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【特集:日本の住環境、再考】
座談会:人生100年時代に健康に過ごせる住まいとは

2021/12/06

断熱性能の改良

伊香賀 医療関係のお二人から現状についてお話しいただきました。次に住宅を供給されている企業の代表として、伊藤さんからお話をいただければと思います。

伊藤 私が感じている住宅の問題点は、やはり断熱性能の低さです。当社では政府の動きに合わせて断熱基準を上げていきましたが、築20年以上の住宅については現行基準を満たしていない住宅も多くあります。

そういった住宅については、「断熱改修をしましょう」というリフォームの提案に注力しています。築20年以上経ちますと、お子さんが巣立ち、高齢のご夫婦のみの世帯になっている場合も多い。ですから、2階建ての家の全てを改修するというより、今使っている範囲から始めましょうと、LDKを中心に断熱改修することを勧めています。

室内の温度差も気になるところです。例えば廊下や洗面所といった冷えやすいところには小型の空調機を入れ、まず居住範囲の温度を整えましょうという提案をしています。費用との関係もありますが、住まいながらリフォームできる点もポイントで、受注が増えています。

また、新築では、ZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)を推進しています。ZEHとは、断熱性能を大幅に高めた上で、省エネ設備を導入し、さらに太陽光発電、燃料電池といった発電設備も揃え、年間のエネルギー支出ゼロを目指す住宅です。昨年度は当社販売の戸建住宅の91%がZEHでした。

新築時にそういった性能を備えることで、導入コストを抑えられるメリットもあります。省エネ性に加え快適性も向上します。例えば、窓は一般的に最も熱が逃げやすい部分になりますが、窓の断熱性能を十分高めていれば、大きな窓を作っても寒くなく、自然とつながる開放的な空間を作ることが可能です。このように、新築でもリフォームでも居住環境を快適にしながら省エネ性能を整えていくのが現状の当社の取り組みです。

先ほど換気のお話を鈴木先生からいただきましたが、新型コロナの広がりを受け、当社も昨年、「スマートイクス」という商品を発売しました。これは、熱交換型の換気設備と天井付の空気清浄機で、室温を維持しながら換気・空気清浄を行うシステムです。設計時に空気の流れをシミュレーションし、室内の空気の状態を確認しながらの提案も行っています。

安全から健康へ

伊香賀 川久保さんは、大企業のハウスメーカーだけではなく、住宅を建てる上で大きな役割を担う、各地域の小さな工務店の事情についてもよくご存知ですね。

川久保 建築物というのは、われわれにとっては重要な生活基盤であり社会インフラです。特に現代人は人生の90%を屋内で過ごすと言われており、とりわけ住宅はわれわれの安全を守り、休息する場も提供してくれます。また子孫を育む場でもあるわけで、そこを大事にするのは当然のことと思います。加えて最近は、在宅勤務で働く場にもなっている。多様な目的が求められ、本当に様々な観点から住宅のあり方を考えなければいけないと思います。

少しわが国の住宅政策を振り返ってみると、1945年の終戦の時は焼け野原で、とにかく住宅が足りなかった。住宅難の時代でしたが、とにかくハウスメーカーや全国の工務店などが懸命に住宅を供給してくださったお蔭で、量的にはだんだん充足してきます。それが1970年ぐらいまでです。

次に量から質への転換があり、2000年ぐらいまでだんだん質を上げていきましょうという方向になった。途中でシックハウスも大きな社会問題になりましたが、2000年代中頃ぐらいから良質なストック形成という形で、だんだんと今の健康住宅のところにもつながる流れができてきました。

住宅不足で大変だった状態からすると、今のように住宅がとりあえず一通り整ったことは喜ばしいことですが、やはり問題点としてよく言われるのが、住宅の寿命が短いこと。他国と比較するとスクラップ・アンド・ビルドの期間が頻繁であるという点です。

その対策として長期優良住宅制度などが提案されていますが、他国と比較するとまだまだ住宅の長寿命化は必要です。加えて資源循環という観点、脱炭素といった問題解決にもつなげていかないといけないと思います。

つまり、社会資産としての住宅をどうするかということも検討せねばなりませんし、環境性能等も上げていかないといけない。しかし、住宅は社会資産であると同時に個々人の私有財産でもあるため強制的に手を加えることもできませんし、どのように市場全体の住宅ストックの質をあげていくか。このあたりが非常に難しいところです。

最近は至るところでSDGsが登場しますが、その目標12に「つくる責任つかう責任」というものがあります。

これは建築関係者にとって一番重要なことで、どのように質の高いものをつくり、それを長期的に使っていくのかが問われています。さらに、最近はこれに加えて、業界では「しまう責任」も重要だという指摘がされています。つまり、使い終わった後、空き家をそのまま放置せず、解体まできちんと責任をもって行うということです。

現在、住宅をめぐる業界では改めてレジリエンスの視点が重視されています。特に3・11以降は安全・安心な家づくりというところの強化が謳われています。

1961年に「居住環境に関する人間の基本生活欲求を満たす4つの条件」というものがWHOから出ています。まずは「安全」。住宅はとにかく人の命を預かる場所なので安全が大切と。その次に「健康」。これに「利便性」、「快適性」が続きます。

わが国の住宅は、一般的には質が高いと思われていますが、耐震性能であったり、健康に関わる性能であったり、WHOが言う4条件の基本のところを改めてもう一度見直さないといけないのではないかと思っています。

「極端な状況に陥らない」ために

伊香賀 それでは次にどのような住宅が健康にいいのかを考えていきたいと思います。鈴木さん、例えば入浴事故に遭わないような住宅についていかがでしょうか。

鈴木 どのような住宅が健康によいのかと言われると、救急医の立場からすれば、「極端な状況に陥らない」ということがまず、健康を守る上では必須の条件です。

例えば夏期に室温が40℃ぐらいになってしまう。逆に冬期にはいつも2、3℃まで下がる。そういった環境でずっと暮らすことが健康的でないというのは容易に想像がつきます。

私たちは環境障害と言っていますが、夏期の熱中症、熱射病、それから冬期の低体温症になるのはご高齢の方が非常に多く、しかも、そういった環境の中で暮らしていることが多いのです。

お風呂に関して言えば、私たちが考えている入浴事故の最も有力な原因は、高温のお湯につかることによって起こる、いわゆる熱中症です。熱中症というのは環境温度に依りますので、それを予防するためには、体の周りのお湯から受ける熱量を減らすことです。

要するに、湯温を下げるか、入っている時間を短くするということになります。しかし真冬に38℃のお風呂に入れますかと考えると、環境温度は気象条件に依存することになる。すると、気象条件に大きくとらわれない住宅はどういうものかといった方向性が、お風呂の事故の予防にはいいということになります。なので最初に申し上げた通り、極端に寒い、極端に暑いという、なるべく極端な状況にならないことが重要だと思います。

一方、では室内が年中24℃で一定なことが本当にいいのか。人間にはある程度の温度の振れというのは必要です。体に対する軽度のストレスは、それに対して体が対応しようとする力を作り出すはずで、それをなくしてしまうのも逆に体にとってはよくない。ですから、変動する余地の一定の幅というのを決めてあげることが、必要になるのではないかと思います。

永田 「健康にいい」という時の「健康」という言葉も、なかなか深いものがあります。WHOでは、「身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態」が健康だと言われていますが、おっしゃったように身体的な健康は極端な状況に陥らないことが最低限の基本であり、そこをきちんと保つことは本当に重要なことです。

住居と健康ということでいうと、転倒予防とか移動のしやすさというのも重要な要素だとは思いますが、このあたりはなかなか一概には言えません。すべてバリアフリーにして平坦で障害物がない住宅がベストかと言うと決してそうではなくて、お話があったように、何らかのストレスがあるほうがかえってよい場合もあります。

階段の昇り降りのあるほうが日常の運動量が担保できますし、細かい段差は転倒につながりやすいけれど、玄関の上がりかまちは段差があるほうが足をしっかり上げるので、それを日々行うことで身体の可動域が保たれるということもあると思います。

ですから運動量を保ち、身体の可動性を担保するという意味では、一般的にはある程度のストレスがかかるような状態があるほうが、その家に適応して運動能力を保てることにつながります。

社会的、精神的な健康というところも、看護の立場からはどうしても考えるところです。閉じこもりは人々の健康寿命に影響すると言われ、社会的な交流や外出の頻度を保つことも非常に重要だと思います。家にいて快適ということに加えて外に出やすい環境もちゃんと担保することも健康にとっては重要です。

一方で、健康の定義の「完全に良好」から外れた人は健康でないのかという議論もあります。それぞれの人がそれぞれの身体状況や置かれた環境の中で、自分が持っている能力、自分のやりたいことが実現できるのであれば、例えば障害がある方でもある意味、健康だと考えることもできるわけです。

ですから、老化や障害がある状態になっても、その方の能力が発揮できる状態を保つことが必要です。そう考えると、人が1つの家にずっと住み続けるのであれば、やはり家も変わっていく必要があるのだと思います。あるいはその方の状況に応じて、適した場所に移動するということも必要かもしれません。

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