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【特集:エネルギー安全保障を考える】
座談会:エネルギーから見えてくる国際政治のゆくえ

2024/02/05

中国のエネルギー戦略

宮岡 日本のエネルギー安全保障分野における国民の認識と現実のギャップをお話しいただきました。これがウクライナ侵攻後、あるいは将来の日本のエネルギー安全保障を考える上で改善されるのか非常に興味深く感じます。竹原さん、中国の観点からはいかがでしょうか。

竹原 中国から見たエネルギー安全保障と中国のエネルギー戦略ということからお話しします。中国のエネルギー戦略は、よく日本から、整合的だとか戦略的だと評価されることが多いのですが、私はそれほど整合しておらず調整を重ねた結果と思っています。

まず中国は国内に石炭がたくさんあり、エネルギー自給率は以前は9割で、今でも8割は維持しています。

一方でエネルギーを大量に海外から輸入しているのですが、相手国が非常に多様化しています。例えば日本は原油の中東依存度が、現在9割以上ですが、中国の原油の中東依存度は、5、6割というところで、アフリカ、ロシア、中南米と多角化が進んでいます。

日本のエネルギー自給率は、エネルギー白書にならい原子力を含めた形で2011年までで2割程度ですが、中東依存に加え、調達先もかなり偏りが大きく、中国がうらやましく思えないこともありません。

ただ、中国も、エネルギー安全保障には、建国当初から常に高い危機意識を持ち、エネルギー戦略を見直してきています。改革開放政策を80年代に取り、2001年にWTOに加盟しますが、過去30年程は経済成長を続けていて、その成長を支えるため、まず石油や天然ガス生産企業に、とにかく増産し、安い価格で売りなさいと働きかけてきました。

その結果、無秩序な開発で油田が疲弊してしまうのです。それで赤字体質になったり、経済合理性が合わなくなってしまう。その中でも需要はどんどん増えるので、石油は1995年に純輸入国、天然ガスは2006年に純輸入国化しています。今、原油の輸入は2017年にアメリカを抜いて世界1位、天然ガスも世界1位、石炭の輸入はインドと首位を争っています。

それで中国政府は90年代後半には増産至上主義から転じ、2006年以降は省エネや環境保護も国策として、いわゆる「爆食」からの脱却を図ろうとしています。

石油や天然ガスは国営石油企業3社が7割以上を牛耳っているのですが、石炭は、国営石炭企業の他に地方政府が関わっている郷鎮企業が手掛ける炭鉱がたくさんあります。そういった小規模炭鉱は事故も多く、環境負荷も高いので、それらを閉鎖し、石炭を抑制する政策を2000年代から行ってきたのですが、経済成長に伴ってエネルギーが足りなくなると、すぐに石炭に回帰し、抑制政策はなし崩し。炭鉱の事故が増え、大気汚染が深刻化しました。

エネルギー消費は中国は2000年から2020年の20年間で、石油換算で10億トンから30億トンと3倍に増えています。ただ、GDPはその間、おそらく10倍に伸びているはずで、中国は日本同様、省エネ、電化、石炭から石油・天然ガスへの移管など、原子力利用も含め、少しずつエネルギー転換も進めていました。

2013年が中国の転機で、PM2・5が社会問題化し、大気汚染撲滅政策が次々と出されました。そして天然ガスへの転換や再エネが大きく盛り上がっていきます。2020年には習近平が、2060年には中国もカーボンニュートラルをやると宣言しました。

原子力や再エネの拡大、排出削減などを政策目標として脱炭素へ大きく舵を切った。ところがウクライナ危機後、また、石炭に回帰しているのが中国のエネルギー政策の変遷です。結局エネルギー安全保障は石炭頼みなのです。

中東の地政学的リスク

宮岡 日本は石油、天然ガスの中東依存度が非常に高いわけですが、中東の視点から田中さんお願いします。

田中 中東にまつわるエネルギーというのはいくつか論点がありますが、1つはイランであれ、イラクであれ、あるいはリビアも含め、いわゆる不安定な地域、不安定な国家、不安定な体制が供給国の側に並んでいる。いわゆる地政学的なリスクは、中東には少なからずあり、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、それからアフガン戦争、さらにイラク戦争、アラブの春とありました。

今回のガザ問題は直接の影響はないと見ていますが、やはり73年の紛争と同じ構図でイスラエル・パレスチナ問題にまた目がいく。このように地政学的な不安定さやリスクを常に伴っているということを見ながら、我々は中東からの原油輸入をずっと続けてきているわけです。

中東以外という場合、特に原油はロシアがパートナーになり得たわけですが、ウクライナ侵攻によって元の木阿弥となり、95、6%という過去最高の依存を中東に対して行うような状況に追い込まれてしまったわけです。

中東の問題は体制が不安定だとか紛争があるだけでなく、predictable(予測可能)であるかどうか、要するに体制や政権が突然政策を変更するということへの懸念もあるわけです。

やはりレンティア国家(天然資源に依存する国)と化してしまうと、資源の枯渇や価格の低下、暴落によって体制そのものが危機に直面して、生産体制に動揺をきたすということに常にびくびくしなければいけない。

そこで何とかそのショックを和らげようという話から、長期契約に依存するのが旧来からの日本のパターンです。原油に関しては、この長期契約がある程度価格と供給の安定に寄与してきたと思いますが、LNG(液化天然ガス)は、こういった長期契約が場合によっては価格硬直性を高めることになり、結果として、例えば2021年12月をもってカタールとのLNGの長期契約が更新できなくなるわけです。価格を決定するメカニズムと、それから契約の閉鎖性が、受け手側にとって見れば非常に硬直的で、不利益をもたらすと見なされたのです。

我々は中東側における様々な変化、それから彼ら自身が自分たちの国益に沿ってベストだと考える政策を見て、契約内容を詰めるわけですが、契約は価格や引き取る量にも影響を及ぼすことになり、そこに相手との齟齬が生じた。

ただ、もはや中東は石油を武器に使うことはできなくなってきている、と思います。カーボンニュートラルの話しかり、アメリカが現在、世界最大の産油国になったシェール革命の影響もあり、様相は1970年代と全く異なっています。それだけは当時に戻ることはないだろうと思いますが、中東の持つある種の不確実性や不安定さを常に気にしながら、揺れ動いていくのが、我々の中東との付き合いだと考えています。

石油をめぐる状況の変化

白鳥 最後に田中さんがおっしゃった点はすごく重要で、エネルギー業界の人は皆わかっているにもかかわらず一般に理解されていないのが、石油をめぐる状況だと思います。

70年代前後であれば、石油が圧倒的に大きかった。LNGはようやく69年から始まって70年代を通じて拡大していき、原発も本格的に増えたのが70年代ですが、そこから石油の重要性はだんだん低下し、また、先物取引を含めグローバルな市場が整備されていきます。

価格は市場が決める形の時代になって久しいわけです。ということはつまり産油国とただ仲よくすれば上手くいくわけではなくて、市場をどう考えるかが大事です。これはエネルギー業界では常識的なことですが、あまり理解されていない。

今は石油自体の供給が、直ちに国際政治上の問題や日本外交の大きな課題になるという状況はありません。もちろん価格が上がったら影響はあるわけですが、石油はある程度までコモディティ化が進んでいて、むしろ影響が大きいのは天然ガスです。

天然ガスの問題が大きくなっているにもかかわらず、報道では石油、石油、となぜなるのだろうと、違和感があります。

田中 おっしゃる通り、メディアで危機の話になると、必ず「石油が足りますか」という話になるわけですが、日本は今、官民で250日分ぐらいの原油備蓄があり、3・11以降は製品備蓄も進められているので、すぐに困る部分がない。さらに発電用の石油製品は、離島はともかく本土ではほぼ関係がない話です。つまり、我々が消費している原油の用途は、主として輸送用燃料とプラスチック製品などです。

そのあたりのリテラシーが、やはり一般に足りにないのです。だから、「石油は足りますか」といった設問をすぐ立て、それが多くの人の耳になじみがいい。特にLNGの調達価格がどれくらい発電に影響を及ぼしているかという感覚はものすごく薄いですね。

政治家も含めて、エネルギーイコール石油という、1970年代の感覚のままの人たちが多いのかもしれません。第1次石油危機時の、ボタンの掛け違いはまさにそうだと思いますが、原体験としてトイレットペーパー取り付け騒ぎで振り回された方が、トップのところにいらっしゃるからこうなってしまうのかなと思います。

私も折々にそれを否定して回っているのですが、それでもまた繰り返されるような現状があります。

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