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【特集:日本の住環境、再考】
下川美代子:暮らしの変化と日本の家庭用エネルギー消費の未来

2021/12/06

  • 下川 美代子(しもかわ みよこ)

    旭化成ホームズ技術本部iDX商品開発部部長・塾員

厳しい排出削減目標

国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が2021年10月末から11月半ばまで英スコットランド・グラスゴーで開催された。エリザベス女王のビデオメッセージによる開会挨拶では「子どもたちやそのまた子どもたちのために」、「言葉にする時期から、行動する時期に移行」を望んでいるというメッセージが語られた。6年前に採択されたパリ協定により、多くの国において2030年、2050年に向けた温室効果ガス排出削減目標が掲げられたが、産業革命以前からの温度上昇を1.5℃未満に抑える目標実現については、まだ明確な時期を定めたゴールとして合意には至っていない。

日本は2030年には、2013年比マイナス46%を表明しているが、1.5℃未満という全世界での目標実現には十分ではないと言われている。この10月に閣議決定された地球温暖化対策計画においては、マイナス46%のために家庭部門にはエネルギー起源の二酸化炭素排出量において66%の削減が求められることとなった。

日本において家庭部門のエネルギー消費量はどう推移してきたか

日本全体のエネルギー消費量は、2008年のリーマンショックを境におおむね減少傾向に転じ、エネルギー白書2021*1によると、最新データの2019年は2013年比マイナス8%、家庭部門においてはマイナス11%である。京都議定書が採択された1997年以降、産業部門と運輸部門での削減の一方で増え続けてきた民生部門(業務他・家庭)でも、2014年頃より削減効果が表れ始めた状況であるが、家庭部門では二酸化炭素排出削減量に換算してもマイナス23%*2。まだマイナス66%には遠い。

家族で協力して取り組む省エネの試み

日本では、1998年に省エネ法を改正し、工場や運輸事業者の対象を拡大、トップランナー制度など諸施策の強化を図った。2005年京都議定書目標達成計画の閣議決定により、増加の著しい民生部門と運輸部門に注目が集まり、生活者を巻き込んだ省エネ行動支援の動きも高まった。例えば、環境庁(当時)では「環境家計簿」の作成が奨励され、自治体や民間企業での取り組みが数多く行われている。多くは、指定用紙に家庭の電力やガス消費量を記入して、二酸化炭素排出係数を掛けて排出量を計算し、各自が省エネの動機とするものであり、同時期に高まった環境教育の流れと重なり、学校の総合学習として家庭を巻き込み実施された。その中で、家庭用PCとインターネット回線が2000年代初めから普及し始めた背景のもと、Webサイトでの環境家計簿のサービスも始まっていった。

一例として挙げるが、筆者らは2002年に、誰でも無料で利用できる省エネ生活支援Webサイト*3を開始した。家庭における省エネ行動は、「我慢」により成り立つという意識が一般的であるが、筆者らは、「楽しい」省エネ行動のありようを提起したいと考えた。省エネ行動を仲立ちとして、家族がコミュニケーションを充実させ、とくに子どもたちの動機を高めることで、楽しい省エネ活動を継続・習慣化できないだろうか。「うちの二酸化炭素排出量は去年と比べて、あるいは他の家族と比べると、どうだろうか」「地球環境にどれくらい貢献できているのだろう」という興味を喚起し省エネ行動につなげることを目的とし、環境家計簿に様々な角度からの見える化機能を加え、2004年に「地球温暖化防止活動 対策活動実践部門」で環境大臣賞表彰をいただくことができた。2020年頃までに多くの他の環境家計簿の取り組みが終了したが、筆者らは、継続に意味があると考え、現在は、手入力方式に加え、HEMS(Home Energy Management System、家庭用エネルギー管理システム)と自動連携するシステムとしても進化させて、対象会員を限定し運営を継続している。

一方で学術界では2014年に「省エネルギー行動研究会(BECC JAPAN)」が発足し、行動経済学に基づき「人々が自発的により良い選択ができるように手助けする手法」=ナッジ(2017年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のリチャード・セイラー教授が提唱した概念)により、省エネ行動に自然に向かえる手法研究が進められている。

1990年代に広く課題認識された地球温暖化問題は、持続可能な開発という社会課題に進化し、2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中で、人・社会・地球の関係性をすべて包含して「持続可能な開発目標(SDGs)」という国際目標として記載された。

今後は、新たに二酸化炭素排出量だけにとどまらないSDGsの流れが生活者を巻き込み、生活者の発信が民間企業を動かし、様々な取り組みにつながることを期待したい。

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