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【特集:エネルギー安全保障を考える】
竹内純子:日本のGX(グリーン・トランスフォーメーション)をいかに進めるか

2024/02/05

原子力のしんどさと向き合う覚悟を

脱炭素電源の確保に向けて、政府は再エネを主力電源にすることを掲げている。2012年に導入した再エネの固定価格買取制度によって、わが国は太陽光発電の導入量(設備容量)でいえば中国、米国に次ぐ第3位となっているが、さらに洋上風力などに注力する方針だ。

しかし、狭く山がちな国土や、欧州と比べて恵まれない風況、遠浅の海が狭いことや漁業権交渉の複雑さなど、そのポテンシャルには限界がある。加えて九州など地域的に既に大量の再エネが導入された地域では、発電が過剰になるタイミングには出力抑制せざるを得なくなっている。送電網を整備して再エネの電気を活用しようとしているが、稼働率の低い再エネの電気を運ぶための送電線は、当然、稼働率が低くなる。地域的・時間的に偏在する再エネを活用するには巨額の投資が必要となる。再エネのポテンシャルに限界がある一方、わが国は製造業主体の産業構造で、電力需要は大きい。

こうした条件下にあるわが国が脱炭素を目指すのであれば、原子力抜きには考えられないことは自明であり、そのしんどさと向き合う覚悟を決める必要がある。

昨年8月、岸田首相が「足元の危機克服とGX推進を両立させる」として、原子力政策の立て直しに着手したことは、非常に重要な一歩だ。これを受けて、新卒の人材採用を増やした原子力メーカーもある。しかし、既に10年以上に及ぶ原子力政策の停滞により、サプライチェーン全体の技術・人材の維持が困難になっている。大手電力会社においても、発電所の運転員として入社した若手社員が「動いている原発を見たことがない」というような状況では、健全な原子力事業運営は難しいだろう。技術は使ってこそ進歩するものであり、立て直しを図るのであれば今がギリギリのタイミングだと筆者は感じている。

原子力発電に国民に安価で安定的な電力を安全に提供する戦力としての役割を期待するのであれば、政治がしなければならないことは山積している。喫緊の課題を3点に絞って指摘する。

1点目は政策の安定性だ。原子力政策の転換が一時的なものではないことを示さなければ、立地地域の方々も産業界も疑心暗鬼に陥りかねない。どのような技術利用も同様であろうが、「今必要だからちょっと使いたい」といった安易な利用は、原子力は特に不可能だ。昨年5月、原子力基本法に原発の活用は国の責務であることが書き込まれたが、東京電力福島原子力発電所事故以降、原子力政策大綱の策定も廃止され、わが国の原子力技術利用の方針は、主としてエネルギー基本計画において示されるのみとなっている。

エネルギー基本計画の策定はエネルギー政策基本法に定められた政府の義務であるが、あくまで政府が策定し閣議決定をするにすぎない。国会審議を経たものではなく、政権交代等によって政策変更があれば、エネルギー基本計画で定められた内容は引き継がれるとは限らない。その上、そのエネルギー基本計画でも原子力利用について明確な方針が提示できているとは言い難い状況だ。より高いレベルで国にとっての原子力の位置づけを明示し、進捗を管理していく体制の構築が必要であり、国民および立地地域への説明責任もその過程で果たしていくべきだろう。

2点目が、安全規制の進化と賠償制度の見直しである。原子力は潜在的危険性の高い技術であり、事前予防(安全規制)と事後救済制度(賠償制度)の確保が極めて重要である。福島原子力発電所事故後、わが国の安全規制は規制機関の組織体系も含めて抜本的に見直された。国民が規制機関にも不信感を抱く中で、新たな基準を策定し審査活動を進めてきたことには敬意を表するが、行政活動に求められる効率性・一貫性の点において十分とは言い難い。一例を挙げれば、原子力発電所を停止させたうえで審査を行うという方針は、当時の原子力規制委員会委員長の「私案」が定着したもので、法的根拠が明確ではない。行政機関である以上、国会がチェック機能を果たす体制なども検討する必要があろう。米国では議会が規制委員会の活動をチェックする。

また、わが国の原子力損害賠償制度は、事業者が無限の賠償責任を負い、政府はその事業者に対して無利子で資金の貸し付けを行うに留まる。無限の賠償責任を負う可能性がある事業を、自由化された競争市場に置かれた民間事業者に委ねるのは無理がありすぎる。原子力技術利用を国の責務とするなら、万が一の事故における国の責任を強化しなければならないだろう。

3点目が、電力自由化の修正だ。原子力は初期投資が莫大で、廃棄物処分まで含めれば事業期間は超長期にわたる。自由化には効率化というメリットが期待されるが、投資回収の予見性の低下というデメリットがある。新規建設を検討するとしても、自由化市場では資金調達コストが上昇してプロジェクトが成り立たない。米国や英国など、自由化した各国が原子力発電の新設を進めるために導入した、資金調達コストの低減や収入の変動に対する耐性を高める制度設計をわが国も検討する必要がある。

このほかにも、放射性廃棄物処分場の選定や福島の復興・廃炉の着実な進展に向けた支援、核燃料サイクル政策の見直しなどの課題もある。複雑な課題を1つ1つ解いていくのは、極めてしんどい。

原子力技術は、発電の手段という位置づけを超え、その利用にあたっては国家の覚悟が問われる。原子力の課題の多くは、技術の課題というよりも、政治の問題なのだ。エネルギー政策は国家の生き残り戦略であり、わが国が掲げるGX戦略において原子力は欠かすことのできないピースである。原子力の活用に向け、現実的かつ本格的な議論が始まることを期待したい。

Energy with X の発展に向けて

わが国がGXを進めるべき理由は、気候変動対策だけではない。人口減少・過疎化が進み、働き手の減少・後継者不足、交通弱者、買物弱者、医療・福祉サービスなど、地域社会は多くの課題を抱えている。これら地域の課題を解決し、持続可能な社会に転換しなければならない。持続可能な社会を実現するために、社会基盤である電力システムの変化・進化が求められるが、その実現には、新たな顧客価値を生み出すエネルギー産業と他産業との協業が必須であり、これを筆者は「Energy with X」と呼ぶ。例えば、変動性の高い再エネをより大量に導入するには、分散型コンピューティングシステムを活用してデジタル価値や環境価値を生成・提供するといったビジネスが考えられる。再エネの導入拡大のために送電網の整備を進めようとする動きもあるが、デジタル情報を伝送する光ファイバーケーブルは、電力ケーブルに比べて二桁断面積が小さく、敷設が非常に容易だ。電気の産地でデータを演算加工してから運ぶ方が合理的だ。

このようにエネルギー×デジタル×金融、あるいは、エネルギー×モビリティといった産業間の融合が今後のGXのカギとなるだろう。産官学、あるいは、産業セクターを超えた協業こそが、GXの推進力となる。そうした協業を生み出す人材育成・組織運営への転換が必要だ。

〈註〉

*1 「GX知らない」中小企業経営者の5割超 民間調査(2023年4月14日、日経GX)https://www.nikkei.com/prime/gx/article/DGXZQOUC112MN0R10C23A4000000

*2 COP28では、1.5℃目標(産業革命前からの温度上昇を1.5℃以下に抑える)を北極星にたとえる発言が各国から相次いだ。

*3『情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響』Vol.1~4

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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