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【特集:学塾の歩みを展示する】
塾史展示館への期待:横浜初等部生による三田キャンパス見学の実際から

2021/05/11

  • 近藤 真(こんどう まこと)

    慶應義塾横浜初等部教諭

横浜初等部生、三田の地に

「たくさん失敗してきたけれど、だからこそ楽しく、充実した日々でした。」

これは、横浜初等部3期6年生が三田キャンパスにある演説館で実際に演壇に立ち、ともに6年間を過ごしてきた仲間に向けてスピーチした言葉の一部である。このスピーチをした彼は、発表当日に向けて事前に何度も練習をし、当日にのぞんでいた。人前に出て話す場面になると緊張しがちな彼が、初等部での学校生活を振り返りながらゆっくりと力強く話すその姿に、担任としての私は確かな成長を感じていた。

卒業がすぐ目の前に近づいてきた2021年3月。横浜初等部3期6年生は、慶應義塾三田キャンパスで学ぶ機会に恵まれた。演説館のみならず、旧図書館をはじめとしたキャンパス内の史跡の数々、そして開設を間近に控えた福澤諭吉記念慶應義塾史展示館と、様々な場所を見学していった。本活動は横浜初等部にとって初めての取り組みであり、新型コロナウイルス感染症拡大防止のための工夫や配慮も求められたが、様々な人との連携・協力により、生徒たちにとってかけがえのない充実した学びの1日が実現した。

本稿では、横浜初等部生が体験的に学びを深めた三田キャンパス見学の実際を紹介し、この1日が実現するまでの過程や当日の出来事を振り返りつつ、その中でも新たに活用が期待される塾史展示館での学びの可能性についても考えていきたい。

修学旅行中止決定からの模索

2020年11月、新型コロナウイルス感染症拡大により、生徒たちが最も楽しみにしていた修学旅行(長崎・中津方面)を中止せざるをえない状況となった。コロナ禍の現状を見れば致し方ないとはいえ、4月の休校中から頭によぎっていた不安が現実のものとなり、生徒たちも残念に思う様子が見て取れた。

これまで生徒たちは、毎週1回の「福澤先生の時間」の学習で、『福澤諭吉と慶應義塾の歳時記』(齋藤秀彦著、泉文堂)にある「福澤諭吉と慶應義塾のあゆみ」(年表)を中心資料として、福澤諭吉の生誕、少年~青年時代を過ごした中津、長崎、そして江戸で蘭学塾を開き、後に慶應義塾となっていく流れを授業で学んできていた。だからこそ、私たち初等部では、そうした学習の集大成として、修学旅行で福澤先生ゆかりの地(中津の福澤諭吉旧居・記念館、長崎の光永寺など)を巡ることを計画していたのである。しかし、それが叶わぬ状況となり、「生徒たちのために、何とかできないか…」という思いが私たち教職員には常にあった。

一方で、横浜初等部では、開設前から「初等部生による三田キャンパス散策」の構想が話し合われてきていた。いつか大学に進学した際に仲間とともに学ぶ場を初等部生のうちに見ることは、憧れや目標を持つという観点からも、塾の歴史を肌で感じることができるという点からも初等教育において意義深い。しかし、日々の学校運営や授業実践の中で、その構想は保留の状態にとどまっていた。そこで、修学旅行中止の状況と、開設前からの構想を重ね合わせて、今こそ生徒1人ひとりの学びを止めないためにも「初等部生による三田キャンパス見学」を実現しようと動き出したのである。

そこからの展開はとてもスピーディで、福澤研究センターの方々や義塾管財部・総務部の方々との連携・協働により、具体的な実施計画へと進んでいった。また、大森正仁常任理事からも感染症対策の観点からアドバイスをいただき、学年集団を3グループに分け、さらにグループ内を2分割または3分割して活動することが決まった。これにより、12人~18人という小集団での活動が実現したのである。ここは、まさに一貫教育を旨とする義塾の強みが遺憾なく発揮された局面であり、多くの方のアイデアや考えが結集し、見学が実現へと前進していった。

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