【特集:主権者と民意】
座談会:若年層に政治参加を促すために何が必要か
2021/10/05
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三浦 まり(みうら まり)
上智大学法学部教授
塾員(1991政、93政修)。カリフォルニア大学バークレー校(Ph.D)。東京大学社会科学研究所機関研究員を経て現職。専門は現代日本政治論、ジェンダーと政治。著書に『私たちの声を議会へ:代表制民主主義の再生』等。
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吉田 徹(よしだ とおる)
同志社大学政策学部教授
塾員(1997政)。2005年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学術博士。北海道大学大学院法学研究科教授を経て現職。専門は比較政治。著書に『アフター・リベラル』、編著に『民意のはかり方』等。
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西田 亮介(にしだ りょうすけ)
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授
塾員(2006総、12政・メ博)。博士(政策・メディア)。立命館大学大学院特別招聘准教授等を経て2016年より現職。専門は公共政策の社会学。著書に『メディアと自民党』『コロナ危機の社会学』等。
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堤林 剣 (司会)(つつみばやし けん)
慶應義塾大学法学部長・大学院法学研究科委員長・同教授
塾員(1989経)。ケンブリッジ大学大学院政治思想専攻修了(Ph.D)。専門は近代政治思想史。2007年より慶應義塾大学法学部教授。2021年同学部長。著書に『「オピニオン」の政治思想史』(堤林恵との共著)等。
政治にかかわりたくない若者
堤林 衆議院選挙が迫る中、日本では、近年若年層の投票率が非常に低調であると言われています。本日は主に若年層の政治参加をどのように促すかということを切り口に、代議制民主主義の問題、デモクラシーの問題の本質的な部分にも触れたいと思っています。
まず国政選挙での投票率、特に若者の投票率を国際比較すると、OECD諸国内でも圧倒的に日本が低い。18歳から24歳までの層で見ると、30数%しか投票しない。他の国では当たり前のように60%台、高い国では80%台だったりするのですが、そこまで低いのはなぜなのか。
さらに、2016年の参議院選挙から選挙権年齢が18歳に下げられましたが、10代の投票率も16年は約47%でしたが、19年の参院選は約32%と急激に下がっている。
ただ、投票率の低下は日本だけの問題ではありません。日本は突出して低いですが、欧米でも似たように投票率は下がり、特に若者が選挙に行かないという現象が見られます。フランスも皆が政治に興味があるように思われますが、若者は政治に興味を持てなくなくなってきているようです。
イギリスでも似たような現象が見られますが、1つ変わったアイデアをご紹介します。ケンブリッジ大学のデイヴィッド・ランシマンという政治思想研究者が、この問題は構造的な問題、要するに、有権者は高齢者が圧倒的に多いので若者が100%選挙に参加したところで大した影響はないと言う。そこで、現在18歳以上となっているイギリスの選挙権年齢をランシマンは「6歳まで下げよう」と言うのです(笑)。
なぜ6歳かというと、ある程度の字は読めたほうがいいということですが、結局は親の言うことに従ってしまうとかいろいろな批判が寄せられました。でも、「昔、女性に投票権を認める時も、旦那の言いなりになると言われたがそんなことはなかった。そもそも子供が親の言うことを聞くと思っているのか」と反論する(笑)。
もちろん本人も、実現する可能性はないと思っているようで、構造的な問題があるということを指摘しているわけです。
そんなことも念頭に置きつつ、皆さんにディスカッションしていただきたいのです。三浦さんはパリテ(男女均等の政治参画)の問題を重視されていますが、若者の代表という問題を考えた場合に、現状をどう見ておられ、どうすればいいとお考えでしょうか。
三浦 パリテ実現を目指して、「パリテ・アカデミー」という一般社団法人をお茶の水女子大の申きよんさんと2018年につくり、若手女性を対象に政治リーダーシップ・トレーニングを行っています。
なぜ若者は政治に関心がないのか、あるいは投票に足を運ばないのかということには、いくつか理由があると思います。確かに構造的な問題は大きくて、若者は今、人口ボリュームが少ないから、結局、自分たちが何をやっても言っても意味がないと感じ、政治的有効性感覚が低いのだろうと思います。
また、学生のなかには、「正しい政治知識を持った人のみが正しい投票行動をすべきだ」といった強い規範を持っている層もあると感じます。自分に正しい判断ができるわけがないから、投票には躊躇する。だから、「6歳まで下げる」なんていう議論を日本でしたら、刺激的で、すごく面白いのではないかと思いました。
日本の場合はまず、政治参加の資格についてデトックス(解毒)する必要がありそうです。学生として、若者として、主権者として、あなたが生きている、その生活から来る政治的要望というのは、それだけで正当性があるし、そこを起点にして政治的発言、行動をしていい。このことをまずは伝えないといけないと思っています。
また、政治的有効性感覚が低い理由の1つは、政党の主張の違いがよくわからないということもあります。
高校などでも、「マニフェストを比べましょう」という主権者教育をしているようですが、自民党、立憲民主党、共産党の公約をそれぞれ読んでも、教育無償化だとか、子どもの貧困の解決、安心できる高齢化社会だとかの美辞麗句が並び、政党の差がそれほど見えない。
でもその背景にあるイデオロギーや価値観を見ていくと、実は相当の開きがあるのですが、それはかなり時間をかけて説明しないと分からないので、伝え方が難しいなと思っています。
選挙で前面に出るような合意争点を中心に見てしまうと差がよく分からないから、どこに1票を投じてもあまり差がないだろうと投票しない、というメカニズムも働いていると思います。
吉田 内閣府の国際意識調査では、「政治に関心を持っている」と回答する日本の若年層は、他の国と比べてそこまで低いわけではありません。日本の若者の特徴は、政治的関心が具体的な政治的実践に結びつかないことです。例えば党員になる、政治集会に参加する、あるいは単に政治の話をするといった行動に結びついていない。
2016年に選挙権年齢が18歳に下げられた直後は、現場の高校教師もかなり意識して主権者教育をしましたが、次の国政選挙の19年には投票率は下がってしまった。しかも18歳と比べて、19歳の投票率はより低いという状況です。
投票行動論では、加齢効果と粘着効果という2つの考え方があります。加齢効果というのは、若い時は選挙に行かなくても、年を重ねるごとにだんだんと選挙に行くようになることです。ですから今は投票していない若者も、年を重ねれば投票所に足を運ぶようになるかもしれない。
もう1つは、粘着効果という考え方です。これは、有権者が初めて選挙権を持った時に投票していると、その後も投票し続けるとするものです。つまり、選挙権を持った時点での投票率が高ければ高いほど、加齢効果も重なってその後は上がっていく。
なぜ今、高齢者の投票率が高いのかを考えると、彼らが初めて選挙権を得た時代が政治の季節だったからです。この2つの仮説から考えると、今の若年層はこれから投票に行くようになるだろうけど、粘着効果は働かず、今の中高年ほどの投票率には達しないだろうと予測できます。
若年層の投票率が年長世代より低いのはどの国も同じですが、他国のように直接的な政治行動へと波及しないのは歯痒いですね。
宇野 私は、『未来をはじめる』という都内の進学校の女子中高生相手に政治学の授業をした講義録を元に本を書いたことがあります。授業で印象的だったのは、すごく社会的関心が高くて、社会に積極的に関与し、何か役に立つことがしたいという意識が非常に強いにもかかわらず、政治にはかかわりたくない、と皆さんが言うことです。あんなに勉強がよくできて、社会的関心も知識もある生徒たちでも、やはり政治というものにすごく距離がある。
政治家だとか、あるいは各政党のイデオロギーであるとか、政治運動やデモなどいわゆる大文字の「政治」は、ものすごく遠いものと感じていて、それに参加するのは勇気がいるし、かかわりたくないと考えている。そういうものにかかわると、何か自分の穏やかな生活が、コントロールできないものに巻き込まれ、自分の平穏さが失われるような危機感があるという印象を受けました。
今の若い人たちは、非政治化の状況の中で、政治というものに対してコミットするのが非常に怖いことで、あまりイケていることではないと感じている。だから、投票行動にもなかなか結びつかないのかもしれません。
しかし、だから彼らは政治的関心がない、社会に対してコミットしていないと言うのは、短絡的な意見であって、彼らなりに社会へのかかわり方を考えていることは認めてあげたいと思っています。さりとて「いや、投票に行かなくていいよ」とは言えないわけで、やはり投票というものに対しての敷居の高さをどのように変えていくかが非常に重要な課題だと思っています。
ネット上での政治的な議論
堤林 大文字の政治にかかわりたくない、怖い、距離を感じるというのはおっしゃる通りだと思います。
僕は、ネットをあまりフォローしておらず、SNSをやっていないのですが、教室で得られる反応と、ネット上の反応は少し違うような気がします。西田さんいかがでしょう。
西田 そもそもネット上では、誰が若いのか若くないのか、男性なのか女性なのかが曖昧です。匿名で書き込むことができるので、多くの人が、ある意味で安全圏から、実名の政治家や政治的なオピニオンリーダーに対して発言できる特殊な状況にあります。それが本当は自然な姿なのかもしれませんが、日本の場合、ネットだけにその特殊な空間が広がっているような印象です。教室での発言は実名と紐付いていて、評価されるからこそ安心してできないという逆転現象です。
吉田さんから18歳の投票率が比較的高く、19歳の投票率は低かったというお話がありましたが、これは教育の問題が、やはり密接にかかわっているのだと思います。高校は準義務教育と言われますが、学校での教育を通じた先生からのある種の介入が効くということではないでしょうか。
一方、19歳になると、4年制大学への進学率が5割を上回るような水準です。例えば大学生たちに対して何かを言っても、あまり通じないと感じますが、他にも教育課程に組み込まれずに社会人生活を送っている人たちもいます。
このことは、見方を変えるとやはり教育的な介入をしつつ政治的主体をどのように育てていくかを考えなければいけない、ということを物語っているような印象を受けます。
日本においては、政治的主体とその在り方は不文律になっていました。教育と政治が中立であることに重きが置かれ過ぎていて、政治的主体を育てていくということに対する関心が乏しかったし、歴史的経緯もあって議論も少なかったのではないでしょうか。
堤林 なるほど。最近の若い人たちは、教室内ではやたらと「空気を読む」と言いますか、人を傷つけないようにすごく配慮するというケースが多いと思います。だから批判もしないし、議論も盛り上がらないケースもよくある。
一方、ネットでは匿名ということもあって、いろいろな意見が出てくるわけですよね。日本でも、政治的な運動、議論というのは、SNS上ではよくなされているんでしょうか。
西田 例えばMeToo運動を受けて、アジアでいろいろな形で独自派生していました。日本でも、女性がハイヒールを履くのが苦痛(KuToo)だ、履くことを義務付けられている職場もあるので、これをやめていこうという運動が立ち上がっていましたね。
それから、国会議事堂前のデモなどでも、インターネットと現場とを往復するような形で行われ、実際に北海道などで選挙運動に結びついた例もありますが、様々な形で展開されていたと見ています。
若い人たちが教室内で同調圧力が高くおとなしく見えるのは、もともと長時間拘束する学校空間がある上に、特にLINEのようなサービスで、密なネット空間に皆が常時つながっていることも影響しているかもしれません。最近、課題を皆でLINEでつなぎながら解くといったことをやっているようです。
和を乱さないとか、そこから弾き出されると生活に支障が出るような感覚が、もしかすると若い人たちの振る舞いや規範意識に影響を与えているのかなとも思います。
2021年10月号
【特集:主権者と民意】
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宇野 重規(うの しげき)
東京大学社会科学研究所教授
1991年東京大学法学部卒業。96年同大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。2011年より現職。専門は政治思想史・政治哲学。著書に『未来をはじめる』『民主主義とは何か』等。