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【特集:エネルギー安全保障を考える】
竹内純子:日本のGX(グリーン・トランスフォーメーション)をいかに進めるか

2024/02/05

  • 竹内 純子(たけうち すみこ)

    国際環境経済研究所理事、U3イノベーションズ合同会社代表、東北大学特任教授・塾員

GXとは何か

政府は今、主要政策としてGX(グリーン・トランスフォーメーション)を掲げている。令和4年7月に内閣総理大臣を議長とするGX実行会議が設置され、翌年にはGX基本方針を閣議決定、5月には関連法案を成立させた。

エネルギー安定供給の確保を前提としつつ、脱炭素社会を実現し、わが国の産業競争力強化・経済成長につなげていくことを目的としており、この分野に官民合わせて10年間で150兆円という大規模な投資を期待している。民間投資の呼び水となるよう、政府としては20兆円の支出を予定しており、これは、米国が同じような目的で制定したインフレ抑制法による支援と、GDPや人口比などを考えれば遜色ない規模だ。

少子高齢化や社会保障費の増大により逼迫する財政の中で、政府としてはいわば乾坤一擲、この分野で成長戦略を描くことに賭けたわけだが、そのビジョンが十分に伝わっているとは言いづらい。中小企業経営者の5割以上がGXを知らないという調査もある*1。国民生活、経済に大きく関わる施策であるにもかかわらず、深刻なコミュニケーションの齟齬が生じている。

GXは極めて息の長い施策であり、かつ、産業や暮らしも含めた社会変革である。長い航海において北極星*2の位置を確認することが必要なのと同様、ビジョンの共有がまず求められる。本稿においては、GX実行会議で交わされた議論を踏まえ、課題や展望を整理したい。

まず、GXの定義から確認する。GXとは、化石燃料からクリーンエネルギーへの転換を核として、経済・社会、産業構造全体の変革を目指すものだ。政府は、GXとDX(デジタルトランスフォーメーション)の同時進行によって、社会の持続可能性を高めようとしている。

エネルギー転換が急がれる理由は気候変動だけではない。エネルギー・資源が国際政治の舞台で公然と武器として振り回されるようになり、先進国中最低であるエネルギー自給率の引き上げを急ぐべきであることが挙げられる。

また、人口減少・過疎化によって従来のネットワーク型エネルギー供給システムが維持しづらくなっていることや、自然災害の増加によりレジリエンス(回復力)を高める必要が生じており、「自律分散型システム」の構築が急がれていることが指摘できる。

しかしGXはエネルギー転換に留まるものではない。それを契機あるいは手段として社会の構造転換を進めることが期待されている。人類はこれまで、エネルギー転換に促される形で、数次の産業革命を経験してきたが、GXは、「21世紀の産業革命」と言えるだろう。デジタル化は、即ち電化であり、電力供給システムと一体的に考えなければならない。デジタルインフラと電力グリッドを重ね合わせて新たな社会システムを構築することで、社会の持続可能性が飛躍的に高まると期待される。GXとDXの同時進行が必要とされる理由はここにある。

CO2の削減を目指す“カーボンニュートラル(CN)”から、付加価値を創出し、社会の持続可能性を高める“グリーン・トランスフォーメーション(GX)”に発想が転換されたことは、大きな意義を持つと筆者は理解している。

GXを進める上での前提条件

社会の脱炭素化に向けては、様々な技術が必要とされる。しかし柱となるのは、需要側における電化の進展(例:ガソリン車から電動車への転換)と、電源の脱炭素化(例:火力発電から再生可能エネルギーや原子力への転換)の同時進行だ。

現在、電気が最終エネルギー消費に占める割合は3割程度で、あとの約7割はガスやガソリン、灯油などの非電力である。高効率化によってこの7割から出るCO2を削減することはできるが、ゼロにすることはできない。しかし、例えばガソリン車を電気自動車に乗り換え、その電気を再エネや原子力などの脱炭素電源によって生み出せば、運転時のCO2排出はゼロにすることができる。

電化の自律的な促進に向けて、安価な脱炭素電源を潤沢に確保することが、GXの最初の一歩となる。

需要の電化に加えて、デジタル化は急速に電力需要を増加させる。国立研究開発法人科学技術振興機構のレポート*3によれば、情報化社会の進展に伴う世界の情報量(IPトラフィック) は2030年には現在の30倍以上、2050年には4千倍に達すると予想される。現行技術のままでは莫大な電力消費になるため、省エネ技術の改善と革新的な新技術開発が必須とされる。

スマート国家を掲げ、デジタル化に先進的に取り組んできたシンガポールで、電力の安定的な確保が見込めなくなるとして2019年から3年間、データセンターの新設が禁止されていたように、電力供給が確保できなければデジタル化の大きな制約となりかねない。東京電力パワーグリッドが既に受け付けている新規のデータセンターによる電力需要増は2028年までに約600万kWに達している。シンガポールのデータセンター新設禁止は決して対岸の火事ではない。

GXとDXを整合的に進めるには、潤沢・低廉・安定的な脱炭素電源を確保する電力政策が大前提だ。それに向けてわが国のGXがクリアしなければならない2つの課題について論じたい。第1が電力自由化の修正、第2が原子力政策の立て直しである。

安定供給と脱炭素政策の両立に向けて──電力自由化の修正

潤沢・低廉・安定的な脱炭素電源の確保はGXの最初の一歩であると述べたが、近年わが国はたびたび電力供給力不足に襲われている。福島原子力発電所事故を契機に約16GWの原子力発電所が廃止され、さらに小売り事業の全面自由化が行われた2016年以降休廃止された火力発電所は14GWに上る。同期間に再エネは9GW以上増加したが、その中心である太陽光発電が発電しないとき(冬の曇天、夏の夕方)を中心に、需給ひっ迫が生じやすくなっている。供給力不足は複合的な要因に拠るが、従来の市場設計が行き詰まっていることは間違いないだろう。

まず指摘すべきは、電力供給側の投資判断が極めて難しくなっているという現状だ。その背景には電力需要の不確かさがある。2017年に上梓した『エネルギー産業の2050年 Utility 3.0へのゲームチェンジ』の中で示した試算では、人口減少等により、2050年の電力需要は現状比0.8になる可能性がある一方、温暖化対策として需要側の電化が進めば現状比1.2倍となった。2050年にカーボンニュートラルを実現するのであれば、2050年の電力需要は現状比1.5倍になるという研究機関の試算もある。カーボンニュートラルを目指す政策は不変だとしても、電化推進の政策強度は、経済・産業の実態を踏まえて調整されるだろう。人口減少の進展と、気候変動対策としての電化推進策のはざまで、需要見通しが現状比0.8から1.5倍と、ほぼ倍の開きがある。移行期間に必要とされる火力発電は特に、脱炭素電源の導入量に影響されるため、投資判断が極めて難しくなっている。

安定供給と脱炭素化を競争市場で両立させることが難しいという指摘は、海外でもなされている。日本も含めて世界各国が採ってきた改革手法は、規模の経済性等を根拠とする従来の法的独占体制に対し、送配電網を共通のインフラとして開放し、発電・卸売りと小売りの分野に新規参入を促進することだった。発電分野では多数のプレーヤーの参入により市場支配力を払拭し、限界費用による価格形成がなされる卸電力市場を実現する。その市場に委ねれば、社会的厚生の向上が図られ、安定供給のための適切な投資が誘引されることを期待したのである。

しかし電力は同時同量の制約を負い、生産即消費される。市場価格が短期限界費用により決定されがちな卸電力市場をベースとすると、固定費の回収不足が課題となる。カーボンニュートラル社会を支えるエネルギーの柱は脱炭素電源となるが、固定費比率が高い脱炭素電源への投資を適切に確保するためには制度設計を根本的に再考する必要があるという指摘が近年、各国の研究者からなされている。

適切な電源投資がなされていない現状を踏まえ、政府は、「長期脱炭素電源オークション」という新たな制度を導入して、固定費負担の大きい脱炭素電源投資をローリスクローリターンにしようとしている。こうした制度が十分に機能するかどうか、これまでのシステム改革の評価・検証とあわせて監視していく必要があろう。

そもそも、電力自由化の主たる狙いは電気料金の引き下げにあった。しかし、各国の経験を見ても、自由化によって電気料金が低減すると明確にいえる状況にはない。わが国でも、燃料価格が低下する局面では自由化料金の低減が進んだが、上昇局面に転じて以降は自由化料金が規制料金を上回る事態もみられた。燃料調達の交渉力や災害対応などあらゆる観点から自由化の功罪を検証する必要がある。

なお、電気料金の引き下げに大きな影響を与えるのが、政府が導入を決めたカーボンプライシングだ。政府は2028年度を目途に石油・石炭などの化石燃料輸入事業者に対して賦課金を導入する。2026年度から企業の排出量取引を本格化させ、33年度頃からは発電事業者に対してCO2排出量の「有償オークション」を導入する方針を示している。発電事業に過度なカーボンプライスがかかれば、電気料金が上昇し電化を阻害する。気候変動対策の王道を踏み外すことにならないよう、カーボンプライシングの制度設計にも留意が必要だ。

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