【特集:SDGs時代の企業の社会性】
座談会:サステナブルな経営に欠かせない企業の社会性とは
2022/06/06
ステークホルダーの考え方
岡本 次にリスクが多発する時代においてステークホルダーをどのように考えるかお聞きしたいと思います。
アメリカでも2019年にビジネス・ラウンドテーブル(米国のビジネス・ロビー団体)が株主至上主義をやめようという、ステークホルダー資本主義を出しています。しかし、その後「ハーバードビジネスレビュー」によると、実はビジネス・ラウンドテーブルに署名した企業は、署名しなかった企業に比べて従業員をより解雇しているということでした。
コロナで厳しくなり、余裕がなくなっているのだと思うのですが、それでは全然社会性がないと思います。そのあたりをどう株主と付き合っていくべきでしょうか。
小沼 アメリカは株主至上主義と言われていましたが、必ずしもそうでない会社もあります。ジョンソン・エンド・ジョンソンのCredo(企業活動の拠り所となる価値観や行動規範を簡潔に表現した文言)は、まさにマルチステークホルダーを謳っているのですね。ステークホルダーの順番が書いてあり、最後に株主を入れておいてくださいというのがメッセージだそうです。アメリカでもそういう考えがあることに驚きましたが、実際、いろいろなタイプの投資家も出てきているのだと思います。
日本ではマルチステークホルダーの考え方を昔から普通に意識しているのですが、逆に難しいのは中長期のサステナビリティ投資だと思います。
村田 われわれの株主の内訳を見ますと、第1に株主優待があるということで個人株主が非常に多く、どちらかというと長期保有の方が多いです。KPI(重要業績評価指標)にしても、一時的なROE向上ではなく、むしろ中長期的にみて企業価値を上げていくことが大事だと説明し、そのために行動しますと言っています。
機関投資家の方に対しても中長期の戦略をきちんと説明して、まちづくりは時間がかかることを理解してもらわなければなりません。理解していただけない方も多いですが、それはやり続けるしかないことだと思います。
小沼 自由なマーケットですから、会社経営の皆さんにもどのような投資家に投資してほしいかを発信する権利はあるのではないかと思います。
茂木 私どもも例えば、これからアフリカに進出しようといった時、アジアの調味料を彼らがいつも食べている食事で使ってもらうには、すごく時間がかかるわけです。ブレークするには30年ぐらいかかるかもしれません。
それだけの長期的視点で見てくれるような株主でないと、「なんでアフリカなんかに行ってお金を使っているんだ」という話になる。だから、支持をしてくれる株主への適切な説明は非常に重要だと思います。事業を長期的視点で成長させて収益もちゃんと上げる。そのためには、株主だけではなく従業員も含めたほかのステークホルダーとの信頼関係をつくることも非常に重要になっていると思います。
株主との信頼関係があれば、回収に30年かかりますと言っても許してくれるはずです。短期的・中期的・長期的という話で言えば、10年後にこういう企業になっていますというビジョンを立ち上げ、3~5年ぐらいの中期的な計画を進めながら、業績だけではなく社会性も含めてコミットしたものを実現して実績を積み重ねることで、信頼関係ができてくると思います。
それが上手くつくれれば、たぶん長期にわたって利益をしっかり上げられる企業になると思います。口で言うのは簡単で、やるのは非常に難しいのですが。
岡本 マルチステークホルダーというのは、いろいろなステークホルダーそれぞれに違うニーズがあるわけで、全部同じ対応はできません。けれども、中期的・長期的と考えていくと、皆さんどこかで納得してくださると思うので、方針が一貫していることが重要だと思います。
投資家との関係をどう築くか
渡辺 キッコーマンさんはここ数年で株式時価総額が増大しました。海外の投資家からも、高く評価されていることについてどう思われますか。
茂木 株価が高い、安いというのは経営としてはなかなか言えないことで、それは市場に評価していただくべきものだと思います。1つ言えるとすれば、国際事業を中心に私どもは業績を伸ばし、基本的にはお約束したことについて実現してきているので、そのあたりを信頼していただいているのが一番大きいのかなと思います。
その信頼を得るために、今までIR等で海外の主要な都市に出向き、そこでしっかりと短期だけではなく中期的・長期的な戦略についてもご説明して同意をもらっていることも大きいのではないかと思います。
渡辺 わかりました。それから小沼さんに伺いたいのですが、年金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がサステナビリティ投資を強化しています。こうした動きは機関投資家の行動を変え、企業側に求めるものも変化していくのでしょうか。
小沼 海外の機関投資家の中には、上場会社とたびたび会って議論する体制にある会社と、そうでもない会社がある。中にはわれわれにも厳しいことを言ってくる機関投資家もあり、刺激になっています。
一方、これから重要になるのが国内の機関投資家だと思います。運用会社も含めてGPIFのお金を預かっている国内の機関投資家は、別のところで上場会社と関係があって、これまではあまり物言いがしにくいところがあった。しかし、今は運用会社も企業グループと分かれて純粋に投資家としての行動を取らなければいけなくなってきたので、国内の機関投資家からの意見が国内企業に伝わってくるようになりました。日本企業は、海外の投資家に言われるより、日本の事情を知っている国内の機関投資家に言われるほうが響きます。だいぶ国内の投資家が意識されるようにはなってきたと思います。
岡本 従業員や取引先と違い、株主とは恒常的につながっているわけではありませんね。
小沼 その通りで、資本というお金の部分だけでつながっているわけです。しかし、現在、様々なタイプのリスクが出てきている中で、株主という投資だけに限られたステークホルダーにいかに説明していくかは、会社の経営にとっては負担である一方、感度を高めるためにはとてもいいことなのだろうという気がします。
最近、私は新規上場しようとしている会社への支援活動をやっており、上場を考えている会社の様々な社長と話をする機会があります。上場のメリットは何ですかと聞かれれば、社会的信頼が得られ、採用ができるようになる、お客さまから信頼されるようになって商売が伸びますと話しますが、最近それに加えて「感度を高められる」とも言います。
未公開企業だろうと上場企業だろうと、いろいろなリスクにさらされていますのでそれが予知できる可能性が高まるのです。
岡本 社会との接点を自ら持つことになるわけですね。証券取引所はこの4月から「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」と市場を新たに3つにわけられました。プライムである企業というのは、感度が高いということになるのでしょうか。
小沼 そうですね。株主の属性がよりいろいろなところにばらけることを期待しています。海外の視点も入れていただく必要が出てきていますので。
社会性と経営戦略
岡本 SDGsにある「持続可能な」ということは、それがいかに経営戦略と結び付いて理解できているかが重要だと思うのです。そして、そのことを株主や消費者の皆さんにどうやってアピールできるかが大切だと思います。
茂木 そうですね。求められてから開示するのではなくて、ホームページなどで日頃から開示していくことで、より信頼関係ができていくと思います。
村田 われわれもよく投資家やアナリストの方から、「こんないいことをやっているならもっとアピールしたら」と言われます。しかし、従業員の意識にSDGsが浸透して、企業の果たすべき責任や役割の大きさを自覚するというところまで至っているのか、という思いも一方ではあるのです。
コロナの2年間で、われわれは相当な営業の制約を受けました。ただ、それによって気付かされることがすごくたくさんあったのです。社会から百貨店はどのような存在として見られているのか、また百貨店が開いていることに対するお客さまの安心感も感じることができました。
最近でもウクライナのことでクラウドファンディングをしているのですが、寄付したお金の行先が気になるから、髙島屋がやっているクラウドファンディングだったら寄付しますと、すごい勢いで集まっています。
それくらい社会から信頼されている存在だというのが、1つの社会的責任というとおこがましいですが、あらためてコロナで気付かされました。
岡本 それが髙島屋さんならではのやり方なんですね。まさにそういった寄付は行っている側の信頼が問われるところだと思います。キッコーマンさんは確か、食糧支援をやられていますね。
茂木 そうですね。WFP(国連世界食糧計画)を通しての支援と併せて、弊社商品の寄付を行っています。
岡本 やはり食品メーカーとして食のことに集中するというのはいいですね。「その会社ならでは」というところが必要で、それぞれの企業がそれぞれの戦略、強みと関連したところで社会的責任を果たせばよいのです。そういう意味では、社会性は企業戦略と結び付いていると思います。
村田 ステークホルダーはたくさんあるし、濃淡もあるのですが、その中で株主というステークホルダーに対して責任を果たしていくためには、その他のステークホルダーに対する責任の取り方が前提になるのですね。それがないと、還元していくことができない。今はそういう時代であることを認識させられました。
小沼 引いていって最後に残るものが株主に返るということですよね。
村田 そうですよね。
岡本 あくまで社会のための企業なのですね。私の考えでは60年代の社会的責任は受け身的で、公害などで文句が出るので対処していたというレベルだと思います。次のメセナやフィランソロピーというのは、誰が何を寄付しているかをアピールしない「陰徳の美」という言い方をされていました。
そういう意味では、CSRになってようやく企業として堂々と会社の姿勢としてアピールする時代になったと言えます。
日本では社会的な貢献をやっているところが、堂々と名前を言うのは恥ずかしいところがあったのですが、それでは説明責任が果たせないので言わなければいけなくなってきたという傾向がますます強くなっているのではないかと思います。
SDGs時代と言われていますが、日本企業においては、やっているところは、ちゃんとやってきたのだということが今日は確認できました。本日はどうも有り難うございました。
(2022年4月5日、三田キャンパス内にて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2022年6月号
【特集:SDGs時代の企業の社会性】
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