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【特集:SDGs時代の企業の社会性】
岡田正大:CSV(共有価値の創造)から考える企業の社会課題解決の意義とは

2022/06/06

  • 岡田 正大(おかだ まさひろ)

    慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授

1.CSVとは

CSV(Creating Shared Value、共有価値の創造)とは、ハーバード・ビジネススクール教授のマイケル・ポーターと、企業の社会的インパクトに関わる領域のコンサルタントであるマーク・クレイマーが2006年と2011年の共著論文*1で主張した企業戦略の考え方である。2011年の論文には以下のような言説が見られる。「共有価値の追求とは、社会のニーズに応え、社会の抱える問題を解決するという成果をももたらすような方法で、経済的価値を生み出すことである」「共有価値の原則は、企業を正しい種類の利益へと向かわせる。すなわち、社会的な便益を減少させることなく、増大させるような利益である」「共有価値とは、経済的価値と社会的価値の総合計を拡大させることである」「企業の目的とは、単に利益の生成だけではなく、共有価値の創造と再定義されるべきだ」。

かつて、そして現在も、企業活動は経済的価値の創出と引き換えに社会や環境にマイナスの価値を生み出すことがある。例えば、日本で言えば、戦後の高度成長期以降の大気汚染や水質汚染、騒音などの公害であり、現代では劣悪な労働環境やハラスメント、人権侵害などがたびたび報じられている。CSV戦略とは、このような社会や環境上のマイナスの価値を生じさせないこと(これは企業の社会的責任の範疇)にとどまらず、問題解決によってさらにプラスの効果(例えば、高齢者の買い物難民の解消によるQOLの向上、被雇用者の所得増大によるより豊かな生活、教育機会の拡充、地球環境の改善、子供の健康増進など)を生み出すことが新たな利益創出につながる企業行動である(表1)。つまり、利益創出と社会的価値の創出がトレードオフにならず、両者が矛盾せず互いに高め合う関係にあることを実現する資源配分とその実施である。ちなみに、ここで言う経済的価値とは会計上の利益や株主資本価値を意味し、社会的価値とは株主を含む多様な利害関係者(地球環境を含む)への価値創出を意味している。

表1 企業の社会的責任とCSV戦略の概念的整理

企業の社会的責任(CSR)とCSVが混同されることもよくある。社会や環境の問題を解決しつつ利益を上げる企業活動がCSVだというならば、あらゆるビジネスには多かれ少なかれCSVの側面があると言える(例外としては、機関投資家が投資対象選定で用いるネガティブスクリーニングの対象になるような事業活動。戦争や犯罪、環境悪化を助長する、健康を害するビジネスなど)。その意味で、CSVと企業の社会への責任(CSR)は広義に捉えれば共通部分がある。だが、本論ではこのCSVを「戦略」として捉えており、その場合双方の意味合いは異なってくる。

すなわち、ポーター教授の言を繰り返すまでもなく、戦略の成果とは、ある業界において他社の上げられない規模の利益を上げ続けること(持続的競争優位)の実現である。そのためには、その戦略(経営資源配分)に経済的価値を生み出す能力(Value)、希少性(Rareness)、そして模倣困難性(Inimitability)、合わせてVRIが求められる。希少性とは、その戦略が業界内で少数の企業によってしか実行されていないこと、模倣困難性とは、(1)経路依存性、(2)社会的複雑性、(3)因果関係不明性、(4)不完全代替困難性(主に知的財産権)のいずれか1つが満たされることによって、競合がその戦略を模倣することが極めて困難かそのコストが法外になってしまうことを意味する。よってCSV戦略は、一部の企業がトライし、さらにその中の少数企業が成功して持続的競争優位を獲得していくものである。一方企業の社会的責任(CSR)は、すべての企業があまねく果たさねばならない義務である。

CSV戦略の概念には限界もある。それは、実際には多様な利害関係者「すべて」を満足させるような解はなかなか存在しえず、どこかにトレードオフが生じる点だ。例えば、社員の給与水準や彼らへの教育投資、またサプライヤーからの購入価格を増大させれば(社員やサプライヤーにとっては価値増大)、逆に資本提供者にとっての当期利益は少なくとも短期的には減少するだろう。

その意味で、CSV戦略の成功は相当程度に難易度が高いと言える。しかし困難だからこそ、CSV戦略には取り組む価値がある。もしもある企業がCSV戦略にトライして成功したならば、その企業行動は前述のVRIを満たしている可能性が高い*2

それでは、「戦略としてのCSV」を実践した例として、ヤマハ発動機のアフリカ沿岸部での船外機ビジネスとカゴメの「農園応援」活動を紹介しよう。

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