【特集:デジタルアーカイブの展望】
座談会:コミュニケーションを豊かにするアーカイブとは
2024/11/05
社会参加のためのプラットフォーム
本間 地域に根差したものに限らず、「関係性をつくる」ことは、すごく大事だと思っています。Keio Object Hubもいろいろな方からデータをご提供いただいていますが、無機質に、ただ「データを出してください。検索できるようにします」というのでは、やはり上手くいかない。
デジタルアーカイブに入れていただくデータの背後には、そのデータをつくるための労力やデータの基になっている文化財や学術資料を継承していく大変な努力があります。だから、ラポール形成というか、対話を重ねて「(データを)出してよかった」と思ってもらうことがすごく大事だと思っています。
ヒロシマ・アーカイブや能登の試みは、すごくよいモデルですよね。
渡邉 ラポールを形成するようなことは、聞く側のスキルによるところが多いと思うんですが、われわれは出来上がったフォーマットにかなりその部分を委ねているところがあります。「こういう形で世に出ますよ」と言うと、大体の方がワクワクしてくださる。
僕はあまり人が得意ではないので、このフォーマットに任せている感じです。信頼関係をつくってくれるフォーマットができたということですね。
安形 データを提供することで他の人の役に立っているという実感があって、嬉しがってくれるのかもしれませんね。
医療系のサイトで、患者自身が自分の病状などを公開できるPatientsLikeMeというある種の集合知的なサイトがあるのですが、そういうものとも似ているのかなと思います。
最初は、自分の病状みたいなプライベートなものは皆出したがらないんじゃないかと言われていましたが、蓋を開けてみたらそうではなく、人に役立てるという充実感が得られるということが、1つの特徴のようです。
渡邉 戦争体験者の方は広島のマップを見ると、「私はここなのよ」と地図上に指をさされる。「何々さんがここにおるわ」みたいな感じで、仲間を見つけていく感覚があるようですね。
本間 そう考えると、デジタルアーカイブに対して貢献することが、社会参加の1つの形になりうるように思えます。デジタルアーカイブというアクセス・ポイントがあることで、いろいろな社会への貢献の仕方が生み出されるかもしれない。現代において、どのように社会にかかわっていくか、そのオルタナティブを提供できるプラットフォームなのかもしれません。
参加意識を醸成するために
渡邉 先ほど安藤さんがおっしゃった枠組みを飛び越えて、様々な文脈が引っ張り出されてくるということに近いかもしれないですね。
安藤 渡邉さんのヒロシマ・アーカイブなどを拝見し、いつも本当に感銘を受けています。
僕は鹿児島県鹿屋市という地域にかかわっていて、地域の方々から戦争に関する情報を提供していただき、それを地図上に貼り込んでいく作業をしています(「鹿屋・戦争アーカイブマップ」)。
僕自身はスキルを持っていないので既存のプラットフォーム、Strolyなどを使って、自分でつくった地図上に地域からご提供いただいた情報をやみくもに特に脈絡なく貼り込んでいっています。
先ほど、参加あるいは貢献という言葉がありましたが、その意識は非常に大事だと思います。僕がつくっているものはそれほど大きな注目を集めてはいませんが、それでも新聞などで取り上げてもらうこともあります。そのように取り上げられると、地域の方々は何かちょっと嬉しくなるということがあると思うんですね。
そこで、学術的な成果でなければいけないとか、正確な情報でなければならないとか、ハードルを上げてしまうと、なかなか参加意識が生まれない。もっとフラットに、どんな情報でもいいからとにかくください、法的に問題がなければ載せます、みたいな形で呼びかけていくと、いろいろな情報が集まってきて、参加意識が高まっていくように思います。
それが、特に地域に根差してデジタルアーカイブをつくっていく際の1つのやり方なのかなという気がしますね。
安形 企業として展開されるお立場から、いかがですか。
前沢 関係性を保つとか社会参加という点からは、当社ですと博学連携(博物館と学校の連携)の部分かと思います。改正博物館法施行の結果、様々な博物館が、学校の指導要領に合わせて、様々な教育資料を用意するようになっています。
かつては検索システムを公開して、おしまいみたいな感じでしたが、今では1歩、2歩踏み込んでいることを実感しています。例えば、人間文化研究機構の大井将生先生がやっていらっしゃるスキラム(S×UKILAM)連携のワークショップにわれわれも参加しました。
正直、オープンデータといったものにどう企業が営利的に参入していくか、非常に難しい問題です。それにトライする中で、われわれはプラットフォームを提供するという立場で、「DNPみどころキューブ」というものを紹介しています。
東京学芸大学附属図書館の「東京学芸大学教育コンテンツアーカイブ」が公開している絵双六の画像をキューブ状にプロットするものがあります。縦軸を年代、底面を絵双六の形態(飛び双六と廻り双六)、側面を分類としてその3次元の空間内に絵双六をプロットして授業の教材として使っていただくというものです。
先ほどワクワク感という言葉がありましたが、子どもたちはこのような見せ方をすると非常に盛り上がるんですね。それをさらに図書館の方と学校の先生方、そして企業が、皆さんが持ち寄ってつくりあげていくという事例になります。
安形 基盤のシステムは同じでも、それぞれが独自にどう「みどころキューブ」をつくっていくかで変わっていくわけですか。
前沢 自由につくれます。ウェブブラウザだけでつくることができるCMS機能を提供しているので、先生方や博物館、図書館の方に簡単につくっていただく環境を用意しています。
実空間に広がるコミュニケーション
安形 公開して終わりではなくて、どのように使われていくかというところですね。このようにデジタルアーカイブは今、かなり広まり定着してきていますが、それをつくり、維持するにもお金がかかる。そういう中、社会的な意義は非常に大きいと私も思っています。
特に教育や一般の方たちのシビックプライドみたいなものに結びつく部分もあるかと思うのですが、一番大事だと思うポイントはなんでしょうか。
渡邉 今年の8月に長崎で展覧会をやったのですが、それがテレビで取り上げられたんですね。特徴的だったのが小中高生がいっぱい来るんです。VRなどの最新技術が間口を広げているので、興味深そうに見ているわけです。戦争の記憶などは、やはり若い世代が未来の社会を担うわけですから、ぜひ見てほしいのですが、その世代は表現技術で引き付けることができる。
一方、驚いたのが、被爆者の方が車いすでたくさん来られるんです。老人ホームでご飯を食べていたら、この展覧会をテレビニュースでやっていたから来たみたいな感じの方が多い。
子どもたちにはデジタルテクノロジーが直球で届くのですが、被爆者の方や普段デジタルツールを使っていない方々は、テレビや新聞などのメディアを通して伝わることで初めてリーチできる。ウェブに置いてあるだけだとこういう人たちには届かないんです。なのでこういった展示会を開くことに手ごたえを感じています。
デジタルアーカイブというのはウェブで公開することがゴールではなく、実空間でコミュニケーションをつくるためのツールだと考えると、上手くいくことが多いと思います。
本間 今おっしゃったことは非常に大事だと思います。デジタルアーカイブがあるから他のものは要らない、ではなく、テレビもラジオも、雑誌も新聞も、ミュージアムもライブラリもあって、その中にデジタルのメディアがきちんとあることが重要ですよね。
今、デジタルアーカイブがどうしても必要だと思うのは、現代において、ミュージアムの作品や活動に様々な人々が接続し、出会い直すためのチャネルをデジタルアーカイブが開いてくれるからです。
ミュージアムの作品に出会うチャネルはもちろん他にもあるけれど、今デジタル情報を無視することは絶対にできない。日常のわれわれの体験のかなりの部分を占めるデジタルの世界に、私たちが引き継いできたものをきちんと放流して、作品や資料との出会いのチャンスを保持していかなくてはならないと思います。
2024年11月号
【特集:デジタルアーカイブの展望】
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