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【特集:学塾の歩みを展示する】
塾史展示館への期待:塾史展示館の展示について

2021/05/11

  • 古俣 達郎(こまた たつろう)

    法政大学HOSEIミュージアム任期付専任所員・准教授

2021年5月に開館される福澤諭吉記念慶應義塾史展示館(以下、「塾史展示館」)の常設展示を見学し、圧倒されたのは、その膨大な「モノ」(実物資料)であり、解説グラフィックなど随所に散りばめられた「言葉」であった。

まず、「モノ」(実物資料)について。筆者の所属する法政大学の大学博物館HOSEIミュージアムでは狭隘な展示スペースしか確保できず、なおかつ資料の展示環境としては決して良好な空間ではないため、展示資料は劣化しにくいレプリカを原則とし、デジタルを活用した展示が中心となっている。そうした事情もあり、塾史展示館の幕末から現代まで膨大な実物資料を配した展示から「モノ」の持つ迫力と魅力に改めて気付かされた。「モノ」の配置は展示のストーリー展開に沿ったものであり、壁面のケースには「慶應義塾之目的」など慶應義塾の理念を記した福澤諭吉の書幅が展示され、ところどころに展示のアクセントとなるような立体物(福澤が常用していた臼と杵、机など。戦後の展示では日吉返還の鍵など)が配されている。とくに興味深かったのは、展示の最終章、「世の中に最も大切なるものはひととひととの交わり付き合いなり」と述べた福澤の精神に立ち返る「人間交際の章」に展示されている資料群で、「おかまの助自筆の画」などからは福澤の気さくで分け隔てない人物像が浮かび上がってくる。なお、筆者の見学日には未完成であったが、開館時には約100年前(1923年頃)の慶應義塾三田キャンパスの再現模型も展示されるという。

そして、「言葉」について。塾史展示館の解説グラフィックに特徴的であるのは、一般的な解説文及び写真・図版とともに、福澤らが述べた同時代の「言葉」が随所に散りばめられている点である。解説グラフィックでは解説文の文字数をあえて少なくしているため、「言葉」の1つ1つにじっくりと対話をする余裕を与えてくれる。これらの「言葉」については、実際の展示にて確認いただきたいので、ここでは引用はしないが、「言葉」の選択とその配置も秀逸である(特に「智勇の章」)。また、無味乾燥になりがちな展示資料のキャプションに時折含まれている「ドヤ顔」などの現代的な言語表現やユーモア溢れるエピソードにもクスっとさせられる。来館者の裾野を広げる細やかな(戦略的?)工夫として捉えることができるだろう。

続いて、展示のストーリーについて触れておきたい。塾史展示館は慶應義塾の創設者である福澤と慶應義塾160年にわたる歴史について展示することを目的としており、常設展示では福澤の生誕からはじまり、修業時代、海外体験、慶應義塾の創設、福澤没後の慶應義塾、……という流れでストーリーが展開されている。ここで注目されるのは、学校の制度的・組織的な変遷を主軸とする沿革史や周年史の枠組みに基づいた大学史の展示とは、一線を画している点である。いわば、塾史展示館の展示は人物=福澤と福澤が遺した精神を通して、慶應義塾の歴史、そして、近代日本を展示する試みと言えるだろう。このような人物を通した大学史の展示というアプローチは、歴史の教科書のような記述になりがちな大学史展示と比較して、学内者のみならず、一般の人々も含めた多種多様な来館者を惹きつけるものと言えよう。展示のストーリーの中で、1点だけ気になったところは、大学紛争期に関する記述が若干薄い点である。もちろん、空間的な制約上致し方ないものであるが、大学紛争が大学の歴史に与えた大きな影響を考えると、この点は1つの論点となるかもしれない。

最後に、デジタルを活用した展示装置についても紹介したい。常設展示を手掛けた都倉武之氏は塾史展示館の展示手法について、「極めてオーソドックスな解説文と展示物による構成」(「80数年越しの展示計画──福澤諭吉記念慶應義塾史展示館開設へ」『三田評論』2020年8・9月合併号)と述べていたが、最新のデジタル技術を活用したインタラクティブなディスプレイ展示(「社中Who’s Who」)も魅力的である。同展示では、アイコンをタッチすると、慶應義塾縁の人物の紹介が表示され、戦後初期の貴重な動画なども観ることができる。また、複数台設置された小型のディスプレイには福澤の写真資料や慶應義塾関係戦没者データベース、慶應義塾生に関する資料など大学史資料として貴重な資料が多数含まれている。これら資料について、Web上での公開等を今後ご検討いただきたいと思う。

以上、些か見学記のような内容となってしまい、大変恐縮であるが、末筆ながら、塾史展示館の開館を心よりお祝い申し上げるとともに、貴館の先駆的な取り組みに今後とも学ばせていただきたく、お願い申し上げる次第である。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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