【特集:地方移住の現在形】
座談会:地域の可能性を育む 自分らしい移住
2021/07/05
会社員として壱岐に赴任
玉村 次は中村さん、お願いします。
中村 僕は2006年にリクルートという会社に新卒で入り、一貫して会社の中で組織変革を仕掛けていくことに取り組んできました。大体3、4年周期で自分で組織や仕事を創り出しながら、挑戦を重ねてきています。
長崎・壱岐への移住のきっかけというのは、3年ほど前、新しい仕事のテーマを探していたときに、半分仕事で訪れた長崎県壱岐市が、ちょうどSDGs未来都市の認定を受けて様々な実証実験に乗り出していたところでした。
こんな自治体があるんだと思って感動したのと、実は僕は釣りが趣味なのですが、釣り好きにとって壱岐というのは聖地みたいな場所なので、ここに住めたら最高だなと思いました(笑)。そして市の未来や課題について話を進めていく中で、市の人口が2万6千人ということにピンと来ました。実は当時、僕がエンゲージメントを核とした組織開発の対象と捉えていたリクルートの国内事業の社員数が同じ2万6千人だったんです。ということは、市民を一つの組織と思えば、市民のエンゲージメントを開発していくこともできるのではと思ったのが、移住と仕事を結びつけて考えた最初でした。
そこから準備期間を経て、仕事の母体になる新しい組織を人事組織の中に立ちあげ、リクルートの仕事として長崎県壱岐市に行くことになりました。そこで玉村先生にご相談に行った際に、「地域おこし企業人制度(地域活性化起業人制度)がある」ということを教えていただき、その枠組みを活用して壱岐市役所職員の肩書もいただきつつ、リクルート社員としても働いています。
さらに、壱岐市に納税しつつ、自分が持っている組織開発の知見を社会に還元したいと考え、壱岐に友人と株式会社Colere(コレル)という会社を立ち上げています。そちらは今、副業やプロボノとして20名ほどの方々に関わっていただいていますが、全世界5つのタイムゾーンから、全員がフルリモートで参画しており、ほとんどの人が1度もリアルでは会ったことがないという不思議な形でコンサルティング事業をやっています。
さらに今、玉村先生の下で大学院生にならないかという話もいただき、気軽に入ったんですけど、忙し過ぎて大変な思いをしています(笑)。そういう形で今、長崎県壱岐市を舞台にいろいろとわらじを履かせていただいているという感じです。
鶴岡で起業する
玉村 お待たせしました、山中さん、お願いします。
山中 僕は2008年にSFCを出た後、三井不動産に入社しました。デベロッパーをずっとやっていて、ショッピングセンターの開発に携わり全国を飛び回っていたんですが、ある時、もうこれ以上日本にショッピングセンターは要らないんじゃないか、と思ってしまったんですね。
とはいえアジアにショッピングセンターをつくることには興味が持てない。それで、課題先進国の日本から次の社会像を示せるような事業に携わること、自分自身が生める最大限の価値を社会に創出したいと思い、三井不動産を辞めて転職活動をしていた時に、冨田勝教授のご縁で、スパイバーという鶴岡で人工的にクモの糸を作る会社を紹介してもらったんです。
何も知らずに、初めて山形・庄内に来た時、もう空気がきれい過ぎて、これだと思った(笑)。スパイバーが何をやっている会社か深く理解しないまま直感で移住したのですが、冨田さんも、スパイバー社長の関山和秀さんも地方から世界水準のイノベーションを生み出すことに尽力されており、その行動力に刺激を受け、自分もこの場所であればゼロから挑戦できると感じ、移住したのが始まりです。
スパイバーに所属したのは2カ月だけで、いきなりヤマガタデザインという会社を立ち上げることになりました。慶應の先端研(先端生命科学研究所)は「鶴岡サイエンスパーク」というところの田んぼの中にあるんですが、行政財源が縮小する中、なかなか手を付けられなかった未整備地を民間主導で開発することから始めました。
今、私の会社は、地域のまちづくり会社として課題を解決する事業をデザインすることによって次世代がワクワクする未来をつくることを目指しています。グループ全体でエクイティ資金を34億円調達しており、地域のお金半分、外からのお金半分といったハイブリッド資金で、観光・教育・人材・農業の4つのカテゴリーで8つの事業に取り組んでいます。
NHKの全国ニュースでも取り上げていただきましたが、直近では、ぜひ大津さんにも使っていただきたい農業用の田んぼの自動抑草ロボットの開発を推進していたり、農業に関する事業ではその他、生産や人材開発にも取り組んでいます。
当社事業で一番有名なのは「スイデンテラス」というホテルですが、私自身はホテル屋さんになりたいとはまったく思っていなくて、事業を通じて課題を解決したい意欲が強いんですね。自分の親世代で、日本の未来が暗いと言っているコメンテータに一泡吹かせてやりたいと思いながら、いろいろな事業を楽しくやっています。
玉村 皆さんのお話しにあったように、地方には「つまらない未来」があるのではなくて、「ワクワクする未来のキザシ」がたくさんあると思います。また、課題というのは挑戦できるもので、挑戦してこそ面白いことができる。そこにエネルギーが出てくる、その楽しさがあるからそこにいるんですよね。それを実感しないと、地方というのは何か大変な世界だと思ってしまう。今日の前提はちょっと違うんだ、ということを改めて思いました。
地方のコミュニティの難しさ
ERI 山中さんのところは育児支援もやっているんですよね。若い人が来て子どもを産むわけですから、子育てというものに目を付けられたところはすごく大きいと思うんですね。
山中 地域の株主さんの理解もあって、「キッズドーム・ソライ」という子どもの教育施設をつくったんです。ここには児童館と学童保育と保育園の機能があり、学童では、鶴岡市内の15の小学校のうち12校から児童が通ってきます。
私が常々思うのは、本来、行政は若い世代にお金を使うべきなんですが、今、行政の財源は硬直化していて、目先の医療や福祉系にお金を出さないといけないので、若い世代にまわるお金は削減される傾向にあります。若い世代にとっての魅力あるまちづくりといった時に、行政機能の限界があると思うので、そこを代替する民間のサブシステムとして、教育に対してお金を回せないかと思っています。
児童館の運営、学童の運営、保育園に加え、「ソライでんき」という電気事業を立ち上げ、地域の企業の電気の契約を全部、地域の教育に充てるようなプロジェクトもやっています。どうしても子どもの数が多い都市部のほうが教育環境がいいというところがありますが、地方においても、教育環境の充実に民間がかかわることはすごく重要な課題だと思っています。
玉村 課題にアプローチするだけでなく、そこで得てきたお金をさらに地域の課題に使っていくような仕組みまで整えていこうというところが面白いですね。
そういったことは、おそらく住まわれてきたからこそ見えてくる地域の課題やそこの人の関係性があって、その中でこの仕組みを整えてみると、実はこんなふうに変わるんじゃないかといった実感を得ることもできているのではないかと思います。
山中 実はこちらにきて一番びっくりしたのは、地域同士って仲が悪いですよねということ(笑)。何でこんなに分裂しているんだろうと。
だから地方都市に住んでよくわかったのは、コミュニティの良さもあれば難しさもあるというところです。だからこそ、今、大南さんがやられているようなことや、大津さんや中村さんがやられているイノベーションを起こすことが、地方全体ではやりづらい環境にあるんだと思います。
逆にイノベーションが地域側で生まれるようなコミュニティの整理が必要なのかなと思うんですね。そのリーダーシップを取るのが行政なのか、大南さんがやられているような地域に根づいたNPOなのか、いろいろあると思うんですけど、これができるだけでもっと若者の移住は進むだろうなと思うのです。
僕は今、「ショウナイズカン」という人材紹介、Uターン、Iターンのサイトもやっているんですけど、Uターンの人は、親とか先生といった世代の大人と相談するんです。でも、親は地域の悪口を言う(笑)。だから自分の育った地域に対して不信感を持っている若い世代も結構多いんですね。
それで戻ってくると、さらにコミュニティの渦に巻き込まれて失望していくようなことを見ているので、そういうのはすごく不毛だなと思っています。人はどんどん減っているんだから、もっと外を前を未来を見たほうがいいんじゃないかなと思っているんです。
玉村 わかります。ある自治体との共同研究では、子どもが戻ってくるかは親が影響しているということがありました。地域に可能性を感じない、と親が感じていると子どもに影響してくる。従来とは違う、地域の未来に可能性を実感できるかどうかが重要ですね。
2021年7月号
【特集:地方移住の現在形】
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