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【特集:地方移住の現在形】
移住者が取り組む「教育×地方創生」──能登高校魅力化プロジェクトの今

2021/07/05

町に唯一の高校を未来に残す取り組み

筆者が能登町に移住したのは、能登が「いつか暮らしてみたい」場所だったことに加えて、関心を寄せ続けていた高校魅力化プロジェクトがこの町でも立ち上がったからに他ならない。公私において能登に移住する理由ができたことは自分にとって運命的だった。

能登町が2016年から挑戦しているこのプロジェクトの根底にあるのは、町内唯一の高校である能登高校入学者の減少トレンドと、高校が消滅した時に失われる町の活気や賑わい、そして経済的損失に対する大きな危機感である。

子育て世代の人口流出に伴って児童生徒数は減少を続け、町内にかつて存在した3高校1分校は統廃合を繰り返し、2009年には能登高校が町内唯一の高校となった。1校となった後も生徒数は減少を続け、能登高校開校当初は4クラスあった定員も2クラス80名まで減少。だがそれでも定員を満たすことが困難となっている。

これ以上の生徒減が続けば近い将来、高校の存続が危ぶまれることは明白だった。また、町内に高等教育機関や大きな雇用を生む企業が少ないことや、生まれ育った地域に対する愛着を持てぬまま若年層が町を出ていくことで、地域社会の担い手となる若年層の定住やUターンが見込めず、町の活気はますます失われていった。

こうした危機的状況を乗り越えるべく、能登町は県立高校である能登高校と行政組織の壁を越えて協働し、高校の存続・発展とこの町の未来を担う若い「人財」を育てるため、2016年から「能登高校魅力化プロジェクト」をスタートさせた。同時に、高校から1キロほど離れたところにある旧公民館を改装した建物で「町営まちなか鳳雛(ほうすう)塾」の運営を始めた。

まちなか鳳雛塾の役割は大きく2つある。1つは生徒の希望進路を実現するための学力支援と学習環境の充実だ。能登町には都会ではあって当たり前の予備校や学習塾はない。高校生に放課後の学習機会を提供するこの塾は教育機会の地域格差を埋める存在であり、子育て世代が抱く教育環境への不安感を和らげている。現在運営に関わる5名のスタッフは東京外国語大、立命館大などを卒業し、都市部の学習塾での指導経験や教員免許を持った実力ある面々。経験と個性を活かして生徒の学力に合わせた個別支援を行っている。また、能登高校と密な意思疎通を図って生徒の学習や進路選択の支援、受験指導、推薦入試対策などに当たっていることも町営塾ならではの特徴と言える。

そしてもう1つの役割は、生徒たちが地元の自然や文化、産業についてよく知り、その豊かさや魅力に気づき、将来的に地域のために活躍する人財になるよう育成することである。この取り組みを「地域学」と称して、地域を素材にした問題発見・問題解決型学習や、多様なゲストを招いた講演会の開催などに取り組んでいる。

地域を学ぶことの価値

本プロジェクトが積極的に取り組む地域学について、事例を2つ紹介したい。1つは「総合的な探究の時間(総探)」である。「総探」とは学習指導要領の改訂にあわせて実施されている授業で、能登高校では問題発見・解決能力や価値創造力の育成を狙いとして取り組んでいる。筆者は「魅力化コーディネーター」として、ルーブリック(学習到達度を示す評価基準)の作成やカリキュラム作成を支援し、能登高校の先生方と協力して各回の授業を設計している。総探で生徒が向き合うのは地域課題。人口減少下の「課題先進地域」である能登町には生徒にとって身近で未解決の問題・課題が山積している。能登町が実際に直面している社会問題を発見して課題意識を持ち、高校生なりの解決策を模索する、そんな探究活動に取り組んでいる。

もう1つは「鳳雛ゼミ」だ。能登高校と連携し、ふるさと教育やキャリア教育、問題発見・解決力の育成を狙いとするアクティブ・ラーニング型課外講座で、筆者が講座設計とファシリテーターを務めている。能登の現状を学び、魅力と課題を認識した上で問題解決策を考えるこの講座では、能登の「里山」「里海」「地場産業」に関する幅広いテーマを取り扱う。参加するのは自主的に参加を決めた意欲的な能登高生と地域の大人たち。学校や仕事が休みの週末に4時間近くかけて行うこの講座に、毎回20名近い参加者が集まる。

2019年11月に開催した鳳雛ゼミでは「能登の里山×獣害~なぜ能登でイノシシが増えているのか~」をテーマとした。イノシシなどの獣害が目立ち始めた能登の現状に目を向け、「私たちはイノシシと共に生きていくためにどんな持続可能な対策を打つことができるのか?」という問いの下、まず5種類の資料をジグソー法で読み取る。その上で生徒と大人が資料内容と問いについて話し合い、解決策を文章で表現した。ゲストスピーカーには能登で活躍する女性猟師を迎え、この仕事を選んだ理由や苦労、害獣を地域資源として利用する取り組み、そして能登への熱い想いを聞いた。地域の未来に対して前向きな大人の存在に刺激を受けながら、生徒は「なりゆきの未来」ではなく「意志ある未来」のつくり方を学んでいく。

こうした地域学の取り組みで、「自分たちの町には何もない」と感じていた生徒たちは、能登が豊かさと魅力にあふれた土地であると認識する。と同時にこのままでは生まれ育った地域が消滅してしまう可能性もリアリティを持って迫ってくる。ありのままの地域の姿と向き合うことで、生徒は自分の将来と地域の未来を主体的に考え行動するようになる。これが地域学の持つ価値だと考えている。

地域での学びを深めた卒業生たちの今

本プロジェクトが始まって5年、町民からは町営塾に関して「ていねいに教えてもらえる」「塾があるのは安心」などの嬉しい声をいただく。また能登高校についても「面白い勉強をしている」「以前よりも生徒が地域のことを考えてくれている」など、変化が感じられる声を聞く。いずれも能登高校の生徒や先生の日々の努力の賜物だが、本プロジェクトの取り組みも僭越ながらその一翼を担っていると自負している。能登高校の入学者数は2016年度52名から2019年度74名に、地域の少子化が進んだ2020年度でも67名、2021年度59名と、プロジェクト開始時期の入学者数を下回っていない。加えて2016年度に3割を下回った町内中学卒業生の進学率が、2020年度では4割台に向上している。奥能登2市2町にある県立高校5校が2016年度から入学者数を軒並み3~4割減らしている現状にあって、入学者数が増加に転じている能登高校は特筆すべき状況にある。

また、卒業後の進路では大学進学者が増加傾向にある。大学受験に必要な学力を高校や塾スタッフのサポートを得てコツコツと身につける生徒が増えたことに加えて、地域学を通して「なぜ大学に行って学ぶのか」という進路選択への主体性や目的意識が育まれていることもその要因であろう。一昨年卒業した生徒は「奥能登の地域医療に従事したい」との想いを胸に、1年間の浪人生活を経て自治医科大学に入学した。能登高校から医学部への合格は初めてのことだ。また昨年度卒業した生徒は地域学で学んだ地域衰退の現状と能登の里海への興味関心を軸にして、「将来は持続可能な水産業の構築を生まれ育った町で実現したい」という夢を抱き、県外私大の海洋学部に入学した。

また地元就職者にも興味深い進路選択があった。在学中に鳳雛ゼミを毎回受講していた生徒は、これまで身近な大人や先輩たちから「何もない」と聞かされていた能登町が、じつは「魅力」と「可能性」に満ちた場所だと気づいたという。公務員志望だった彼女は複数の採用試験に合格したが、最終的に選んだのは地元「能登町役場」だった。魅力あるこの町にもっと移住・定住者や観光客を増やして地域を活性化したい、というのがその理由だ。生まれ育った地域に対する熱い想いを持った未来ある若者が、少しずつではあるが、しかし確かにこの町に育ちつつある。

若者から選ばれる存在であり続けるために

能登高校魅力化プロジェクトは能登高校と能登町役場、地域の方々、そして生徒たちの努力と行動によって、この5年間着実に進化を遂げてきた。その成果については先に示したとおりである。しかしながら能登町を含む奥能登2市2町の人口減少・少子化には一向に歯止めが掛からない。能登高校の通学圏内に居住する2021年度中学3年の生徒数は2016年度と比較して約3割減少する見込みだ。これまでは能登高校の魅力を地元の中学生や保護者にアピールすれば定員に近い入学者数を見込めたが、今後はそうはいかなくなる。そしてこれ以上の定員減、学級減(1クラス化)は統廃合の検討対象となってしまう。

そこで本プロジェクトが未来を見据えて取り組みを開始したのが「地域みらい留学365(高2留学)」である。これは内閣府が令和2年度から事業を開始した日本で初めての国内単年留学制度で、能登高校は初年度実施12校のうちの1つに採択された。豊かな里山里海が広がる能登での学校生活を全国にアピールして留学生を募集している。初年度には大学で水産を研究したいという香川県の普通科高校の生徒が留学し、能登高校の特徴である水産コースで学んでいる。また在校生にとっても、少人数で同質化・固定化しやすい人間関係に刺激を与える存在となっている。

全国では高校魅力化プロジェクトの広がりとともに一般的になりつつある県立高校の県外生募集だが、石川県は一部の高校を除いてまだ認められていない。そのため、まずは「高2留学」で実績と受け入れ経験を重ね、将来の「3年間留学」に取り組む足掛かりにしたいと考えている。この取り組みは石川県議会でも取り上げられ、県教育長から県外生募集について前向きな言及があった。能登高校の魅力をさらに高め、全国から能登で学びたい生徒が集まってくる。能登高校魅力化プロジェクトはそんな未来に向けた新たな一歩を踏み出したばかりである。

筆者自身は能登町地域おこし協力隊の任期3年間を終えて、現在は町内のまちづくり会社に籍を置き、町から引き続き「魅力化コーディネーター」の任務をいただいている。進化し続けるこのプロジェクトでは新たな仕事が次々に生まれ、その遂行は難儀なこともあるがやりがいも大きい。この先も、高校生が主体的に学び、1人1人が希望する進路実現をサポートしていくとともに、「地域みらい留学」を軌道に乗せて、能登高校と地域の存続と発展に貢献していきたいと考えている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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