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【特集:日本の住環境、再考】
安藤真太朗:コミュニティと住まいを健康から考える

2021/12/06

  • 安藤 真太朗(あんどう しんたろう)

    北九州市立大学国際環境工学部准教授・塾員

はじめに

有名なエスニックジョークに《タイタニックジョーク》と呼ばれるものがある。要旨はこうだ。

──沈みゆく豪華客船から飛び降りることを渋る乗客がいる。その乗客を説得する方法は国ごとに異なるが、日本人に対する効果的な説得方法は「皆さんもうお飛び込みですよ」と言えばよい──

この一節は日本人の集団主義的な側面を揶揄するブラックジョークである。欧米人と比較して日本人が集団主義という通説は錯覚と立証されて久しく*1、日本人のみが集団主義という主張はレッテルではあるものの、人々の行動が周囲の集団から影響を受けることは否定できない。

それを印象付けるものとして、神奈川県藤沢市に在住する約4,000名の高齢者を対象に、ウォーキングに寄与する環境要因を検証した調査研究がある。ここでは、日常生活に伴う歩行と健康づくりのためのウォーキングを分類して、それぞれに対応する要因を見出しており、「近所で運動実施者を見かけること」や「近所の景観が良いこと」が居住者のウォーキング実施を促すことが示されている。この結果はすなわち個々人の健康増進行動に対して、周囲の集団や形成環境を包括するコミュニティが影響を及ぼす可能性を示唆するものであり、ここには、国民の健康寿命延伸を進めていく上でのヒントがあると考えられる。

コミュニティからのゼロ次予防

ウォーキングを含む身体活動と健康の関係性は数多の研究によって実証されており、定期的に行うことで、心臓病、脳卒中、糖尿病、高血圧や肥満の予防、メンタルヘルスの改善など健康を維持・増進する上で重要な役割を有するとされる。身体活動の不足はどの国でも見られ、世界の多くの人々が十分な活動量を満たせておらず、日本においても3人に1人が運動不足であることが示されている。

本邦では、国民の生活習慣病等に関する課題解決に向けて国民健康づくり事業を行っている。2013年度からはその第2次フェーズとして「健康日本21(第2次)」が開始され、健康寿命の延伸や、食生活や運動習慣の改善等を目指しており、それぞれの部門において目標値が定められている。身体活動・運動関連の部門では、第1次までの意欲や動機付けの評価値から転換され、「日常生活での歩数の増加」や「運動習慣者の割合増加」等の行動指標が重視されることとなった。その目標値ならびに2016年度時点の中間評価値を表1に示す。まず歩数に着目すると、2010年時点のベースライン値は男性7,841歩、女性6,883歩となっており、健康日本21(第1次)の目標に届いていない。続いて2016年の中間評価値を見てみると、目標値に届くどころか、この6年間で2010年の値よりもやや悪化していることがわかる。運動習慣者の割合についても同傾向である。これらに関しては高齢化に伴う影響も少なからず考えられるが、厳しい見方をすれば、これまでの身体活動・運動関連の取り組みは失敗し続けているとも言える。

表1 健康日本21 における身体活動・運動関連目標とその達成状況

このように、日常生活における歩数や運動習慣者の割合の増加については改善が見受けられなかった。そこで中間報告書では、今後の目標達成に向けて、保健指導などによる個人に対するアプローチ以上に、生活環境に対するアプローチが重要であり、個人それぞれに意識させずに歩かせてしまうような環境づくりの推進が必要であると言及されている。

ここで想起されるのが、先の藤沢市の研究結果である。運動している人を近所で見かけることがウォーキング増進に寄与するのであれば、景観の優れたウォーキングルートを整備して、人が歩く時流をつくり出せばよい。花壇整備による景観の充実が外出行動を促進する、また地域活動に参加する人が健康になるのであれば、ウォーキングルート沿いの花壇づくりを地域活動として位置付ければよい。このように集団全体を好循環に巻き込んでいくコミュニティを形成することで、「皆さんもう(ゼロ次予防の時流へ)お飛び込みですよ」と説得してしまえばよいのである。

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