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【特集:地方移住の現在形】
「関係人口」創出が地域の人材を育成する──岩手県花巻市の地域外との関係構築

2021/07/05

大償神楽(花巻市)
  • 吉田 真彦(よしだ まさひこ)

    岩手県花巻市総合政策部秘書政策課主査・塾員

増田寛也による「消滅可能性都市」の提唱を皮切りとした日本の人口減少問題に対し、政府は、2014年制定のまち・ひと・しごと創生法に基づく「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(以下、「総合戦略」という)を策定し、東京一極集中の是正と地方への人口還流を促す移住促進施策を進めている。

この動きに合わせて、全国の都道府県、市町村でも、地方版総合戦略が策定され、移住・定住に関する金銭面の支援、自治体の魅力発信等の取り組みが行われてきた。

しかし政府は、2015年度から2019年度の「第1期」における取り組みについて、「人口減少の歯止めや東京一極集中の是正、成長力の確保が目指されてきたが、十分な成果が上がっていない」と総括し、2020年度からの第2期総合戦略に「関係人口」の創出・拡大という方針を追加した。

総務省によれば、関係人口とは、「移住した『定住人口』でもなく観光にきた『交流人口』でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々」である。さらに、若者を中心にこうした人材がすでに地方に入り込んでおり、地域づくりの担い手となることが期待されているとする。

筆者が勤務する岩手県花巻市では、人口減少問題に取り組む中で、地域外から花巻市に関わる者を増やすための接点づくりに取り組んできた。

本稿では、岩手県花巻市による地域外との接点づくりの取り組みと、筆者が本塾政策・メディア研究科修士課程の在学時に行った「通い神楽」の研究を概観し、関係人口の創出について「地域の人材を育成する」という観点からその意義を考えてみたい。

岩手県花巻市の概要と人口動態

岩手県花巻市は、岩手県の中央部に位置し、2006年に花巻市、大迫町、石鳥谷町、東和町の1市3町が合併して誕生した。県内唯一の空港所在地であり、東北新幹線の駅を有する他、首都圏まで接続する東北自動車道のインターチェンジを複数有する岩手県の高速交通の要衝である。また、12の温泉が湧く東北有数の温泉地でもある他、詩人・童話作家である宮沢賢治の出身地であり、また100件を超える民俗芸能が保存されるなど、文化・歴史の香り高いまちである。

花巻市の総人口は2000年の107,175人をピークに人口減少が続き、2020年には、94,601人に減少し、2015年度に策定した花巻市人口ビジョンの想定よりも人口減少が進行している状況にある。

花巻市では、政府が打ち出した「まち・ひと・しごと創生」の取り組み方針を受けて、2015年に花巻市まち・ひと・しごと創生総合戦略を策定し、移住・定住促進の取り組みを開始した。

具体的には、市内の空き家の利用希望者とマッチングする空き家バンク制度や、県外からの移住に係る費用を支援する「定住促進住宅取得等補助金」、子育て世帯における親等との近居・同居に係る費用を支援する「子育て世帯住宅取得奨励金」等の支援策を整備する他、移住・定住に関する情報を発信する「いいトコ花巻」や、子育て支援情報を発信する「ママフレ」など、ウェブサイトを活用した情報発信を行ってきた。

こうした事業は、「まち・ひと・しごと創生」の流れの中で、全国の市町村でも展開されているが、花巻市ではこうした施策を展開すると同時に、地域外との関係を多方面で作るための取り組みを進めてきた。

図 1 岩手県花巻市の総人口動態(H27-R2)(花巻市作成)

花巻市による地域外との関係構築の事例

ここで、花巻市による地域外との関係づくりについて、2つの事例を紹介する。

1つ目は、総務省の各地域で地域協力活動を行う人材である、地域おこし協力隊(以下、「協力隊」という)と地域との接点づくりである。

花巻市では、「協力隊員のミッションの明確化」、「協力隊の任務に関わる地域住民との関係構築の機会創出」を重視した募集活動を展開している。具体的には、協力隊員のミッションの明確化や地域住民も参加しての首都圏での募集説明会、応募希望者対象の現地ツアー開催、ミッションに関連する副業の許可といったものがある。

これは、着任後に、スムーズに地域に入るための入り口を作るためだけではなく、隊員在任期間の3年間を、地域やミッションに関わる人との協力関係を構築することを意図したものである。

2021年には、新型コロナウイルス感染症が拡大する状況の中で、市と地域住民、協力隊の志望者による複数回のオンラインサロンを実施した。これは、花巻市の資源を、「自分ならこう活用する」といった議論を行い、地域の人々と課題を考え、協力隊の志望者が行おうとする活動、すなわち協力隊員としてのミッションを磨き上げ、自治体側に提案するという活動である。これにより、協力隊の希望と実際の活動のミスマッチを防ぐことが可能になる。

こうした取り組みを続けてきた花巻市の地域おこし協力隊はこれまでに18名が採用され、定着率は70パーセントを超え、全国平均を上回っている。これは、地域住民と協力隊員の関係構築を支援する仕組みが充実していることで、地域住民の協力を得やすくなった結果、定着率が向上していると考えられる。

2つ目は、市民だけではなく、花巻市に関わりたい市外居住者が、それぞれ興味を持つ花巻市のコンテンツや人々、イベント等を取材し、その内容を記事にして発信するウェブサイト「まきまき花巻」である。

2017年に開設した「まきまき花巻」には、市民だけではなく、市外の人たちも巻き込み、花巻市の魅力を発信するという意味が込められている。このサイトでは、花巻市民や花巻市に関わりたいと思う人が、自分が興味を持つ花巻市のコンテンツを取材し、「市民ライター」として活躍できる。

市では、プロの写真家やライターを講師とする勉強会を複数回開催し、より魅力の伝わる記事を書くための技術習得の機会を設けた他、シティプロモーションをミッションとする協力隊員が編集部としての機能を担うことで、サイト運営を行う仕組みをつくり上げた。

その結果、「まきまき花巻」は花巻市での生活やその楽しみ方をくわしく知ることができる情報媒体に成長し、2019年には「グッドデザイン賞」を受賞した。そして、開設から5年が経過した今も、市民ライターによる記事の投稿は続いており、持続的に花巻市に関わることのできる仕組みとして機能し続けている。

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