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【特集:エネルギー安全保障を考える】
座談会:エネルギーから見えてくる国際政治のゆくえ

2024/02/05

エネルギーシフトという大きな流れ

宮岡 次にウクライナ侵攻が起こる前、2010年代の中頃まででエネルギー安全保障上のトレンドで重要な点があれば、御指摘いただければと思うのですが。

白鳥 恐らくエネルギーのことを考えていくと、ウクライナ侵攻よりもエネルギーシフトの問題のほうが中長期的な影響は大きいと思うのです。

宮岡 エネルギーシフトというのはいつ頃から起こってきたと考えればよいでしょうか。

白鳥 京都議定書締結(1997年)あたりから始まりつつあると言ってもいいですし、パリ協定採択(2015年)からと言ってもいいですが、気候変動をめぐる問題が国際政治上の重要なテーマになり、それが現実の各国のエネルギー政策に相当程度、直接的な影響を与えるようになるのは、ロシアのウクライナ侵攻の少し前からです。

やはり2015年のパリ協定は非常に大きいですし、バイデン政権になってアメリカが議定書に復帰したことでさらに動いています。そして、2020年10月に日本は2050年までにカーボンニュートラルを目指すと宣言しました。

竹原 エネルギーシフトは何回か段階を経ていたと思います。まず石油ショックから70年代、原子力などへのシフトが起きてきます。でも、その時のエネルギー安全保障は、やはりまだ中東を見ていたと思います。

その後、中国が消費国として台頭して、エネルギー安全保障の観点からも注目を集めました。2010年代にはアメリカのシェール革命が起き、米国が石油・ガスの輸出国となりました。そしてパリ合意の後、コロナ前後ぐらいから、地域差はありますが、クリーンエネルギーへの移行が世界的に大きな流れになってきたと見ています。

田中 同感ですね。それぞれの要素が若干異なっているのですが、そのタイミングで構造が変わったなと感じます。

日本だと近年、最も石油需要が高かったのが、1995年頃です。その時の量が470万バレル/日ですが、今、それが270万バレル/日ぐらいまで落ちている。プリウスのようなハイブリッド車が登場したことで自動車の燃費が劇的に改善されたこともあり、日本のエネルギー消費、少なくとも石油消費構造は大きく変わったわけです。

また、世界の1次エネルギー需要の変動幅を見ていくと、第2次世界大戦前までは上下変動が激しくて対前年比で10%以上、上がったり下がったりしていたのが、戦後は10%ぐらいの幅に収まる。しかもそれはほとんどマイナスに振れず、基本的にはほぼプラスの領域で推移していた。

ところが2020年はマイナス4%超を記録した。コロナショックの整理はまだついていませんが、エネルギーの世界でも新たな時代がそこで区切られたという印象を受けています。

白鳥 あと、エネルギーシフトは日本の場合、どれだけ意図したことかは別として、3・11の後、太陽光が中心でしたが、公定価格買取制度で一気に再エネを進めたことが大きい。結果として、日本は太陽光発電の導入量で、面積当たりで言えば今や世界トップです。

それでもエネルギー需要全体の5%程しか貢献していなくて、もう余力がないような形になっているわけですが、そういう点では意図せずして先行的に投資をしてしまったところが日本の場合はあります。

宮岡 中国の大きなエネルギー需要の伸びというのは、何年ぐらいからになるのでしょうか。

竹原 やはり2000年から2010年ぐらいまで、中国の需要が永遠に伸びるというムードが醸成されてしまった時期がありました。供給側の中東などにとっては非常にハッピーで、需要側と供給側のニーズがマッチし、需給が安定に向かっている時代だったのです。

ただ、中国の需要は2013年ぐらいから習近平政権後に変化が生じました。一方、インドの需要の伸びは思ったほど力強くないと見られています。クリーンエネルギーへのシフトが進む中で、新たな時代に入っているという感じですね。

新興国側の逆地政学リスク

宮岡 いわゆる新興国が出てきて、エネルギー需要も増えるというばら色の時代が2000年代ぐらいで、2010年代ぐらいになってくると変わってきたということでしょうか。

竹原 加えて、中東が安穏としていられなくなったのが、アメリカのシェールオイル・ガスの供給が急激に伸びたことで、OPECの地位が凋落し始めました。アメリカもそれほど中東のことに目配りせずに、自分たちでやっていけるというムードが生じたことが、今の中東の不安定性の理由の1つという考え方もできるかと思います。

田中 中東の地政学リスクが高い、と最初に指摘しましたが、その割にはこの20年ぐらい、中東が原油市場を大きく高騰させる要因にはまったくなっていないのです。瞬間的に上がっても持続性がなくて、やがて元のレベルに戻るか、下手をすると、もっと下がってしまうということが繰り返されています。

だから、OPECが今躍起になって「OPECプラス」の枠組でロシアと協調減産をしたりして、下支えをしないといけない。ここに明らかにかかわっているのは、竹原さんがおっしゃったようにやはり中国の需要なのです。

中国の需要という要素が、逆地政学リスクみたいになり、これがどう変わるかでエネルギー価格が動く。今までは供給国側の地政学リスクが注目されたのですが、この20年ぐらいを見ると、中国を筆頭とした新興国側の逆地政学リスクが市場を動かしています。

宮岡 アメリカのシェール革命の中東への影響というのはどのくらいのものがあったのでしょうか。

田中 重要なのはアメリカがエネルギー純輸出国になったということです。

2019年に、その地位に返り咲いたことによって、アメリカはもう中東を必要としていないのか、アメリカが中東の面倒を見るような政策をアメリカの有権者はもはや支持しないのではないか、という雰囲気が生じた。これは雰囲気なのですが、それを内外で皆信じている。産油国の側の人間もアメリカ社会も、アメリカの政権がどんなに「引き続き中東にはコミットする」と発信しても誰も真剣に受け止めない。中東の側はもはやアメリカの存在を、かつてのように所与のものとして認めることができなくなっている。

なので彼らも、では中国やロシアとパートナーシップを組もうとか、あるいは地域国間でいさかいが起きないような枠組をつくるべきではないかという方向にいく。これはとにかく出口がわからないのです。少なくともアメリカと昔のようにやっていこうという思いは希薄化しているのが現況ですね。

白鳥 エネルギーに関しては、シェール革命によってアメリカの覇権が復活したようなところがあります。アメリカはかつて圧倒的な石油大国だったのですが、約50年間、純輸入国に甘んじていた。それが復活したということは大きいと思いますね。

存在感を増すOPECプラス?

宮岡 アメリカは中東を必要とする度合いが低くなり、実際、アフガニスタンから撤退したように、中東から足を抜こうとしている側面もある。そういう中、中東の国々もロシアに目を向けたり、中国に目を向けたりしている。確かにエネルギー分野ではアメリカというのは自給自足できるようになってきたけれど、中東におけるアメリカの地位は、昔に比べてかなり弱くなっているという感じはしているのですが。

白鳥 中長期的なトレンドでは、アメリカだけではなくG7の国々の影響力が、今世紀に入った頃から徐々に弱まり、中国を筆頭とする新興国の影響がじわじわと増えてきた。これはエネルギーについても全く同じで、その中で、OPECプラスが2016年に結成されたことは、その後、いろいろな影響を与えていると思わざるを得ない。

例えばロシアがウクライナ侵攻をする時に、OPECプラスによって価格への影響力をある程度握ったことが効いてないとは思えないのです。OPECプラスの存在は間接的どころか直接的にロシアを助けていると言ってもいいと思います。

OPECプラスについて、皆さんがどのように観察されているのか気になります。

田中 そこは結構、持ちつ持たれつなのです。OPECプラスの中でも、サウジアラビアがロシアと非常に密で、ロシアから重油を買い増している。G7は、ロシアの原油と石油製品の輸入に制裁をかけたわけですが、その裏でアメリカの同盟国に等しいサウジアラビアは、ロシアから特に夏の間に重油をたくさん買っている。夏場に価格がどんなに下がってもサウジアラビアは減産できない、と言われていましたが、今は自国の石油を減産できるようになっているのです。

ロシアは重油を含め、石油製品の売り先に困っているわけですから、それをサウジアラビアが引き取ってくれるということは、本当に持ちつ持たれつです。単に生産調整をして価格を下支えするだけではなく、お互いがほしいものをそれぞれ融通することでウィン-ウィン状態をつくるという、今までになかった構造になっています。

宮岡 やはりOPECプラスの始まりというのは、エネルギー分野における国際政治の変化を反映しているということですね。

白鳥 新興国が台頭し、G7だけではできないことがわかってくる中、G20サミットが始まるものの、それが少なくとも十分には機能しない。

そういう中、国際政治は台頭する新興国にどう責任ある振る舞いをしてもらうかを考えるわけですが、新興国は自分たちの利益を確保するための枠組をいろいろつくるわけです。その1つとして、OPECプラスがあるのですが、それはOPEC自体も復活させたようなところがあるという印象を私は持っています。

竹原 たまたま上手くいった多極的枠組の1つという感じがしています。他にBRICSとか上海協力機構とか何をやっているのかよくわからない枠組もありますよね。その中ではOPECプラスは確かに面白い効果が出ているなと思います。

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