三田評論ONLINE

【特集:日本の住環境、再考】
座談会:人生100年時代に健康に過ごせる住まいとは

2021/12/06

コミュニティとのかかわり

伊香賀 伊藤さんはいかがですか。ICTも組み合わせながら、様々な住宅をすでに提案し、供給していると思いますが。

伊藤 住宅はやはり「安心・安全であること」がベースにあると思っています。家が命を守ってくれるシェルターであることが確保された上で、健康、快適であるということだと思います。

永田先生から交流のお話が出ましたが、住宅の環境を整えるとともに、やはりコミュニティ、住んでいるまちを整えていくことも重要だと思います。私が慶應の博士課程で伊香賀先生の研究室に在籍していた時に、当社の分譲地を2つ、調査していただき、CASBEEという評価ツールで住まいとまちの健康度をチェックしました。

1990年前後に開発が始まった大型分譲地で、3000~4000人ぐらいが居住しているまちですが、住民活動が活発で自治会がしっかりしている、近隣の方とのコミュニケーションがとれていて見守りができていることから、「まちの健康度が非常に高い」という調査結果をいただくことができました。まちのコミュニティ形成をサポートしていくこともハウスメーカーの役割だと思っています。

住み替えという観点のまちづくりも行っています。東京中野にある「江古田の杜」では、同じ開発エリア内に分譲マンションと賃貸住宅、そしてサービス付き高齢者住宅、特別養護老人ホーム等を建設し、自分のライフステージが変わっていくとともに、そのまちの中で住み替えができるという仕組みをつくっています。

住まいとまちをうまく組み合わせて居住者の健康度を上げていければと思っています。

伊香賀 積水ハウスというと、高級一戸建て住宅の供給会社というイメージがありますが、最近、質の高い低層賃貸住宅もやられていますね。

賃貸住宅というのは、劣悪で、ともかく安く造り、家賃も抑えて空室をつくらないようにするところが歴史的に多い。そこに例えば子育て世代の若い方が入居すると、お子さんも病気になってしまう。

高齢の方が状態の悪い賃貸住宅に住み続けざるを得ない状態もあり、「賃貸住宅もなんとかしないといけない」という話もありますね。

伊藤 その通りです。当社は賃貸住宅も手掛けていますが、賃貸住宅は安く造るために、断熱性能等にはあまりコストをかけたくないというオーナーさんもいらっしゃいます。しかし当社では、断熱性能を高めて、先ほど申し上げたZEHにも取り組み、付加価値を高めることで長く選ばれる賃貸をご提案しています。入居者の方には健康や快適性の向上、光熱費抑制等のメリットがあり、オーナーさんにとっても高い家賃水準を維持でき、安定した賃貸経営が可能になるというメリットがあります。

また、築年数の古い住宅は、アパートも非常に寒いです。私自身、冬の朝起きると白い息が出るぐらいのアパートに住んだことがあります。そういう住宅についても断熱性能を高めていくリフォーム提案を行っています。築年数の古いものについては性能を上げる。新築についてはZEH基準のものを提供する。戸建住宅に限らず、住宅全般の性能を上げていくことに注力をしています。

縁側空間の再発見

川久保 住宅の環境を整えることは様々な面で極めて重要です。例えば環境を整えることを通して犯罪を予防できるという考え方があります。「Crime Prevention Through Environmental Design(CPTED)」と言うのですが、私は講義の中でCの部分をHに変えて、学生たちに「Health Promotion Through Environmental Design」という考え方を伝えています。

予防医学の世界に、1次予防、2次予防、3次予防という分類がありますが、こうした個々人の健康維持に向けた努力に加えて環境整備によって健康を促進し、疾病等を防ぐというゼロ次予防という考えです。個々人の健康を保つためにも、身の回りの環境を整えておくことが重要かと思います。

先ほど永田先生がWHOの身体的、精神的、社会的健康というお話をされましたが、身体的というところで言えば、まず、物理的障害を除去して転倒、転落を未然に防止しないといけません。高齢者の方やお子さんなど、注意力があまり高くない方が最初に転倒被害に遭いやすいので、そういう方々にとって安全な環境をつくることが重要です。

部屋内の空気が汚染されていれば呼吸系疾患になりますし、暑ければ熱中症、寒ければヒートショックになりますが、身体的な危険を予防する機会はたくさんあると思います。

精神的なところでは、最近のコロナ禍の中でうつ状態になっている方が多いと言われます。それは、ずっと家の中にいて日の光を浴びないとか、昼夜逆転した生活を送っていることも影響していると思います。

例えば東向きに寝室があって、朝起きると朝日が入ってくるような間取りにしていれば、そういったことも防げるかもしれません。積極的に窓を開放できるような形にすれば空気環境も是正できます。家族のコミュニケーションのとりやすい間取りも精神的な健康を維持できるかもしれません。

社会的な健康という点では今、人と人のつながりが少しずつ弱くなっている点が気になっています。単身世帯で都会に出てきて周りに知り合いがいないといった環境がやはり、社会的な健康を害しているようなところもあるのではないかと思います。

複数の世代が一緒にいれば様々な話もできますし、子供や高齢者の見守りもできます。そういうところを、IoTなどを使いながらどう補完できるか。現代社会にマッチした方法を模索していかなければいけないと思います。

もしかしたらそのヒントは昔の家づくりにあるかもしれません。例えば縁側空間など、社会との接点を促す空間があればご近所さんがちょっと寄ってくれることもあるかもしれませんし、環境的に見ても、寒い/暑い外と家との間のバッファー空間になってくれているかもしれません。

ずっと環境が一定のところにいるよりもちょっと温度変動を感じるような空間があると、われわれの温熱環境への適応能力も上がるのかもしれません。そういったことは私ももっとエビデンスを見つけないといけないと思いながら研究を続けています。

伊香賀 『公衆衛生』という雑誌の7月号に、「健康的な住まいが欲しい! 暮らしやすくて寿命も延びる」という特集を組んでいただけました。また今年の2月には、看護協会の機関誌の『看護』に「暖かな住まいによる健康寿命の延伸」を書かせていただき、このようなお声がかかるようになりました。

ただ一方で、在宅介護の中における住まいの問題点はほとんど知りません、とおっしゃっていた看護の関係者の方もいらっしゃる。住まいの問題はまだ一部の方にしか認識されていないのかもしれません。

要介護状態になってしまっている人に対して、手すりを付けるとか、段差を解消するような費用は介護保険で費用が出ます。しかし、家の断熱性能をよくするという話だと、自己負担で何百万もお金がかかるので、問題であることはわかっていても口にすらできない。そういうハードルもまだ残っているのではという気はします。

そういう状態に至る前の、健康な方々にしっかりメッセージを伝えて、介護状態になる前に予防するということでないと、聞く耳を持ってもらえないのでしょう。そういったことが日本の抱える課題のようにも思っています。

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