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【特集:地方移住の現在形】
移住者が取り組む「教育×地方創生」──能登高校魅力化プロジェクトの今

2021/07/05

  • 木村 聡(きむら さとし)

    石川県立能登高等学校魅力化コーディネーター・塾員

「課題先進地域」能登町

能登は近いうちに消えて無くなる。2014年5月に民間研究機関「日本創成会議」(座長・増田寛也元総務相)が報告した増田レポートで、石川県の能登半島は、9つの自治体のうち8市町が「消滅可能性都市」とされた。そのなかでも半島の先端近くに位置する能登町は、1990年に2万8千人だった人口が30年後の2021年5月現在では1万6千人までおよそ四割も減少した。さらに20年後の2040年には現在のおよそ半数の9千人弱、2060年には約4千人にまで減少すると予測されている(国立社会保障・人口問題研究所の推計)。

1970年に過疎地域対策緊急措置法が国会で成立し、地方で進む急激な人口減少を食い止めるべく政府が過疎問題と向き合ってから50年が経つ。しかし離島・中山間地域の多くの自治体が人口減少を止められずに今に至っている。そして2015年の国勢調査では日本全体の人口がついに減少に転じた。これから日本のほとんどの地域で人口が減少する時代に突入した今、能登町は時代を先取りする「課題先進地域」とも言える。

こうした一見深刻な状況にあっても、町には豊かさがあふれている。能登半島の東側は富山湾に面し、半島内部は標高300メートル程度の丘陵地帯が広がる。山海の幸に恵まれ、その恵みを活かした第一次産業が盛んだ。澄んだ水によって育てられたお米や日々水揚げされる新鮮な魚介類、それらを上手に活かす発酵・醸造食品など、豊かな「食」はこの町に住む人や訪れる人の心を満たしてくれている。

能登との出会いと移住

筆者は2018年3月に東京から能登町に妻子3人とともに移住。町が推進する「能登高校魅力化プロジェクト」に参画するため、民間企業を退職し「地域おこし協力隊」として着任した。地域おこし協力隊とは、都市地域から過疎地域等の条件不利地域に移住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、定住・定着を図る総務省の取り組みである。隊員は1年以上3年未満の任期で各自治体の委嘱を受けて活動する。

もともと能登に縁があったわけではない。1999年に慶應義塾大学商学部を卒業し、日本ガイシ株式会社に入社。2005年には株式会社ベネッセコーポレーションに転職して、のちにベネッセ教育総合研究所の研究員となった。日本の教育の現在と未来を調査・研究するなかで「高校魅力化プロジェクト」と出会い、教育で地域課題を解決しようとするプロジェクトの主旨に共感して、継続的に関心を持つようになった。

一方、2005年にNPO法人田舎時間が主催する石川県穴水町岩車地区での田舎体験プログラムに参加して能登と巡り合った。「田舎時間」に参加するまで能登のことはほとんど知らなかったが、田植えや稲刈り、牡蠣の養殖作業など、能登の人と一緒に汗を流し、お酒を酌み交わして対話するうちに、自然の豊かさや美しさ、出会う人々の面白さや生き方など、能登の魅力に引き込まれてしまった。気づけば年3、4回も能登に通うようになり、いつしか「能登で暮らしてみたい」と願うようになっていた。

高校の統廃合が地域に与える影響

人口減少・少子化が急速に進む現在、高校の統廃合が全国的に行われている。現在1年間に統廃合される高校は50校ほどと言われ、単純計算すれば10年間で6~7校に1校は高校がなくなることになる。統廃合が進むのは少子化が著しい離島・中山間地域や地方都市の高校で、地域にとっては通学圏に唯一あった高校が廃校となる恐れがある。そうなれば公共交通機関で通うことが容易ではなくなり、高校入学時の15歳から住み慣れた町を出ていくことが当たり前の地域となってしまう。また、町内に高校がないことは子育て世代の移住定住に対する心理的ハードルを高める。家族の幸せを求めて移住した地から我が子が15歳で出ていかざるを得ない、あるいは家族で高校のある自治体へ再度移住せざるを得ない。そんな地域が子育て世代から選ばれる可能性は極めて低いと言える。

地域にとってとても重要な存在である高校を未来に残していきたい。地域の教育政策の枠に留まらず、移住定住促進や地方創生の政策としても全国で取り組まれているのが「高校魅力化プロジェクト」だ。これは、おもに少子化が著しい離島・中山間地域の高校を、子どもたちや地域にとって魅力的な「通いたい」「通わせたい」学校にして、未来の地域社会を担う人材づくりの場としていこうとする政策である。2008年から島根県立隠岐島前高校で始まった取り組みを発祥とし、2010年代から全国各地に広がったこのプロジェクトは、今では全国70校以上の高校と地域が取り組むまでに広がりを見せている。

さらに、北陸大学経済経営学部の藤岡慎二教授(当時)と慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の中島有希大特任助教(当時)の共同研究(2019年)によれば、石川県立能登高等学校が能登町に与える経済効果は年間21億円と試算された。これは能登町全体の経済規模450億円のうちの5パーセントに相当する大きさである。高校の存在が地域の経済活動にも大きな影響力を持っていると明らかになり、高校魅力化プロジェクトは一層注目を集めている。

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