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【特集:日本の住環境、再考】
座談会:人生100年時代に健康に過ごせる住まいとは

2021/12/06

  • 鈴木 昌(すずき まさる)

    東京歯科大学市川総合病院救急科教授

    塾員(1992医)。慶應義塾大学医学部救急医学教室講師等を経て、2017年より現職。博士(医学)。専門は救急医学。「住環境が脳・循環器・呼吸器・運動器に及ぼす影響実測と疾病・介護予防便益評価」共同研究。

  • 川久保 俊(かわくぼ しゅん)

    法政大学デザイン工学部建築学科教授

    塾員(2008理工、13理工博)。法政大学デザイン工学部建築学科准教授等を経て、2021年より現職。専門は建築・都市のサステナビリティアセスメント。博士(工学)。著書に『私たちのまちにとってのSDGs』(共著)等。

  • 伊藤 真紀(いとう まき)

    積水ハウス株式会社ESG経営推進本部・渉外部主任

    塾員(2018理工博)2006年大阪市立大学生活科学部居住環境学科卒業。08年九州大学大学院総合理工学府環境エネルギー工学専攻修了後、積水ハウス入社。研究企画、技術渉外に従事、20年より現職。一級建築士。

  • 永田 智子(ながた さとこ)

    慶應義塾大学看護医療学部教授

    2000年東京大学大学院医学系研究科単位取得退学。博士(保健学)。東京大学大学院医学系研究科准教授を経て、17年より現職。専門は在宅看護学。日本在宅ケア学会理事。

  • 伊香賀 俊治(司会)(いかが としはる)

    慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授

    早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。日建設計、東京大学助教授を経て2006年より現職。専門は建築・都市環境工学。博士(工学)。日本建築学会副会長。著書に『すこやかに住まうすこやかにいきる』(共著)等。

健康と住まい

伊香賀 今日は主に「健康・長寿」という観点から、日本の住環境を見直そうということで皆様と討議していきたいと思います。

はじめに私から現状をお話ししておきたいと思います。先日、「在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク」の全国大会があり、そこで「住まいと住まい方の見直しによる疾病・介護予防」というテーマで話しました。しかし、現状、根拠になるデータが日本では乏しい状況です。

データをしっかり集め、医学論文になるレベルで積み重ねをしていかないと、日本の健康政策に「住まい」という要素が入っていかないと思っています。

特に今、高齢者に対しては地域包括ケアでしっかり支えようとしているわけです。そのいわば土台となる植木鉢の部分が「住まいと住まい方」ですが、その大事な植木鉢の部分にどうも「ひび」が入っているのが日本の現状と思います。

日本の家がなぜ寒いか。常に引き合いに出されるのが『徒然草』の「家のつくりようは夏を旨とすべし。冬は、いかなる所にも住まる」の一節です。鎌倉時代の話ですが、冬は寒くてもどうにでもなると言う。現在に至っても、建築家や住宅を供給する側がこの言葉を錦の御旗として掲げ、断熱なんかしなくていい、という主張の根拠として引用されるわけです。

しかし、この徒然草は人生50年の時代に書かれたもので、京都や鎌倉などの温暖地を想定していて、東北や北海道は念頭になかった。でもそれが広く流布しているという問題があるんですね。

一方、イギリスは現在、住環境が健康政策にしっかり位置付けられています。それはナイチンゲールが160年も前に『看護覚え書き』という本の中で住環境に対して深い理解を示し、それが根付いているのではないかと思います。

温度の基準まで決められ、適切な暖房環境は18℃以上で、家が寒いといろいろな病気になると国民に伝えています。実は日本以外の先進国は健康政策に住環境がきちんと位置付けられていて、それを踏まえてWHOが3年前にガイドラインを出し「冬季室温18℃以上」を強い勧告という形で出しています。しかし、日本はまだこれを受け入れる準備ができていない。

今、ちょうど「健康日本21」の第3次の改定作業が始まったところです。この見直しの中で、住環境が健康上の課題であることを認識していただける状況にはなりましたが、最終的に反映されるかどうかはわかりません。

このような状況なのですが、まず、それぞれのご専門の立場から、日本の住宅について現状の問題点をどうお感じになられているか、伺いたいと思います。救急医学の鈴木さんからいかがでしょうか。

鈴木 そもそも救急医学の中で「住宅」というのは課題としてほとんど出てきません。しかし、よく考えてみれば、われわれは1日の中で8時間なり10時間なりを自宅で過ごしているわけですから、そこでの生活環境が重要なのは言うまでもないことです。

いつも申し上げるのですが、救急医学というのは「なれの果て」みたいなところがあります。病気になり、ちょっと調子が悪いから近くの病院に行くのではなく、ひどくなって緊急を要する状態になってしまったというイメージかと思います。

そういった方はどこから運ばれてくるか。もちろん外出先や職場からも運ばれてきますが、ご自宅からもたくさん運ばれてくる。最近の日本では、いわゆるセーフティネットとしての救急の役割が非常に重くなっています。どういうことかと言いますと、いわゆる弱者と呼ばれるような方、あるいは生活困窮者の方が普通に病院にかかれないような状況が増えてきたという背景があります。

そういう方々の生活環境、住環境はかなりひどくなっている。ほとんど健康に関心を持たず、すさんだ生活をされている方も非常に多い。われわれが人生の中で多くの時間を過ごす住居の環境を考えることは非常に大切なのです。

高血圧や心・血管疾患、救急では入浴中の死亡ということもあります。それから、家の中で転倒してケガをしてしまうことも多くなっている。また、気候変動によって夏場の高温などが注目されていますが、生活環境の中で気象、気温の影響をどのように受けるかということは、もっとわれわれも考えなければいけないと思っています。

さらに現在、新型コロナが流行、収束を繰り返していますが、実は、私は、暖房あるいは冷房を使わなくてはいけない環境になった時に波が来ているのではないかと疑っています。

例えば第1波の初めの時に北海道がとても感染者が多かった。北海道は寒い地域ですから、密閉して部屋を暖める。すると、密閉状態で換気をしないとやはり感染してしまう可能性が高いのではないかと思います。

今般のいわゆる第5波も8月の中旬、急に涼しくなったあたりから減ってきたという印象があります。換気すれば冷暖房の効率が悪くなりますが、そういったことまで考えていかなくてはいけない時代に入っているのだと痛感しているところです。

在宅看護と住宅

伊香賀 永田さん、在宅看護の立場からお話をお願いします。

永田 私たち在宅看護は例えば救急から帰ってきた、あるいは救急にかかるおそれがある患者さんたちの居場所である自宅に、なるべく長く住み続けられるように支援をする立場ということになります。

高齢者、障害のある方はいろいろな家に住み、その地域の方々とのつながりを保ちながら暮らしていらっしゃいます。ですから、どんな環境であってもなるべく今のお住まいに住み続けていただきたいのですが、エレベーターのない5階建ての集合住宅に、障害をお持ちの方が住み続けたいというケースに直面することもあります。

また、言われたようにお家の中が、非常に乱雑と言いますか、マスコミ的な用語ですと、いわゆる「ゴミ屋敷」と言われるようなお家もあります。そのような状態でもその環境が自分はよいと言って住んでおられる。本人にとっては決してゴミではなく全て自分の大事な思い出や宝物だからです。

私たちはそういった様々な環境にある方々の希望をなるべく適えつつ、その方たちが健康を保ち、疾患などが悪化しないように日々看護を提供していかなければなりません。転倒しないように片づけてしまうことは簡単ですが、家にある物はその方たちの財産です。それを勝手に「危ないから」と片づけてしまったら、「もう来なくていいです」と接点が断たれてしまう。

そうならないように信頼関係を築き、「お風呂に入る時にここを少し片づけると転びにくくなりますね」と了解を得ながら少しずつ環境を整えていくような辛抱強いことをやっています。これは問題点というより現状ですね。

気候のことで言えば、確かに冬に室内温度が非常に低いことで循環器疾患などが悪くなることもあるのですが、現場でよく聞かれるのは夏場のエアコンについてです。

「夏を旨とすべし」というほうも、実はまだまだままならない。どんどん高温多湿になり、昔と違う密閉された集合住宅や密集した住宅なのに、エアコンを使うことを拒む高齢者の方がたくさんいらっしゃいます。

そこも先ほどと同じで、いかに少しでもエアコンを使っていただくか、信頼関係をつくりながら、少しでも室温が快適になるようトライします。

また住宅の問題点とはちょっと違うかもしれませんが、人が出入りをしてケアを導入しないと生活ができなくなってくる人たちが増えている一方、オートロックや防犯性が非常に進んだ住宅が増えています。それはとても大事なことですが、外部の者がその家に入ろうとしてもそれができないこともあります。

鍵を預けていただける関係にまでなればいいのですが、そこまでいかない場合、その家にアプローチすることができなくなる。場合によっては早くにその方のところに行かなければいけないのに、それが立ちふさがるカベになったりすることもあります。

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