに新しい技術を絡めると、確かにいろいろな方が関心を持ってくれるんです。関心さえ持ってくれれば、こちらから、どんな話でもできる。

渡邉さんのプロジェクトを見ていくと、「おーっ」と引き付けられますよね。そこから広島という場所や広島の人々が体験したことに対する関心が少しでも広がるようになれば、これはデジタルアーカイブの大きな効果の1つと言っていいと思います。そのようなことをやってみたいなと、いつも憧れを持って見ています(笑)。

前沢 新しい技術で実現した例として、リダイレクテッド・ウォーキングという、東京大学葛岡・鳴海研究室の鳴海准教授と松本助教に監修いただいた技術を活用した「みどころウォーク」があります。

フランス国立図書館(BnF)のリシュリュー館に描かれている、45メートルの天井画を高精細3Dデジタル化しヘッドマウントディスプレイを使ってVR空間を歩行し、天井画を鑑賞するものです。仮想の螺旋階段を上り、高さ6メートルの鑑賞通路を歩いていくことを疑似体験できるのです。

本間 これやりました。結構怖かった。

安藤 落ちるんじゃないかと?

前沢 ポールを軸に1回半回転(540度)する歩行が仮想の螺旋階段を使った2メートルの上昇と左右90度の方向転換となるように感覚を置き換えているんですね。

本間 やっている人を横から見ていると、皆、おっかなびっくりで歩いています(笑)。

今デジタルアーカイブと大きく言っていますが、非常に様々なレイヤーがあって、どんどん時代に合わせて変えていく部分と、あまり変わらない部分がある。少なくともつくる人やメンテナンスをする人はある程度そのレイヤーの存在とそれぞれの持つ異なるサイクルに自覚的にならないと、上手くいかないところがありますね。

これまでのデジタルアーカイブは、表現レイヤーとデータストレージレイヤーが切り離せないつくりになっていて、表現が古びるとデータまで魅力がなくなってしまうようなところが課題としてありました。そこをどのように上手く、ストレージを再利用しながら新しい表現とつないでいけるように設計するか、というところでしょうか。

デジタルアーカイブ体験を広げる

安形 デジタルアーカイブの課題で、言われ続けているのが、いかに人材を育成するかというところです。表現自体もそれを蓄積するところも、予算獲得などのマネジメントも全部1人の人がやるのは、なかなか難しいと思うんですね。デジタルアーキビストという資格もありますが、そのあたりは日々かかわられていて、いかが思われていますでしょうか。

渡邉 ヒロシマ・アーカイブなどは僕がプログラミングしてつくっていますが、渡邉研の卒業生で、ノーコードでデジタルマップをつくれるシステムを開発したチームがいるんです。それを使って東大の1、2年生の子たちに課題を出すと、なかなかすごい作品をつくってきます。これまでの核兵器開発の歴史の3Dアーカイブをつくったのは理3の学生で、放射線医療に興味があって、核兵器の歴史に詳しかったからこういうのをつくりましたというんですね。

東大で言うと教養学部は様々な専門に分かれる前なので、そこで学ぶ学生に一通りデジタルアーカイブ体験をしてもらっておけば、将来そういう素養を持った人がいろいろなポジションに就いてくれるわけですよね。デジタルアーカイブの意義やデータを活用して人々にメッセージを伝えることの喜びを知っている人を、社会のいろいろな場所に散らばらせていくことが、たぶん大事なことです。

これは建築では普通にできている。なぜなら、われわれは生まれてからずっと建築を経験しているからですよね。ファッションも皆一家言を持っている。デジタルアーカイブに一家言を持っている人を分野問わず育てていくようにしないといけないと思います。

安藤 そういう意味では「デジタルアーカイブの民主化」という言葉が気になるところですね。僕は、今やっているものはあくまで個人による情報提示の表現だと思っています。こうしたアーカイブの表現のレイヤーみたいなところは誰でもつくれるものがいいのではないかと思っています。

僕がStrolyにこだわったのは、いろいろな人に紹介できるからなんです。こういうことができるから、是非やってみてくださいと紹介できて、そうすると「やってみました」みたいな話も出てくるんですね。そういう個人発信型みたいなアーカイブは、これからどう展開していくのか。僕自身はそこにすごく可能性を感じているのですがどうでしょうか。

渡邉 非専門家でもできるということですね。

安藤 もちろんプラットフォームみたいなものをつくらないといけないとは思うのですが、そういうものがあれば、どんどんいろいろな人が参入するだろうし、それぞれで集められた情報をどこかにまとめてアーカイブすることもできるかなと思っています。

個々人が集めた情報がプラットフォーム全体で蓄積されて、それを再利用できるような形といったらいいでしょうか。当然、著作権上の問題もあると思うのですが、そのあたりを解決していくと、個人が発信していくアーカイブであっても、それがまとまって大きなアーカイブになり、そこから何かしら新しい視点や考え方が生み出されてくることもあるのではないかと思いますね。

個人がアーカイブをつくって発信していくことが、大きなアーカイブの形成につながっていくとすれば、デジタルアーカイブの未来像のひとつになっていくような気がします。

前沢 今はSNSによって個人発信型になっていますからね。デジタルアーカイブ推進コンソーシアム会長の青柳正規先生がおっしゃっていたのですが、クックパッドも立派なデジタルアーカイブだと。

ただ一方で、企業としてそういう流れをもっとドラスティックにどうつくっていけばいいかということはあります。やはり雇用が生まれないと。デジタルアーキビストを取ったから、どこそこに就職できますというのは、今はまだないと思うんです。

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