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【特集:SDGs時代の企業の社会性】
座談会:サステナブルな経営に欠かせない企業の社会性とは

2022/06/06

  • 小沼 泰之(こぬま やすゆき)

    株式会社東京証券取引所取締役専務執行役員
    塾員(1984経)。1992年カリフォルニア大学バークレー校経営学修士課程修了。1984年東京証券取引所入所。上場部門、株式部門、国際業務部門を経て2021年より現職。

  • 村田 善郎(むらた よしお)

    株式会社髙島屋代表取締役社長
    塾員(1985政)。1985年髙島屋日本橋店入社。2015年常務取締役企画本部副本部長等を経て19年より現職。12年一橋大学大学院国際企業戦略研究科修了。一般社団法人日本百貨店協会会長。

  • 渡辺 林治(わたなべ りんじ)

    リンジーアドバイス株式会社代表、東京大学大学院医学系研究科特任講師
    塾員(1990経、2011商博)。野村総合研究所、シュローダー投信投資顧問を経て、2009年に上場企業に経営・財務をコンサルティングするリンジーアドバイスを創設。著書に『小売業の実践SDGs経営』等。

  • 茂木 修(もぎ おさむ)

    キッコーマン株式会社取締役専務執行役員国際事業本部長
    塾員(1990法)。1993年ウィスコンシン大学(ミルウォーキー校)経営学修士。96年キッコーマン入社。2012年執行役員海外事業部長、15年常務執行役員国際事業本部副本部長等を経て21年より現職。

  • 岡本 大輔(司会)(おかもと だいすけ)

    慶應義塾大学商学部教授、同商学部長
    塾員(1981商、86商博)。博士(商学)。1988年慶應義塾大学商学部助教授を経て、96年より教授。2019年より同学部長。専門は企業評価論、計量経営学。著書に『社会的責任とCSRは違う!』等。

「サステナブル&コミュニティー」へ

岡本 現在、「SDGs(持続可能な開発目標)」という言葉を聞かない日はないと言ってもよいでしょう。

将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすという持続可能の一般的な定義があり、そのためにSDGsに取り組もうということで、これはいわば人類共通のテーマになっているのだと思います。だからこそ17の目標、169ものターゲットがあるわけですが、私は、企業が「SDGsに取り組んでいる」と言うだけでは実は何も言っていないのと同じだと思っています。具体的には17の目標を一企業で全部やることは無理だと思うからです。

ある調査によれば、上場企業では平均11の目標に取り組んでいるということです。ですからSDGsのどこにウエイトを置いて取り組んでいるのかが重要です。その中で、従来から言われていた企業の社会性、社会的責任(CSR)というものが、どのように変化しているのか。そのあたりを今日は皆さまにお聞きしたいと思っています。

まずは、各社の現在の取り組みからお聞きしたいと思いますが、村田さんから、いかがでしょうか。

村田 当社は小売業という業態からSDGsの17の目標、そして169のターゲットの中でも強くかかわるテーマがあります。しかし、優先順位をつけることはしていません。ただ経営理念に「いつも、人から。」ということを掲げていますので、まずは人権という部分を中心に取り組んでいるとは言えます。

そして、われわれは小売業なのでお客さまの安心・安全や従業員の働きがいを重視しています。例えば最近では外国人労働者の雇用も増えていますので、そういった方々の受け入れや協働に関する様々な宣言も出しています。

それから商売柄、いわゆる環境問題ではフードロスに関する取り組みや、衣料品のロスが世界的に問題になっていますので、こうした課題にも生活者に近い産業として取り組んでいます。消費に業(なりわい)を置く小売業のわれわれが、どうやって循環型社会をつくることに取り組むかが、大きな課題だと思っています。

もう1つはまちづくり、地域における企業の果たす役割を考えています。私どもの経営理念は「いつも、人から。」ですが、戦略の大方針には「まちづくり」を掲げています。

われわれのまちづくり方針は2つあります。1つは地域全体のインフラとして、駅や病院や小売業を合わせた、まちづくりの1つの核テナントになっていくことです。そういった広域でのまちづくりが1つ。

もう1つはショッピングセンター(館)自体を1つの街と捉え、その中で回遊していただくということです。今、次世代型のショッピングセンター(SC)が問われ、従来のあり方から変わってきています。例えば防災拠点や生活拠点としての機能も求められている。お客さまがそこを訪れ、楽しく豊かな生活を送っていただくための提案も含めたまちづくりということでは、「SC」を読み替え「サステナブル&コミュニティー」センターとも言えるかと思います。

そのような次世代型のまちづくりということもSDGsの1つに入っています。

岡本 「サステナブル&コミュニティー」は、すごくいいですね。

村田 二子玉川の「玉川髙島屋S・C」を見ていただければわかるのですが、そこのエリアを開発し、1つのコミュニティーをつくっていくという戦略です。その核テナントが百貨店である髙島屋という考え方で進めています。最近だと流山おおたかの森などでもこうした拠点開発を行っています。

岡本 玉川髙島屋S・Cは車で行くと近いので、結構行きますが、あの地域は劇的に変わっていますね。

村田 そうですね。二子玉川の玉川髙島屋S・Cができて今年で53年目になり進化し続けています。日本で初めての郊外型ショッピングセンターと言われていますが、今は東急グループとともに駅の両側で魅力あるまちづくりに取り組んでいます。

コミュニティーを大切にする責任

岡本 では、次にキッコーマンの茂木さんにお話を伺います。

茂木 当社も、やはり古い会社なので、SDGsという話が出るはるか前、創業時からコミュニティーを大切にするという社会的責任の精神は持っています。大体日本の老舗と言われる会社は、そういう精神を持っているから事業を継続できたのだろうという感じがします。

キッコーマン自体は1917年に8つの個人経営の会社が合併してできた会社ですが、創業までいくと1600年代まで遡れます。4世紀近く、今の千葉県野田のエリアで、その地域との共存・共栄を頭に置いてずっとやってきました。

八家が合併したときに会社合併の訓示を社員に提示したのですが、その中には合併によって事業が大きくなれば、従業員1人1人の責任も大きくなるということや、社会全体の利害を己の利害と考えて事業をしなさいといったことが書かれています。加えて、責任ある事業運営や価値ある商品とサービスの提供、社会との協調を通して企業としての社会的責任を果たしていく、といったことが書かれています。

実際、過去には、例えば小学校をつくったり、実は大正12年に千葉県初の上水道をつくってから昭和50年に野田市に譲渡するまで、野田市の上水道は弊社が供給していました。また、今の東武野田線も、もともとキッコーマンの系列企業でした。要するに地域の核になるようなインフラを維持していたのですね。

そのような創業フィロソフィーは現在も受け継がれていて、今でも企業立のキッコーマン総合病院を持っていて、地域医療に相当程度資していると自負しています。私どもは経営理念で「地球社会にとって存在意義のある企業をめざす」としており、「グローバルビジョン2030」という長期ビジョンでも「地球社会における存在意義をさらに高めていく」と、しっかりと謳っています。

これは日本にとどまらず海外でも同様です。アメリカのウィスコンシンに初めて工場を造ってから50年になりますが、以来、海外の生産拠点では利益の一部を地域社会に還元しています。主に環境保全活動、文化保全活動、それから異文化の相互交流を進めることで社会に貢献していこうとしています。

SDGsに照らして言いますと、大きく3つの分野で貢献できないかと社内で整理しています。

1つが食品メーカーなので、食や健康の分野でどうやって貢献していくか。そして先ほど申し上げたように環境にはずっと気を配ってきましたので、地球環境をどうやって支えていくか。さらに、私どもが提供するのは個人の消費者に使っていただく非常に生活に密着した商品なので、人と社会に対してどうやって貢献できるかという、3つの分野です。

この中で、どのような活動ができるかを社内で整理し、17のゴールのうちのいくつかをきちんと実現していこうという考えで進めているところです。

岡本 お二人のお話を伺っていると、SDGsの考え方というのは、老舗企業にとっては当たり前の話なのですね。やっと言葉が追い付いてきただけなのではないかという気がしてきました。

村田 最近になって近江商人の「三方よし」という言葉がとり上げられていますが、われわれにも創業の精神として店是というものが4項目あります。その項目はほとんどがSDGsなり、ESG経営に当てはまります。おっしゃるように、後から概念や言葉が追い付いてきたという感じがします。

岡本 キッコーマンさんには家憲があると伺ったことがあります。

茂木 創業家である茂木家、高梨家、堀切家にはそれぞれの家憲があります。それ自体は別に会社経営にそのまま落とし込まれているわけではないのですが、考え方は一言で言ってしまえば「コミュニティーと共に生きる」ということかと思います。

従業員と同じものを食べなさいというような具体的なことから、「徳は本なり、財は末なり。本末を忘るる勿れ」といった大きなことまで書かれています。古い企業は、皆、そういう堅い経営をし、社会の中でちゃんと認められるような生き方をしてきたのだと思います。

SDGsが出てきた時、日本企業各社で「この目標はもうできている、これはできていない」と採点表のように使われて、欧米の企業がSDGsの17のゴールに取り組むプロセスと全くやり方が違うなと思いました。各社に社会との共存・共栄を今までもしっかりやってきたという自負がある中で、SDGsを「これはすでに結構できているよ」という意識で捉えていた部分もあったかもしれません。

村田 地域に貢献して、お客さまに支持されて初めて商売は成り立つのだという、日本的な「義」を重んじる精神が商売の中心にありますよね。それがないと利益はついてこないという考え方があると思います。

株主への説明責任

岡本 お二人のお話はすごく似ています。小沼さんは証券取引所で、少し視点が違うかもしれませんがいかがでしょうか。

小沼 皆さんがおっしゃる通り、SDGsというのは、日本の会社にとっては昔からやっていることが大部分だと思います。私が見てきた海外の会社や証券市場と日本のそれとを比較しても、日本は昔から地域貢献や社会貢献に取り組んできていると感じます。

海外、特にアメリカは、株主至上主義と言われ、唯一のステークホルダーは株主だという行き過ぎの傾向も見られましたが、今は揺り戻しがきています。逆に、日本の会社の一部には、株主をあまりステークホルダーとして強く意識していない傾向がありました。昔はそれでも問題はなかったかもしれませんが、日本の株式市場が海外投資家にも開かれてきて、現在のように外国の投資家が株式の約3割を保有するという状況になると、海外の株主との関係も意識しなければいけません。

海外の株主にもいろいろな属性の方がいます。今は短期で売買される方も少なくなり、よりガバナンスを重く見て長期的視野に立って投資先の企業に伸びていってほしいと思う投資家がだいぶ増えてきています。

その中でわれわれは企業が持続的に成長していくために、海外も含めた株主と対話をしながら、いい意見は取り入れていく仕組みを提案しています。3800社も上場会社がありますので、体制づくりはまだまだこれからという会社もありますが、今後の取り組みを促していきたいと思います。

SDGsという言葉は浸透していますが、17のゴールが指標になるのであれば、自らの会社がやっている取り組みを外国人株主に論理的に説明できなければなりません。日本では「あうん」の呼吸で済んでいても、外国の投資家には、こういった論理でやっていて、数値的にもここまで出ていると言わないとなかなか納得してもらえません。

特にマーケットの立場から見ると、グローバルで待ったなしの状態なのが環境問題、特に気候変動の問題です。東証の市場再編後における「プライム市場」の会社の皆さんには、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、またはそれと同等の枠組みに基づいた開示の質的・量的な充実をお願いしています。

一方、東証の上場会社は、ほとんどが日本の会社なので、日本のコミュニティーの中での社会的課題、例えば高齢化問題や医療問題など、海外ではあまり意識されない課題もあります。そういった日本ならではのテーマの重要性もしっかり説明し、海外の株主にもわかってもらえる対話のチャンネルをつくることが大事です。

グローバルで求められるものと、日本ならではのものの2つに注目したいと思っています。

岡本 TCFDですが、基準が非常に曖昧なような気がします。様々な企業が、環境報告書を出すわけですが、報告の基準がはっきりしていなくて皆さんバラバラな言い方をされているので比較ができないように思うのです。

小沼 気候変動をはじめ、サステナビリティに関連する基準は、2、3年前は乱立していて困っていましたが、現在極めて速いスピードで集約に向けて話が進んでいます。

国際会計基準を運営しているIFRS財団が、会計基準以外にサステナビリティ基準を策定する国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board : ISSB)を昨年11月に立ち上げました。ISSBからは、本年3月末に公開草案が公表され、本年7月まで市中協議が行われているところですので、本年中には正式な基準として策定される見込みとなっています。

また、日本でも、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)という団体が本年7月に設立されますが、ISSBに対応する日本側のサステナビリティ基準の窓口をつくる作業が始まっています。さらに、法定のディスクロージャーの枠組みについても、議論が進みつつあります。現在は、コーポレート・ガバナンス・コードに基づき、取引所の「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」に気候変動やサステナビリティへの取組状況を書いていただくことをお願いしていますが、この先は有価証券報告書に一定の欄を設けて、そこに記述いただく流れとなることが想定されています。

有価証券報告書は法定開示書類なのでかなり硬い表現になりますが、場合によっては、そこからご自身がより自由に書いているサステナビリティ報告書のようなものをリファーしていくことはどうかという議論が、政府の中では始まっています。

岡本 何もかも入れると統合報告書がとても大きくなってしまって、財務報告と非財務報告、CSR報告、環境報告の全部をまとめるのは無理でしょう。ポータルサイトのように入り口だけあるのなら、読むほうも便利だと思います。ぜひ整理していただければと思います。

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