【特集:科学技術と社会的課題】
吉永 京子:EUのAI法と新興技術規制への視点
2024/08/05
新興技術の規制のために何が必要か──柔軟・迅速性、マルチステークホルダー、学際的視点
生成AIの登場は、予測よりもはるかに早かったと言われている。今後は人間がプロンプト(指示文)を入れなくても、AIが自発的に学習し、自律的に作動するAutoGPTが主流になってくるだろう。ますますAIの「ブラックボックス」問題が深刻化し、人間が予見できないことが起きてくる。民間利用のほか、軍事利用にも転換されてしまういわゆるデュアル・ユースの問題もある。技術の進行が早いほど、より柔軟に素早い対応が求められる。AIの規制においては、官民学、市民団体等、様々なステークホルダーを巻き込んで議論する必要がある。
この点、日本のAI事業者ガイドラインは、柔軟かつ迅速(アジャイル)に対応できるように、そしてイノベーションを阻害しないためにソフトローにした意味合いがある。また、マルチステークホルダーアプローチを採っている。
さらに、企業のAI開発の現場でも学際的な視点を持った取り組みが必要となる。これまでのITと違い、AIのリスクの問題は、ヒューマニティや社会全般に影響を及ぼすものであるため、エンジニアのみならず、法学、経済学、社会学、哲学(倫理学)、心理学、文化人類学等の専門家の視点が有用となる。またAIを使う場面によってリスク等も異なってくるため、当該分野(例えばヘルスケア、金融等)の専門家も入れて議論を行う必要がある。
AI時代を生き抜くために──大学の役割とは
AI開発者は時として個人情報保護法や著作権法の制約を知らずにいたり、国際社会におけるAI倫理に関する議論の動向を把握していない場合もある。また法学者も技術をよく知らずに規制することばかりに目を向けがちで、お互いに学び合う必要がある。例えば、AIを研究している学部や研究科においては、プログラミングのみならず、法と倫理の基礎的な知識を教える必要がある。法曹養成においても技術の基礎的な素養を身につける必要がある。
今後、大学の役割としては、AI時代を生き抜くための学際的な視点を養うために、複数分野で学位を取ることができるプログラムも考えられる。米国においては、法律家を養成するロースクールにおいて、Joint & Dual Degree Programs(J.D.(法学博士)に加えて別の研究科の修士号を同時に取ることができるプログラム)を実施している。また、筆者が所属しているジョージタウン大学ロースクールでは、法学習得者のためのテクノロジー法・政策修士号(Technology Law & Policy (LL.M.))や法学未習得者のための法学とテクノロジーの修士号(Master of Law and Technology (M.L.T.))といった法学とテクノロジーの両方をマスターしたという学位をもらえる。さらに、哲学や文化人類学の専門家を招いてAIについて議論することも行われている。
このように、AIがもたらす複雑な問題を解決するためには、幅広い学問における知識の組み合わせや、基礎学力に基づいた応用力、柔軟性が必要となる。グローバルな視点をもって、様々な学問分野の人たちと議論をしながら、AIと上手に向き合っていくことが望まれる。
※本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215 の支援を受けたものです。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2024年8月号
【特集:科学技術と社会的課題】
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