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【特集:日本の住環境、再考】
池田靖史:コエボハウスから見えた2030年以後の環境住宅像

2021/12/06

  • 池田 靖史(いけだ やすし)

    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授

コエボハウスとは

慶應型共進化住宅(通称コエボハウス)の発端は2013年夏に遡る。一般公開展示と性能実験を目的にしたモデルハウスが、経済産業省「平成25年度住宅・ビルの革新的省エネ技術導入促進事業」に他の4つの大学の提案とともに採択された。学部を超えた複数の教員の連携と、数十の関連企業の支援によってさまざまな先進的技術を実装した展示用モデル住宅が実現した。そこで培われたコンセプトや技術的可能性を引き継いだのがコエボハウスである。国土交通省「住宅・建築関連先導技術開発助成事業」の支援により、居住実験による環境性能実験データをもとに実用化に向けた総合的な技術開発研究を推進するために、「慶應型共進化住宅開発実験」産学共同研究コンソーシアムを結成し、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス敷地内に解体移設されたのである。

本物の戸建て住宅としても使えるキャンパス内の実験環境は、住環境に関わるさまざまな関連研究のテストベッドとして活用されることになった。日常生活環境による健康推進を目指した神奈川県の未病産業の推進政策と連携したME - BYOハウス・ラボ・プロジェクトや、近隣建物との直流融通電源化を研究するOpen Energy Society プロジェクト、さらにオンライン遠隔医療の可能性を検証するスマート住宅医療プロジェクトなどの実験環境としても使われた。このように8年にわたってさまざまな分野にわたる未来の環境住宅技術をめぐる議論と実験を進めたことの成果は、そう簡単には総括できない。そしてこの間に社会の地球環境問題への関心は高まり、住宅の省エネルギー化への社会的なコンセンサスも大きく前進した。デジタルデータの流通によってますます高度化する社会のサイバー化の、我々の生活への影響も止まることはなかった。さらに2020年からの感染症対策をめぐる社会の激動が、住環境を含む我々の生活意識を転換させたことももはや明確である。この機会にコエボハウスが取り組んだ課題を振り返ってみたい。

多様な条件に対応するための省エネルギー技術

改めて、コエボハウスの名前の由来、Co-Evolution(共進化)が重要な問題提起になっていたと感じる。当時考えたのは住宅が人工知能的に居住者の生活様式を学習しその機能を進化させるとともに、住宅のもつ環境に促されるように、居住者の生活意識もよりサスティナブル方向へ進化していくというコンセプトだった。その背景にあったのは、活動状況のモニタリングと制御アルゴリズムを相互作用的に高めていくシステムが、多様な条件の解決に有利だろうという考えであった。

そもそも日本の平均的な気候条件における住宅のエネルギー消費削減対策は、他の地域よりも難題である。それは蒸し暑い夏とそれなりに寒い冬の両方を持ち、年間の環境変化が比較的大きいからである。さらに居室を開放する春や秋といった中間期の環境の価値や、災害レベルの気候事象の頻度などにも意識を向けると、対応が必要な範囲が広くシステムも複雑になる傾向がある。さまざまな異なる条件に対し、恒常的に快適な熱環境を保つことはエネルギーを投入すれば可能ではあるが、自然エネルギーの利用や居住者の特性を考慮した消費削減には、より個別な方法が必要になり、同じ建築形式で総合的に解決することが難しくなっていく。

さらに難しい問題は住宅における居住者の生活様式や多様な生活価値観への対応である。先述のようにコエボハウスでは実際の居住状況に近いデータを取得できるように、希望した学生などが短期で滞在して擬似的な使用状態を作った。そして個別の機器のエネルギーの消費状況に始まり、各部の照度や二酸化炭素濃度などの環境の測定、さらには内部にいる居住者の居場所や運動量、人体データに至るまで同時にモニタリングする実験が試みられた。ところがその成績を単純に評価することはとても難しかった。ある時、太陽熱温水器や燃料電池が稼働しているにもかかわらず、給湯エネルギー消費が跳ね上がった。それはその時に滞在した学生3人組が浴槽のお湯を毎回入れ替えたからだった。また、心理的演出のために室内の色温度を調整する目的の間接照明は作業用の明るさとしては十分な照度を満たしていたものの、使い分けの指導が難しく予想外のエネルギー消費が起きた。さらに見学者が多く訪れて機器をテスト運転することで通常ではないデータが出現した。

こうしたことに直面して使用状態の制限を徹底し、特殊なデータは除外して望ましいデータを作ることも当然考えたが、果たしてそれが意味のあることなのかとも考えた。同じ居住者が継続して滞在すればまだ平準化されるかもしれないが、個人の生活意識の違いやその日の利用目的におけるエネルギー消費の振れ幅は意外に大きく、こうした傾向を単純に生活行動が省エネ化されていないと結論づけてしまうのも抵抗があった。それが無駄なエネルギー消費であったかどうかは、本人の問題だからだ。その一方で事後に滞在中のデータを活動記録とともに振り返られるビジュアルコンソールを作って、滞在した本人が結果的に不要だったと思われるエネルギー使用を集計したところ、2/3程度にまで削減できることもわかった。

2014 年より開発実験が始まった慶應型共進化住宅(通称コエボハウス)
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