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【特集:日本の住環境、再考】
座談会:人生100年時代に健康に過ごせる住まいとは

2021/12/06

アンチエイジングな住宅

伊藤 新しい住宅について、ハード面の技術はいろいろ整ってきています。

一方、そうではない住宅も多くあります。性能向上が必要と思っていても、なかなか踏み切れない、どうしたらいいかわからないという方のために、当社では今、体験館のような展示施設で実際にどう変わるのかを体験いただけるようにしています。

リフォームを行う時、工事を始めてから住宅の状態がわかることも多いと思いますが、当社の場合、建てた時から住宅の情報履歴というものを管理しています。すると、リフォームも最適な方法でご提案・工事をすることができ、ご負担も軽減できると思います。

災害や環境変化については、当社も太陽光発電や蓄電池を備え、停電時も数日間は普段通りの生活ができる住宅も用意しています。昨今、こういう住宅へのニーズが高まっています。

また、暑熱を防ぐ方法については、太陽の熱をいかに家の中に入れないか、ということも1つのポイントです。そこで縁側や庇のほか、木陰をつくる庭造りも大切です。当社では生物多様性に配慮した庭造りとして「3本は鳥のために、2本は蝶のために、日本の在来樹種を」という思いを込めて「5本の樹」計画を進めています。木陰づくりだけでなく、鳥や蝶等の生き物が訪れる豊かな住宅環境が整えられます。

単身世帯の見守りという話で言えば、お1人で家の中で急に倒れてしまい、誰にも気づかれない、といったことをいかに防ぐかという観点から「在宅時急性疾患早期対応ネットワーク(HED-Net)」の開発を進めています。

家の中にセンサーを埋め込み、非接触型で居住者の方の心拍数や呼吸数などのバイタルデータを取得していく。万が一、何かあった時にはオペレーターがその情報を感知して安否確認を行い、救急隊の出動が必要であれば要請する。家の玄関の鍵も遠隔で開け閉めを行い、病院に運ぶというシステムです。

川久保 わが国が超高齢社会になっている中で、熱中症被害者もそうですし、家庭での転倒や溺水など、住宅の環境要因で起きる不幸なことを少なくしていくことが必要です。そこで私はアンチエイジング住宅(抗加齢住宅)というものを提唱し、その理念の確立に向けた実証研究を進めています。

住宅そのものとそこに住まう居住者の双方がアンチエイジングになる住宅の実現を目指しています。躯体が長持ちして風水害に強く、設備の劣化にも強くあって欲しい。やはりまず、われわれの生活基盤たる住宅が長持ちすることが大事です。「人生100年時代と言われる中、後半のほうで家のほうがボロボロになるのではないか」といった不安を持たなくて済むことが大前提です。

家が長持ちし、さらにその性能がよいことで、中に住んでいる方の脳年齢や血管年齢、筋力年齢、皮膚年齢などが若々しく維持されるような家が理想です。究極の目標は、個々人が最期の時まで高いQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を実現でき、ウェルビーイング(その人にとってよい状態)を全うできること、わかりやすく言えばとにかく家族皆が幸せに暮らせる家づくりが重要ではないかと思っています。

このような問題意識を持ちながら、次世代の家とは何なのか、ということを追究し続けていくことが研究者としての責務だと思っています。

人生100年時代の住宅を考える

伊香賀 技術的なことはおそらく解決しているはずで、現状の技術で十分に健康面でも問題のない住宅ができることは間違いないです。すると、ではそれをどのように皆が受け入れるのか。それから、医療関係者や介護・看護の関係者と住宅供給者がどう連携するのか。そういう部分にまだ大きな課題があるのではないかと思っています。

多職種連携で異なる専門家が連携しないと、やはりこの先はうまくいかない。そういうことから、ようやく今、国土交通省に厚労省の健康局、老健局が加わり、日本医師会、看護協会の方、建築関係の団体も入った国による医療福祉・建築連携事業の実証プロジェクトが徐々に行われています。

でも、このプロジェクトは、在宅医療やオンライン医療にチャレンジしているお医者さんがいろいろなバイタルデータを見られるところまでは進んでいるのですが、温度とか空気の汚れといった情報が抜けています。

夏、毎日40℃にまでなる部屋で暮らしているといった情報がバイタルデータとセットで医師や介護の方がチェックできる状況になれば、もう少し連携ができるようになるのではないか。皆の意識、関係者の連携が課題ではないかと思います。

鈴木 おそらく最初の目標は高齢者、特に弱者と呼ばれるような高齢者の住宅なのかと思いますが、すぐにできると思ったことが1つあります。

介護の方々やケアマネージャーの方が高齢世帯を回っていらっしゃいます。例えば夏場や冬場の非常に厳しい季節に「ちょっと居室の温度を測っておきますよ」と、そこに小さな温度計を置いてくれば、1週間このお宅が何度だったかわかるわけです。これはそれほど抵抗なくできるのではないかと思いました。

永田 介護の方やケアマネさんに温度計を置いてもらうことはできるのではないでしょうか。夜はここまで冷えるといった記録がとれるような温度計を配ることができればとても効果的かと思います。

それは、予防ということで言うと、もう少し健康な一般の地域の方たちにも当てはまり、室温に気を付けようという取り組みは、介護に至る前の方たちにも発信できるのではないかと思います。

伊藤 今日お話しを伺って、例えば在宅介護を受ける状態になったり、救急で病院に運ばれたりするシーンもある中で、その方にとっての快適で豊かな住まいを新築、リフォーム、住み替えを含めてご提案できるよう、医療・介護の関係者、また様々なパートナーと連携しながら進めていかなければならないと感じました。

人生100年時代と言われている中、長い人生の多くを過ごす家の中で快適に、そして幸せに住んでいただく住まいの提供を目指していきたいと思います。

川久保 今日のテーマは「日本の住環境、再考」でしたが、皆さんのお話を聞いて、やはり自分自身、もう1回今日のテーマについてきちんと再考しないといけないなと思いました。そして、「アンチエイジング住宅」という表現よりも、「スマートエイジング住宅」という表現の方が好ましいかもしれないなと思いました。

人間はだれしも時間経過と共に身体は老いていきますが、その分、人生の経験値が増していって円熟してきますよね。同様に、住宅もスマートエイジングできるようになればよいなと。現在の日本の住宅は、建てた当初の資産価値が高く、そこからずっと資産価値が下がる感じですが、住み続けると、より住みやすくなる部分もあります。植物を植えれば、それが育っていき、視界に入ってくる緑が豊かになる。そのように付加価値が出てくるところもあるはずです。

人も住宅もそして社会もスマートエイジングできるように、研究開発を通してそのお手伝いができるように努力を続けたいと思います。

伊香賀 いろいろな知見が集まり、より健康によい、安全な住宅になっていくことを望んでいます。本日はどうも有り難うございました。

(2021年10月12日、オンラインにより収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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