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【特集:エネルギー安全保障を考える】
座談会:エネルギーから見えてくる国際政治のゆくえ

2024/02/05

ウクライナ侵攻と中東

宮岡 新興国の台頭、エネルギーシフト、シェール革命などが2000年代、2010年代とある流れの中、ロシアによるウクライナ侵攻が起こり、これがエネルギー安全保障にどういう影響を及ぼすのでしょうか。ウクライナ戦争だけではなく、その後のイスラエル-ガザ戦争なども含めて、最近のトレンドをご指摘いただければと思います。

田中 ウクライナ侵攻以降の展開は、中東にとっては恵みの雨だったと思います。脱カーボンの流れが進んできた中、中東の炭化水素資源は座礁資産(ストランデッドアセット)になる可能性を秘めていた。ところが、ロシアに対する制裁を西側が導入することになり、にわかに中東の資源量と生産余力に再び目が向いて、彼らの息が吹き返したということがあります。

それは元気がよくなるだけではなく、ある種、自信の再構築にもなっている。今のハマスとイスラエルの間の紛争で、カタールが人質解放に関して積極的に調停役をしていたりするのも、彼らが外交的国際舞台で勢いを盛り返したことでもあると思います。

アメリカとイランとの間の調停をカタールであれ、オマーンであれ試みたり、あるいは産油国ではありませんがトルコのようにロシアと渡り合うことができたり、中東の元気がよくなったことは間違いないですね。

もちろん、彼らの一番の不安は紛争に巻き込まれたくないことなので、対ロシア制裁にはどの国も加わらない。だからサウジアラビアは重油を輸入し続けることができるわけです。

中東にとってはもう1つ、ロシアに依存を強めていた分野があり、それは原子力です。いわゆる原発の導入という点では、トルコ、エジプト、イランの3カ国はロシア製のものを建造中であるか、すでに導入済みです。この先、サウジアラビアが導入する可能性もゼロではない。

いろいろな意味から、エネルギー分野でのロシアの存在と関与が、中東では今後ますます大きくなってくるだろうと思われます。その下でウクライナ紛争にどういう形で中東の国々が対応すべきであるのかが検討され、政治的判断がなされるのでしょう。

一方、レンティア国家であること自体、依然として中東各国は変わりありませんので、内に抱え込んでいる問題をどう処理していくかという脆弱性は抱えたままです。

このように対ロシアの制裁に関しても中東は我々とは違う立場にあることを十分認識しなければいけないと思います。

宮岡 ガザ問題はどういう影響を与えますか。

田中 ガザ問題はこれまでのところエネルギーにはあまり関係ないですね。タマルガス田という、東地中海にある、イスラエルもすでに稼働させているガス田のうちの1つが、10月7日の攻撃の直後から操業を止めていましたが、つい先日、再開しました。それによって、余剰ガスがイスラエルからエジプトに渡って、エジプトの遊休施設化していたLNG基地を使って、主として地中海に輸出されていきます。

竹原 ガザ問題のエネルギーへの影響が限定的というのはおっしゃる通りで、特に石油はウクライナ侵攻で供給先調整ができることが証明されました。原油は基本的に一物一価なのでロシアの原油を欧州が使わなければ、インド、中国に流れる。海運も若干の混乱は生じますがタンカーの手配を含め、必要なところに原油が供給され、市場はバランスしたことが証明されました。

しかし、ガスのほうは駄目でした。端的に言えば、欧州がロシアから調達できなかったガスを、大枚をはたいて世界からかき集めたのです。その結果、天然ガスの価格が、BTU(百万英国熱量単位)あたり8ドルから100ドルに急騰しました。100ドルのガス価格というのは、原油では600ドルに相当します。原油価格は過去150ドル前後が史上最高ですから、すさまじい価格です。

日本の電気料金は円安もあり3割程アップしましたが、長期契約で調達を確保していた日本はその程度で済みました。しかしヨーロッパは市場化、自由化が進んでおり、ロシアからのガス輸入が減ると、大量のガスを市場で調達しなければならず、EUの電気料金は5割上がり、イタリアは3倍に上がったそうです。

ガスは、そうやって欧州の電気料金に跳ね返ったのですが、インドやパキスタンに至っては、必要なガスが買えずに石炭を使うか停電するしかない状況に陥りました。このような状況のもと、欧州が脱炭素化の潮流を逆行させたとエネルギー業界では考えている人もいます。

「二重苦」に加えてのウクライナ侵攻

白鳥 日本は、そもそも石炭から石油へのエネルギー革命以降、一貫して資源小国でした。残念ながら、当面、それが変わる見込みはありません。

再生可能エネルギーも、太陽光は従来の技術で使えるものは適地も限られますし、洋上風力も、遠浅の海岸が限られるので、経済性や各種環境への影響、安定供給を考えれば、導入量を劇的に増やすのは難しいのが実情です。同様に、例えば水素やアンモニアといった次世代のエネルギー源も、結局外国から持ってこざるを得ないという状況は変わらない。

これはウクライナ侵攻以前から明らかになっていたことです。資源小国でありながら、日本もまたエネルギーシフトに向けて取り組むと、カーボンニュートラルの宣言をしたのが2020年です。「資源小国+エネルギーシフト」という、二重苦の極めて厳しい状況に加えて、ロシアのウクライナ侵攻があったのだ、と理解する必要があるというのが私の見方です。

ただ、ロシアのウクライナ侵攻のエネルギー関係に関する影響は、どちらかというと間接的なものが大きいと思っています。G7で制裁を行うということから、従来の政策を改めなければいけなくなり、石油輸入などを止めたわけです。

エネルギーシフトを目指す一方で燃料補助金を出すというのは矛盾した政策です。油価やガス価格の上昇はウクライナ侵攻の少し前から始まっていた。補助金を導入したところ、すぐにロシアのウクライナ侵攻があり、やめどきを逃したのが実態でしょう。本来、長期的にやるつもりがなかった政策が、ウクライナ侵攻によって継続してしまっていることの影響は中長期的にかなり大きいのではないかと思っています。

エネルギーの直接的な話としては、ロシア依存をどう考えるのかという新たな政策課題が浮上したことが大きいと思います。現在、石油に関しては止まっていて、天然ガスは10%弱を輸入しています。従来からロシア依存をするべきではないという人たちもいたわけですが、エネルギー業界の人は信頼できる供給者としてロシアを見ていて、中東への依存度が極めて高い状況で、供給源の多角化という観点、分散という観点から、ロシアに依存することで日本のエネルギー安全保障を高めるのだというロジックでした。しかし、それが180度変わってしまった。

今も短期的にはロシアからの天然ガスを止めると大変な影響があるわけですが、少なくともこの戦争が続き、プーチン政権が続いている間にロシアにさらに依存を深めるような政策は、取り得ないはずです。

そうなると、では今度はどうやって日本のエネルギー安全保障を確保するのか、改めて問われています。

竹原 エネルギー業界というよりエネルギー安全保障の視点から一言付け加えますと、ロシアのエネルギーは信頼できるということより、2、3日で届くその利便性が評価できます。

3・11もそうですが、何かあった時に20日かけて来るエネルギーと、3日で来るエネルギーでは全然違いますので、ロシアのエネルギーは安全保障上有効であったと今でも思っています。

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