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【特集:デジタルアーカイブの展望】
大井 将生:デジタルアーカイブの活用で拓く、教育のNEW HORIZON──AI時代の探究学習を支える知の基盤

2024/11/05

  • 大井 将生(おおい まさお)

    人間文化研究機構(国立歴史民俗博物館)特任准教授

1.DAとは何か?(教育活用の目線から)

デジタルアーカイブ(以下DA)とは、「様々なデジタル情報資源を収集・保存・提供する仕組みの総体」です*1。その特徴を教育活用の目線から考えると、1つには「多様性」が挙げられます。DAには古文書などのいわゆる貴重資料だけでなく、絵画や地図、写真や動画、アニメ・映画・演劇、放送、広告、メディアアート、自然科学分野など、あらゆる分野の資料がストックされています。それゆえ、児童生徒が立てる多様な「問い」に紐付き得る、多様な資料が参照可能な情報源として今後の教育に欠かせない知の基盤になると考えられています。

2つ目が、資料や情報の「信頼性・真正性」です。もちろんこれは、DA資料の内容に対する歴史学的な正しさを保証することを意味してはおらず、資料や情報の信頼性・真正性にいくつかのレイヤーがあるとするならば、最も表面的な階層の話です。GIGAスクール構想によって1人1台端末やネットワーク整備が進んだ現代の学校では、WEBを活用した探究学習の必然性が高まっています。しかしその際、「ググって上に出てきた(誰かが作った)情報を無批判に/引用表記もなくコピペして使う」という事象が散見されるようになってしまいました。こうした課題に対し、「まずは各地の博物館・図書館・文書館・研究機関などが多大な努力と責任を負って収集・保管・デジタル化・構造化して公開しているDAをまずは参照」という導線は、教科横断的な育成が求められている「情報リテラシー」醸成の観点からもスタンダートになっていくことでしょう。

3つ目に、資料を読み解き、身近に感じさせる機能特性が挙げられます。これまでは、各機関の資料、特に古い時代のものなどは、仮に展示で原典をケース越しに閲覧できたとしても、児童生徒にとっては理解・活用することが難しいという課題がありました。一方現在では、翻刻・古地図の現代地図との重ね合わせ・IIIF(International Image Interoperability Framework)を用いた画像の拡大・アノテーション・キュレーションなど、デジタル特性を活かした工夫による学習支援が可能です。

2.なぜ、DAが教育現場で必要なのか?

情報化・多様性・持続可能性など、様々な観点で社会が急速に変化し、先行きが不透明になり、これまでの当たり前が通用しなくなっていく一方で、学校教育は150年前からさほど変化していないことが問題視されてきました。とりわけパンデミックでオンライン教育の必要性が急速に高まった際には、教育改革の遅れや教育格差の問題が世界的に顕在化しました。

長らく教育現場では、教師が知っている(答えが1つに決まっている)内容を一方向的に教え、覚えさせるという指導がなされてきました。しかしながら、情報化の進展やAIの台頭によって情報が容易に入手可能になった今後の社会においては、従来型の一方向的な教育は有意性が失われていくと考えられます。そうした中、近年改訂された新学習指導要領では、教育改革のトリガーになり得る概念として「探究」の重要性が示されました。探究学習では、すぐに答えの出ない課題や「問い」を設定し、それを解決したり深めるための情報を接続させることが学習の前提条件として位置付けられています*2。すなわち、児童生徒が立てるであろう多様な「問い」に紐付き得る、多様な資料にアクセスできる学習環境が今、求められているのです。

そして、AIの急速な台頭における著作権の課題やハルシネーションの問題、フェイクニュースの蔓延による批判的思考力育成の必要性、SNS社会におけるエコーチェンバー現象への警鐘、ダイバーシティ&インクルージョンに向けた社会的要請などのアジェンダもまた、DAが教育現場で必要となる社会的背景として挙げられます。AIをはじめとしたテクノロジーの開発やそれを人々が使うこと自体は不可逆的であり、議論や一定の規制は必要であるものの、教育現場で単に使用を禁止するばかりでは、今後の社会を生き抜くための本質的なリテラシーを育成できません。日々変わりゆくテクノロジー・情報・社会構造と向き合い、その特性と課題を理解した上で、情報を批判的に選択し、多様なリソースから信頼性のある資料を基に論拠を持って多面的に考察し、他者と協働して意見を構成していくことが重要となります。その際、あらゆる国や地域・多様な時代やテーマ、様々な形式の資料、加工されていない1次資料から専門家によって可視化されたデータまでを包括的に参照可能なDAは、AI時代となる今後の教育現場においてこそ、欠かせない知の基盤になるのです。

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