三田評論ONLINE

【特集:日本の住環境、再考】
座談会:人生100年時代に健康に過ごせる住まいとは

2021/12/06

「さらなるよい住宅」とは?

伊香賀 次に「さらなるよい住環境にするには?」ということで討議をしていきますが、ここで慶應としての取り組みを少し紹介したいと思います。「コエボハウス」と命名している慶應型共進化住宅というものです。

これは湘南藤沢キャンパスの中にありますが、2014年に経済産業省がいろいろな大学に公募をかけて、未来に日本で普及させるべき住宅を提案し、実際に建ててみせなさいという国のプロジェクトがあり、慶應はこういう住宅を提案しました。永田さんは、こういう建物が存在していることは認識されていましたでしょうか。

永田 認識していましたが、残念ながらまだ伺ったことはないんです(笑)。

伊香賀 このプロジェクトはSFCの建築の池田靖史教授が中心メンバーで、理工学部の私や看護医療学部の先生にも関わっていただいています。また、神奈川県の黒岩知事が政策として未病プロジェクトに取り組んでいて、その実証の場の1つにも位置付けられています。

健康の維持・増進、安全な地域環境という目標を掲げ、環境負荷削減ということで、造ってから壊すまでCO2を全く出さず、プラスマイナスゼロの住宅という話で建てたものです。ただ、あくまで研究レベルのお話です。

それが今後、日本の実際の住宅にどう展開していけるかということが課題ですが、「さらなるよい住宅」ということで提案しています。適度な段差というのも、この設計コンセプトに入っていて、平屋の住宅ですが、意図的にしっかりした段差を付けています。

現在、在宅ワークや在宅学習が増えて、家の性能にますます皆が関心を持つ時代になりました。会社の経営者も、単にオフィスを立派にするだけではなく社員がきちんとした住宅に住むことが健康につながり、昼間の仕事の能率が上がって、業績につながる。健康経営の観点からも、改めて経営者の意識が変わったのではないかと思います。

それから自然災害のことも考えるべきです。大雨が降り、停電が起きて、電気がしばらく止まってしまった時に、そもそも住宅が安全で完全自立できるだけの発電能力を持っていれば自宅にとどまれるかもしれない。

これからはそういうことも含めて提案していかないといけないのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

鈴木 「健康のために」と言っても、例えば生涯に2回も3回も家を建てる方はそうはいらっしゃらない。やはり一生に一度の買い物であるのは今も変わらないと思います。そうすると、20年前の断熱基準だと言われても、そうそう新しく建て替えられない。

実は一番大きな問題点は、単身世帯が非常に増えていることなのではないかと思っています。つまり、1人で暮らしていたら、建て替えようなんていう発想はたぶんなくなるのです。

暖房や冷房に関しても、特にご高齢の方は、1人だと使わない。お孫さんやお子さんなりが訪問して「ちゃんと暖房をつけろ、冷房をつけろ」と言っても、来ているときはつけるけど帰ったら、「もったいないし、私はいや」となってしまう。

そのように同居者が少なくなっていること自体が、住居を新たにしていく、あるいは新しい技術で環境を調整していくことを妨げているのだろうと思うのです。メンタルに関しても、あるいはゴミ屋敷化することに関しても、「1人しかいないから」ということもあると思います。

先ほどストレスという言い方をしましたが、ある程度の負荷というのは人間にとっては必要なものです。しかし、若い頃とは違い、体の機能が弱っていくに従い、その負荷の範囲を徐々に狭めていかなければいけない。そこで階段をバリアフリーでいけるようにするといった住居の構造の変換が求められるのです。

同時に、例えば断熱のことに関しても、将来、高齢になった時にはスムーズに変換できるとよいと思います。「窓をもう1枚増やせばこれだけ室温がよくなりますよ」といった提案です。

日本は災害も多いですし、四季があるということは寒い時も暑い時もある。それを全て制御するだけではなくて、一部は取り入れて、われわれの環境に対する適応能力を生かしつつ、適応できない部分を技術的にサポートしていくことが必要なのではないかと感じています。

「見守り」という課題

永田 先ほど伊香賀さんから、看護や医療関係者が住宅に対して冷たい、というようなご指摘をいただき、ちょっと耳が痛いような感じです。

確かに、在宅看護というのは、今ある住宅の中でなんとかするというところがあって、なかなかそこを変えていくという文化にまではなっていないかもしれません。しかし、そうは言っても、それこそ地域包括ケアシステムの真ん中に住まいや住まい方があることは、今は看護の中でも常識になっているはずです。

また、例えばWHOが提案するヘルスプロモーションという健康戦略の中にも、健康のために1人ひとりが努力するだけではなく、全体の環境自体を整えていくということがあります。これからは看護のほうからも住環境を考え、整えていくことが当たり前の時代になっていくことを期待しています。

しかし、そうは言っても、私も自分が関係している患者さんに、「断熱工事をすぐしたほうがいいですよ」とはなかなか勧められません。ですので、様々なコストがかからない方法論を開発していただく。それから、WHOの基準ですとか、断熱の基準をアピールすることで、少しずつ変えていくことが必要かと思いました。

また、単身世帯が増え、世帯人員がどんどん減っている中で、これからは「見守り」ということが重要な課題になると思っています。在宅看護も見守り役の1つを担っている側面もありますが、そこは多重的な方法でカバーしていくしかないのではないでしょうか。

人のつながりを保てるような縁側のようなまちづくりや家づくりもあると思います。最新技術を使ったICT、モニタリングやセンサーなどを取り入れ、転倒などの安全を確認するということも考えられると思います。

これはプライバシーとの関係があり、難しいところもありますが、全然動かない時にはアラートが鳴るようなシステムはすでに開発されつつあると思います。

1つの方法では全てはカバーできないと思うので、いろいろな方法で1人高齢者世帯等をカバーし、孤独死などが少しでも減るとよいと思います。

災害対応については私の立場からは、災害に強い住宅を建てていただくようぜひお願いしたいと思います。コミュニティの結束を強める1つのきっかけは防災もあると思います。マンションの自治会は集まるのが面倒なところがありますが、災害に備えるという目的があれば結構集まりやすい面もあります。

ハード面で災害に備えることもとても大切ですがソフト面の備えも重要だと思います。災害が起きた時にどのように協力できるのか。この地域や住宅の中にはどこに備蓄の物があり、避難時に助けが必要な方はどこにいるのか。そういうことを話すことがコミュニティを強化していく1つのきっかけにもなります。

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