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【特集:主権者と民意】
鈴木規子:EU市民の政治参加のこれから──ポピュリズム、コロナ禍を超えた展望

2021/10/05

  • 鈴木 規子(すずき のりこ)

    早稲田大学社会科学総合学術院教授・塾員

はじめに

日本でも2016年7月の参議院議員選挙から18歳以上の国民が投票する初の国政選挙が始まった。18歳といえば高校在学生も含まれるため、政府・与党は「主権者教育」の必要性を訴え、「私たちが拓く日本の未来―有権者として求められる力を身につけるため」という副読本を生徒に配布した。この頃から「主権者教育」や「シティズンシップ教育」といった言葉が取り上げられるようになった。

私は、フランスのシティズンシップ教育の取組みについて学校調査を行ってきたので、日本でこの教育がどのように取り組まれるのか関心をもってきたのだが、主権者教育にかかわる授業を受けた記憶がないと答える大学生がほとんどである。

しかし、彼(女)らが政治に興味がないわけでもない。例えば2021年度の授業(3~4年生対象)で、若者の投票率の低下の原因について話し合ったところ、「生活が豊かになり、社会への不満がなくなったから」、「若者の間に投票によって社会を変えられる実感が薄いから」投票しようと思わないのではないかといった意見が出た。対策としては、「政治は皆のもの、誰でも語っていいという雰囲気を作ることが必要」で、「普段から政治について関心を持たせるために、若者だけでなくその親や大人の協力」や「地域との連携」で改善できるのではないか、という意見、また、「大学に投票所を設置」したら投票する若者が増えるのではないか、というアイデアも出てきた。「若者の政治離れ」を嘆くばかりでなく、イギリスのB・クリックも強調するように、あえて考えさせる機会を与えることが重要であると痛感している。

ヨーロッパにおけるシティズンシップ教育

日本ではクリック報告書が出されたイギリスのシティズンシップ教育に注目が集まるが、実はヨーロッパ全体で1990年代半ば以降、この教育は広まった。中東欧諸国では民主化運動によって新しい政権ができ、EU(欧州連合)加盟を目指すなか、民主化を後押しするために欧州評議会が中心となって民主主義教育の内容や実践を紹介したり教員の養成を行ったりした*1

ヨーロッパでも先駆けて1880年代に公教育制度をつくり公民教育を導入したフランスにおいても、社会状況の変化を受け1985年に「公民教育の再興」をし、さらに「再活性化」させるため1994年にシティズンシップ教育が導入された。その教育は、国の制度や、権利や自由、平等、そして民主主義の概念を学ぶ公民科を中心に、それらの概念を他の教科や、学級会など教科外活動の中にも取り入れて生徒を市民として育成する活動で、生徒、教職員、校長が1つの学校共同体の一員として取り組んでいる。

しかし、この取組みが始まって4半世紀が経つが、必ずしも若者の選挙参加に結びついておらず、日本と同様、若者の投票率の低下に頭を悩ませている。フランスでは大統領選挙は直接選挙制のため関心が集まるのだが、2000年代以降投票率は低下している。2017年5月に実施された大統領選挙では史上最も高い25%という棄権率を記録し、とくに18~24歳では34%が棄権した。

新型コロナウイルス感染者が増え始めた2020年3月15日に実施された市町村議会選挙では、第1回投票の投票率が44.6%で、前回より約19%も低下しており、感染拡大によるロックダウンのため6月末に延期された第2回投票ではさらに下がって34.6%(前回比マイナス27.4%)であった。とくに18~34歳の有権者ではなんと72%が棄権した。このように、コロナ禍の選挙では、投票所へ足を運ぶ人は大幅に減少していることわかる。

35歳未満の投票率が上の世代と比べて低いということは、国の将来を担わなければならない若者の票が軽んじられることを意味するため、政治家たちは若者がよく使うソーシャルメディアなどで発信するようになっている。

若者は政治に無関心なのか?

投票は重要な政治参加の形態である。市民が1票を平等に有するため、普遍的な政治参加を保障している。もちろん、他にも多くの政治参加の形態が存在し、人々は声をあげることができる。しかしヨーロッパにおける代表制民主主義では、選挙は多くの人々の政治参加を可能にする唯一の形態である。それゆえ、市民個人が選挙に参加しなければ、民主主義は機能しなくなってしまう*2

はたして若者の投票率の低さは、政治への無関心の表れなのだろうか。「若者の政治離れ」の指摘に対して、ミュクセルは「若者は非政治的ではない」と述べている*3。彼女によれば、上の世代が経験してきた社会や政治とは状況が大きく異なっているので、伝統的に政治的活動の手段とされてきた政党や労組を拒否して、政治的に異なる態度を採用しているだけであり、デモを活発に行うなど自発的な介入をしているのだ、という。

フィガロ・エテュディアン(2015年12月9日)によれば、「若者は伝統的な政治参加を敬遠している」のだということだ。若者の半数近くが過去1年間でオンライン署名か、デモへ参加したことがあり、また若者の半数がアソシアシオンで活動しているか、これから活動しようとしているという。このことは、若者は政治に無関心なわけではなく、投票や政党活動といった「伝統的な政治参加」からは距離を取り、その代わりに、アソシアシオン活動や、インターネット上での署名運動や、デモへの参加といった新しい形の政治参加が進んでいることを示している。こうした変化は、フランス特有の現象ではない。

投票ではない政治参加の形

リスターとピア(2008)は、「選挙参加が今なお全般的に低下しているが、政治への関心は高まっている」という「1つのパラドクス」を指摘している(85頁)。彼らによると、ヨーロッパ7カ国(デンマーク、フランス、ドイツ、オランダ、スペイン、スウェーデン、イギリス)において1960年から2006年までに行われた国会議員選挙の投票率を比較すると、80~90%台の国々(デンマーク、スウェーデン、ドイツ)と、60%~80%台の国々(フランス、イギリス)との違いはあるが、全体的に投票率が低下している。同様に、1979年から2004年に実施された欧州議会選挙に関しても、投票率は全体的に低下しており、国会議員選挙よりも低かった。

この傾向は、すべての加盟国で共通しており、1979年から2014年の欧州議会選挙までの間、EUは加盟国を9から28へ増やしているが、加盟国平均の投票率は61%から42%へ下がっていた(図1)。

図1 1979年~ 2019年の欧州議会選挙の投票率(加盟国平均、下段は EU 加盟国数)

その一方で、政治に関心を持つ人の割合が増えている。リスターとピアは「世界価値観調査」の結果から、右記の調査対象国において、投票という「フォーマルな」政治参加ではなく、署名運動、ボイコット、合法的なデモ、建物の占拠などに参加する人の割合が増えていることを指摘している。投票ではない「インフォーマル」な政治参加は国によって異なっており、デンマーク、オランダ、イギリスでは署名活動が多いが、スウェーデンでは署名活動とボイコットへの参加、フランスではデモと建物占拠への参加、ドイツではデモと署名への参加が多い。このように、「インフォーマルな」政治参加は多様で、ヨーロッパの政治文化の違いを反映している。

スウェーデンでは当時14歳のグレタ・トゥーンベリが、2018年8月の総選挙を前にした金曜日に、大人たちに気候問題を訴えるため、国会議事堂前で座り込んで「気候のための学校ストライキ」を始めた。フランスで起こった「黄色いベスト運動」は、2018年5月に市民たちが燃料価格の引き下げを求めるオンライン署名を提起したことをきっかけに、SNS上で抗議への賛同が拡散し、運転手の安全対策用の黄色いベストを着てフランス各地の道路をバリケードで封鎖する抗議活動が呼び掛けられた。11月にはフランス全土で約30万人が参加する抗議活動となり、その後毎週土曜にデモが組織されて、若者を含む多くの人々がデモに参加した。彼らの抗議活動は、その国の政治文化から生まれた政治参加の形なのである。

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