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【特集:科学技術と社会的課題】
座談会:文・理を超えてこれからの課題にどう向きあうか

2024/08/05

  • 四元 弘子(よつもと ひろこ)

    弁護士

    森・濱田松本法律事務所所属。1991年東京大学法学部卒業。91年~99年、科学技術庁(現文部科学省)勤務。2001年弁護士登録。宇宙、原子力、エネルギー、医療、防災等の国の開発プロジェクトに数多く関与。

  • 八代 嘉美(やしろ よしみ)

    藤田医科大学橋渡し研究支援人材統合教育・育成センター教授

    慶應義塾大学殿町先端研究教育連携スクエア再生医療リサーチセンター特任教授。2009年東京大学大学院医学系研究科病因・病理学専攻修了。博士(医学)。専門は幹細胞生物学・科学技術社会論。SF等サブカルチャーの研究も行う。

  • 小久保 智淳(こくぼ まさとし)

    東京大学大学院情報学環助教

    塾員(2018法、20法修、21理工修)。専門は神経法学。慶應義塾大学大学院法学研究科研究員を経て2024年より現職。IoB-S(“Internet of Brains”-Society)リサーチャー。

  • 牛場 潤一(うしば じゅんいち)

    慶應義塾大学理工学部生命情報学科教授

    塾員(2001理工、02理工修、04理工博)。博士(工学)。専門は神経科学、ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)。慶應義塾大学関連スタートアップ 株式会社LIFESCAPES代表取締役。

  • 駒村 圭吾(司会)(こまむら けいご)

    慶應義塾大学法学部教授
    塾員(1984法、86法修、89法博)。博士(法学)。2005年より現職。2013年~21年慶應義塾常任理事。専門は憲法、人権基礎論。IoB-S(“Internet of Brains”-Society)代表。

加速化する科学技術の進展

駒村 本日は「科学技術と社会的課題」について討議したいと思います。

科学技術は人類の生活を豊かにし、文明全体に大きく裨益してきたことは間違いないと思います。しかし、近年、技術の進展が加速度的に進み、社会がそれを受け入れようとする前にどんどん新しい技術が登場し、制度的な対応が追いつかない現状です。

その中で昨今、いわゆるELSI(Ethical, Legal and Social Issues、倫理的・法的・社会的課題)と言われる、主に人文社会的な知の側面から科学技術を分析・統制するアプローチが広がってきました。

近年ですと、例えばメタバースの狂騒や、生成系AIの登場による人間の知的営みの根本的変化の予兆がリアルなものとして迫ってきています。また、人工知能だけではなく、人工身体や人工生命なども現実化しつつあり、ゲノム編集や再生医療、生殖医療技術、ブレインテックなどが次々と未知の分野を開拓しています。

また、フィンテックやリーガルテックと言われる社会的サービスの分野でも、科学技術のプレゼンスがどんどん大きくなってきています。

他方で、そうは言っても自然の脅威には勝てない現実もある。津波や地震による原発の事故では、科学が生み出した核技術によってしっぺ返しを受けている状況になっているし、能登半島の地震も半年経ちますが、依然として復旧のめどが立たない。あるいはドローンを軍事攻撃に使ったり、核攻撃の可能性を公然と口にするような政治リーダーが現れてきている。

われわれの知的資源をどこに投下するかということが大きな問題になっており、華やかな技術の進展の一方で、それが悪用、濫用され、人類の自殺行為に等しいような利用をされる懸念もある。

このような背景的事情のもとで、現状を押さえた上で、未来の展望を語っていただきたいと思いますが、初めに、自己紹介を兼ね、ご自分の専門、立場と社会的課題についての関係についてお話しいただけますか。

牛場 私の専門は神経科学で、脳に関する基礎研究をやっています。脳はいろいろな経験を通じて機能も構造も変わっていきますが、その「可塑性」といわれる性質を上手く引き出すような研究開発をしてきました。

具体的には、ウェアラブル脳波計を使い、脳卒中などで脳が傷ついている患者さんの脳活動を脳波として読み出すことをしています。脳波をAI処理して、脳の中にまだ残っている神経が適切に活動していると推定されたタイミングで、麻痺した手に取り付けているロボットを駆動させ、手の動きをサポートします。そうすることで生身の状態で再び手が使えるようになっていくという機能回復、治療技術としてのAI研究をやっています。

20数年前の学生の時、そういうことがやりたいと医学部に行くと「難しいんじゃない」と臨床の人に言われました。しかし、不可能だと思ったことが可能だということがわかると、周りの人の態度が急に変わっていく瞬間も何度か経験しています。

科学の常識や世の中の常識というものは不確実で未来の当たり前ではなく、科学技術によって新しいニュースタンダードをつくることができるんだ、という希望を感じてきた一方、世の中の科学技術に対する認識は、「意外といいかげんで現金だな」と思うこともあります。科学技術と社会の付きあい方には希望を持っていますが、大丈夫かなと思うようなこともあります。

これから、さらに「ブレインテック(ニューロテクノロジー)」というものが実現していく中で、ユネスコなどでも、どのようにそれをルールメークし、倫理的課題に取り組んでいくかというムーブメントが立ち上がったと聞いています。

私も学生の時から研究を始めて教授になり、いよいよフロントエンドで責任ある科学技術の担い手の中核にならなければいけないと感じています。

幹細胞研究から科学技術社会論へ

駒村 では八代さん、お願いします。

八代 私の専門は、幹細胞研究という生物学がもともとのディシプリンです。幹細胞は、いわゆる再生医療、再生医学の基盤となる細胞ですが、私が学部に入った時、ES細胞がヒトで樹立をされた直後でした。これは人の胚を破壊してつくられる多能性幹細胞ですが、注目されつつも胚を使うということで生命倫理的な課題の面から社会的批判を受けていました。

そこで、大学院で胚を壊さずに、そうしたものをつくりたいと思い、造血幹細胞というものを題材にした研究をやっていた時、ちょうど山中伸弥先生のiPS細胞が登場します。iPS細胞は生命倫理的な懸念を払拭する細胞ということで、再生医療がものすごく注目をされるようになりました。

一般社会の方々からの期待は大きい反面、違和感や不安感というものも小さくなく、それは必ずしもサイエンスに結びついた知識を土台にしたものではありませんでした。そこで、社会的な価値観と生命科学の現場の価値観、両方を結びつける人材が必要ではないかと思い、慶應の生理学の岡野栄之先生(現名誉教授)のところでポスドクになるのを機に、科学技術社会論と言われている領域の研究にも着手するようになりました。

大学院生の頃、再生医療は「未来の医療」と言われていましたが、再生医療等安全性確保法が2014年に施行され、薬事承認されて保険医療対象になったのが20品目、また、自由診療と呼ばれているものは6000件近くに達していて、もはや未来の医療ではなくなっています。

しかし、科学的な根拠に基づいたものと、そうではないものが出てきていて、期待を逆手に取った搾取のような構造が実体化してきている状況もあります。

また「ドラッグラグ・ドラッグロス」と言われるように、世界で新薬として申請されているものの6割が日本で申請されない状況です。そのような中、これまで日本の国民、社会が期待してきた再生医療がこのままでいいのかということも考えるようになりました。

再生医療の実用化をすすめるために生命科学の内側にだけ都合のいいような形で研究を進めていくのはまずいということから、現在は科学的根拠の確立する再生医療の拠点構築と並行して、社会からのコンセンサス構築を行い、再生医療の社会実装の加速のプラットフォームづくりに携わっています。

法学から科学技術に向きあう

駒村 次に小久保さん、どうぞ。

小久保 私は憲法学と神経科学を学び、法学と理学の修士を双方取得した後に、法学研究科の博士課程に進学しました。この4月からは、東京大学の情報学環において助教をしています。

専門は神経法学(ニューロ・ロー)という、法学と神経科学の融合領域的な研究をしています。

法学と言うと、往々にして「何かをしてはいけない」という規制の話のように思われがちですが、必ずしもそうではありません。神経科学や認知科学が、人間それ自体や、意識、意思、感情、学習などをどのように解明しつつあるのかという知見を使い、法学の理論や概念をより現代的にアップデートすることを目指して研究しています。

ある意味では、自然科学や科学技術と社会との接点に直接つながる研究とも言えます。その中で、世間一般に言われる懸念や期待が正当なものなのかを考えることもあります。いたずらに新規技術を危険視、あるいは不当に称揚してはいないか。そうした社会受容の在り方についても、ELSIやRRI(Responsible Research & Innovation :責任ある研究・イノベーション)のチームの中で、文理双方の知識を活かしながら考えています。

駒村 では、四元さん、お願いします。

四元 私は弁護士として企業法務やM&Aといったことを中心にやっていますが、その傍らで科学技術に関する業務がかなり多いのが多少風変わりな特徴かと思います。

私は前職が国家公務員で、科学技術に関する仕事をしておりました。科学技術政策の立案や宇宙開発、また原子力の分野で核不拡散、核セキュリティなどにも関与しました。平成8年の第1期科学技術基本計画の立案にはまだほんの若輩として参加しました。

その後、弁護士に転じたのですが、科学技術はとても好きなので、弁護士としても科学技術に接する機会を多くいただいてこられたのは幸いでした。

弁護士ですので、基本は依頼者からの相談に対応するのが業務ですが、社会的課題との関係について考えてみますと、例えば、AIを用いた研究の中で個人情報の取扱いに関する相談を受けたり、コロナの次のパンデミックへ備え、企業にインセンティブを持って長期にわたるワクチン開発をしてもらう仕組みを考えたり、あと昨今安全保障環境が厳しくなり、研究開発と国際関係の問題には割とよく直面します。

また、日々の弁護士業務を少し離れ、東日本大震災の福島の事故を契機にエネルギー問題にもわずかですが関与しています。今の電力自由化、世界的な脱炭素の流れ、そしてウクライナ問題などがある中で、原子力の取扱いも含めて、何が日本のエネルギー利用のありかたの最適解かということがありますが、社会課題が多過ぎ、かつ重過ぎて、全知全能の神様でも答えを見つけられないのではないかと思うほどです。

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