三田評論ONLINE

【特集:科学技術と社会的課題】
大澤 博隆:人工的エージェント研究から、物語応用の研究へ ──SF的想像力の展開

2024/08/05

  • 大澤 博隆(おおさわ ひろたか)

    慶應義塾大学理工学部管理工学科准教授、慶應義塾サイエンスフィクション研究開発・実装センター所長

1. ヒューマンエージェントインタラクション研究と物語応用の研究の接点

私は長年、ヒューマンエージェントインタラクション(HAI)という分野を研究対象としている。一方で、物語を応用する研究も行っている。この2者にどのような関係があるか、ということを説明しておきたい。

HAIは学際的で、確立してまだ20年と少しの分野ということもあり、これがどのような分野か、ということについて多くの説明をしてきた。HAIは人とエージェントとの相互作用(インタラクション)を扱う学問だが、それだけだと説明にならない。ここでいうエージェントとは主に社会的エージェントと呼ばれる、人間や動物のように意図をもつかのように振る舞う人工物を指している。

HAIは様々な領域にまたがる分野だが、一言で言えば、「社会的なエージェントに対する人々の想像力を調整し、人間に対する有用な応用を探求する学問」であると言える。HAI研究は突然発生したわけではなく、ソーシャルロボットやバーチャルエージェントなど、類似の技術を扱った学問は数多くあった。しかしHAIはこうしたエージェントが媒体ではなく、人々に社会的に影響しうるエージェント自身を複合的に扱う分野として誕生した。そのため、人工知能やロボティクスだけでなく、ヒューマンコンピュータインタラクション、認知科学やシミュレーション、ゲーム理論、人工生命、ビデオゲーム研究、倫理学、社会科学、哲学など、複数の分野の研究者がこの分野に着目し、ロボットやバーチャルエージェント、音声対話、遠隔対話システムの外観やコミュニケーション、相互作用の設計や実装から、人工知能システムにおける他者の意図推定や協力行動の創出、エージェントシステムの社会的な応用とその法・倫理・社会的問題の検討が行われている。私自身もその観点から、家電製品を擬人化する研究や、人狼ゲームなど人と協力し人を騙す人工知能の研究を行ってきた。

HAI研究では対象となるエージェント自体の情報処理プロセスよりも、そのエージェントが人間と接した際に、人間にどのように扱われるかを重視する。例えば、ペットロボットの感情を設計する際には、ペットロボットがどのように感じるか、という点よりも、ペットロボットの感情が人間にどのように受け取られるか、を重視する。この点を悪しざまに言ってしまうと、HAI研究は「人工物がまるで意図を持っているかのように騙す」研究であるとも言えるかもしれない。しかし、これはある意味では本質的であって、HAI研究はある意味で「ユーザの中にある虚構(フィクション)」を設計する研究でもある。

HAIの観点から興味深い実装の一例として、バンダイが開発した人形型ぬいぐるみであるプリモプエル(1999年発売)がある。この人形は各部に取り付けられたセンサーが人間の触り方などに反応して一定の言葉を発するだけのシンプルなぬいぐるみであり、人工知能技術の観点では、優れた技術を使ったものとは言いがたかった。しかしプリモプエルは中高年の女性を中心にヒットした「ロボット」であり、100万台以上が販売され、介護現場を含めた様々な場所で活用された。

このプリモプエルには、ユーザに購入される前の設定となるバックストーリーが存在している。その中でプリモプエルは小さな星からやってきた異星人であり、人々の心を癒やす存在であると語られ、その様々なキャラクター性も魅力の1つとなっていた。プリモプエルの物語は、決して上手い物語と言われるものではないが、物語の巧拙とは別に、プリモプエルが購入者との関係性を作成することを重視していたのは注目すべき点である。

人工知能研究において、物語の研究は物語分析から物語生成の研究まで、長年の蓄積がある。こうした物語研究と、HAI研究は、従来は同一の枠組みで扱われることはなかった。これはHAIが主に動的なコンピュータデバイスを設計する分野であり、ユーザが思い込む「虚構」は副次的なもので、制御の幅が狭かったこと、一方で物語は基本的に静的な媒体であり、そこに込められた時系列的な虚構を、テキストや映像などを通じて享受する形でユーザが受け取る枠組みだからである。しかし、ビデオゲームのようなインタラクティブなメディアでは、両者の設計や目的は接近してくる。例えば、ビデオゲームにおけるノンプレイヤーキャラクター(NPC)の設計と、スクリーン上に登場するバーチャルエージェントの研究では、同様の技術が使われ、類似の学会で発表が行われることがある。

特に、近年のHAI研究は単独のエージェントの技術を磨くのではなく、人間の存在する社会に対し、単独もしくは複数のエージェントを介在させることで、結果的に人間社会を良くする、というアプローチが見受けられる。例えば、筑波大の田中文英教授の提案する「教えることによる学習(Learning by Teaching)」では、エージェント自身が子供から教えられる存在になることで、結果として子供が学ぶ、というアプローチが行われる。また、豊橋技術科学大の岡田美智男教授が提案する「弱いロボット」では、何もできないロボットがいることで、結果として人々の行動が促される。こうした研究は、人間社会を拡張するHAI研究であると言えると同時に、人々の想像力を刺激し、結果として人の行動を促す点で、物語の研究に近い。物語は複数の社会的存在を時系列上で扱う必要がある課題であり、その点ではエージェントへの想像力をデザインする仕事は、この一部に含まれると言えるだろう。ほぼ全ての物語において、語り手がおり、多くの物語において、複数の行為者や社会が存在する。

以上の点から私は、HAI研究と物語研究の発展において、双方の交流を促すことに、大きな利点があると考えている。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事