【特集:主権者と民意】
鈴木規子:EU市民の政治参加のこれから──ポピュリズム、コロナ禍を超えた展望
2021/10/05
若者が「インフォーマルな」政治参加を選ぶ背景
ヨーロッパの若者が投票以外の「インフォーマルな」政治参加を選ぶのはなぜなのか。
仏国民教育スポーツ省の国立青少年・社会教育研究所(INJEP)が2021年3月に出した報告書「若者からの試練を受ける民主主義:政治的な世代(再生)?」によると、1981年から約10年ごとに行われる「ヨーロッパ価値観調査」から、この40年の間に世代によって民主主義との関係性に動きがあるだけでなく、これらの変化を市民の価値観の体系に組み入れてみるとその変化の原因を把握できるという。2018年の第5回調査から、フランスの若い世代は、民主主義制度が不平等をなくし、生活条件の悪化するリスクの予防に対応できていないと感じて同制度へ不信を募らせていることを示している。
詳しく見ると、18~29歳の94%が民主主義体制を支持している(前回調査よりプラス6ポイント)が、同時に58%が非民主主義的な体制を好んでいる。その内訳は、①政府よりも専門家による決定を望む人が58%(プラス8ポイント)、②議員でなくても強いリーダーを望む人が23%(変化なし)、③軍事体制を望む人が18%(プラス8ポイント)であった。とくに、①と③に関しては全世代平均よりもそれぞれ10ポイント、5ポイント上回っていた。
この非民主主義的な政治体制を好む傾向は、フランスだけでなく世界中でポピュリスト政治家が台頭し、権威主義を強める政府が支持されるなど、民主主義を後退ないし変容させる事態としてすでに表れている*4。若者が民主主義に対してこのように矛盾した考えを表すのはなぜなのか。INJEP報告書によると、民主主義体制の中で批判的な若者たちは格差是正や平等を要求するが、経済危機下ではそうした要求が満たされないため、政治家や民主的機能に対する信頼に影響を与えてしまう。こうして民主主義制度に対する不信が、政治的後退という感情にとどまらず、生活条件を平等化するため社会保障分野にもっと介入する国家を求める表れにつながるという。
つまり、2008年のリーマン・ショック以降続く経済危機が深刻なヨーロッパでは、貧富の格差が拡大し社会的弱者が増加しているが、その状況に対処できない政府に対する憤りや失望を市民が感じている。とくに、その危機下に育ってきた若者たちは、うまく対処できない政治体制を支える代表制民主主義への不信を募らせ、従来とは異なる新しい民主主義を希求する思いが強い。それが若者たちの間で、署名やデモ、ボイコットへの参加など、「インフォーマルな」政治参加によって表れているのである。
興味深い点は、若者たちが、他者に寄り添う利他主義の価値を肯定的に表明していることである。これは、今日の若者たちは政治的・社会的・経済的な危機的状況しか知らないため、全体的に不信を抱いているものの、人道主義や平和維持、公民精神に基づいた奉仕活動が飛躍的に伸びているというミュクセルの指摘と重なる。彼らの奉仕活動の特徴は、規範が緩く、実践的だが、常に参加するのではなく臨時に関わり、地元に根差しながら世界とつながっている点にある。
こうした若者の「インフォーマルな」政治参加が注目を集めるようになったのは、2011年に起こった反格差を訴える抗議行動「ウォール街を占拠せよ」だが、それに先駆けてスペインでは政治腐敗に反発した「怒れる者たち」という市民運動が、デモ活動を活発化させていた。彼らは政治グループ「ポデモス」を結成し、政界へ進出している。グレタ・トゥーンベリの毎週金曜の学校ストライキは、「未来のための金曜日」としてSNSで広がり、半年後には世界125カ国で100万人以上の学生が参加するデモとなった。その他、最近では黒人に対する暴力反対を訴える「#Black Lives Matter」、女性差別を訴える「#MeToo」運動など、若者の公民精神に基づいた政治活動はSNSで世界に広がって展開している。
2019年欧州議会選挙での若者の投票
ヨーロッパの若者たちの環境対策に対する政治活動は、現実の政治に影響を及ぼし始めている。2019年5月末にEU加盟各国で実施された欧州議会選挙では、とくに独仏を中心に環境政党が大幅に議席を増やした。さらに、投票率が20年ぶりに50%を超えたことも注目された(図1)。
環境政党の躍進と投票率の上昇の原因として、多くの若者が投票したこととの関連性が指摘されている。選挙直後のフランス・キュルチュールの放送(6月6日)によれば、18~24歳では有権者の39%(前回選挙よりプラス15%)、25~34歳では40%(プラス10%)が投票したことが、環境政党の得票率を25%に押し上げた要因として指摘されている。
このことから、若者も「フォーマルな」政治への参加をあきらめたわけではなく、彼らの政治意識に合う投票したい政党さえあれば一票を投じると考えられる。
なお、選挙前の予想では、2014年の欧州議会選挙で仏英を中心にヨーロッパ各地で第一党を奪ったEU懐疑派の躍進が懸念されたのだが、さほど議席を増やさなかった。EU懐疑派やポピュリスト政治家の動きは今後どうなるのだろうか。
おわりに――ポピュリズム、コロナ禍を超えた展望
2020年に入って世界中に蔓延した新型コロナウイルスの感染拡大は、いまなお収束の気配が見えない。しかも、コロナ禍でヨーロッパへ渡航できない中、EU市民の政治参加を現地で調査することもできないため、「コロナ禍を超えた展望」という編集部の問いに答えることは難しい。そこで、ヨーロッパ在住者の便りを参考にしてみたい。
ベルリン在住の作家、多和田葉子によれば、コロナ禍でポピュリストたちが大幅に支持者を失っているという。ポピュリストの活躍の場であるソーシャルメディアではなく、新聞と国営放送を信用する人が増えていることがその背景にあるようだ(朝日新聞、2020年4月14日)。
2017年のドイツ総選挙で第3党に躍進し、初めて連邦議会に94議席も獲得した「ドイツのための選択肢(AfD)」は、2019年の州議会選挙でも独東部で大躍進し、ザクセン州では27・5%も得票した。ところが、2020年の世論調査では支持率が9%台に激減し、「パンデミックがドイツの極右政党AfDの人気をへこませた」(NPR、2020年12月29日)という報道もある。2021年8月20日に発表された世論調査では、メルケル首相の所属するCDU/CSUの「同盟」が23%、社会民主党が21%、緑の党が17%、自由民主党が13%であったのに対し、AfDの支持は11%で第5位にとどまっている。メルケル首相が引退する本年9月の総選挙の行方が注目されるが、6月の州議会選挙でAfDを抑えてメルケル首相の与党が勝利したことから、総選挙でも与党勝利が予想される(BBC News、2021年6月7日)。
また、多和田(朝日新聞、2021年5月24日)によれば、ベルリンではコロナ感染拡大を防ぐロックダウンによって、移動の制限や夜間外出禁止など、個人の生活に法的規制がかかる中、デモをする権利は禁止されていないという。事前に申請し、マスクをしながら間隔をとって歩けば問題なく、多和田自身も反原発デモに参加したそうだ。先述のようにドイツでデモへの参加が多かったのは、こうした背景があるからだろう。コロナ禍でも政治文化が尊重されていることは強調しておきたい。
最後に、本稿で紹介したヨーロッパにおける政治参加からは、若者の棄権率の上昇は、確かに代表制民主主義にとって問題ではあるが、若者による「インフォーマルな」政治参加は民主主義への新しい参加形態として注目される。それは悲観的なものではなく、むしろ彼ら流の政治的関心の表出として見直すべきであろう。
*1 鈴木規子(2013)「フランス共和制と市民の教育」、近藤孝弘編『統合ヨーロッパの市民性教育』(名古屋大学出版会)103-119頁。
*2 Michael Lister, Emily Pia (2008). Citizenship in contemporary Europe. Edinburgh University Press, pp.80-106.
*3 Anne Muxel (2003). “Les jeunes et la politique: entre héritage et renouvellement”, Empan, 2003/2, no50, pp.62-67.
*4 例えば、川中豪編(2018)『後退する民主主義 強化される権威主義』(ミネルヴァ書房)を参照されたい。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2021年10月号
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