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【特集:学塾の歩みを展示する】
大学沿革史編纂の現在地

2021/05/10

  • 西山 伸(にしやま しん)

    京都大学大学文書館教授

筆者が大学で初めて就いた職場は京都大学百年史編集史料室であった。そのときから28年の歳月が経ち、今は京都大学大学文書館を職場としながら京大の百二十五年史編集委員会にも加わっている。このように筆者の職歴は大学沿革史編纂と切っても切れない関係にあり、そうした経験を踏まえつつ『京都大学百二十五年史』編纂に関わるにあたって考えたことを本稿で記してみたい。従って以下述べることは京都大学あるいは百二十五年史編集委員会の見解ではなく、あくまで筆者個人の意見であることを念のためお断りしておく。

京都大学における沿革史

1897年に創立された京都大学は、2022年に創立125周年を迎えるにあたり記念事業を実施する準備を進めており、その1つに『京都大学百二十五年史』の編纂がある。2017年4月に百二十五年史編集委員会が設置され、同時に実際の編集作業にあたる百二十五年史編集室が置かれた。編集委員会における議論によって、百二十五年史は通史編(全一巻、紙媒体)と資料編(電子媒体)を刊行することが決まり、現在執筆・編集作業が行われている。

京都大学において初めて刊行された沿革史は『京都帝国大学史』(1943年)で、紀元2600年の記念事業の1つとして編纂されたものである。1200ページを超える大冊であるが、全学的な通史記述は創立経緯以外なく、大部分が部局の歴史で構成されている。

次に刊行されたのが『京都大学七十年史』(1967年)で、通史にあたる「総説」と各部局の歴史から成っている。なぜ「七十年」という若干中途半端な区切りで記念事業が実施されたか残された資料からでは不明だが、結果的には大学紛争勃発直前に無事刊行することができた。そして3番目が『京都大学百年史』(1997~2001年)で、総説編1巻・部局史編3巻・資料編3巻に加え写真集も刊行された。従って今回の百二十五年史は、全学的な沿革史としては4回目ということになる。

大学沿革史の歴史

日本の大学ではこれまで盛んに沿革史が編纂されてきた。本格化してくるのは1950年代後半くらいからで、『慶應義塾百年史』(1958~1969年)は先鞭をつけた沿革史の1つと言ってもよい。こうした流れを受けて1980年代から90年代に大学沿革史編纂はピークを迎える。『東京大学百年史』(1984~1987年)がこの時期の代表的沿革史だが、他にも戦前からある私立大学が次々と創立100周年を迎えたことも大きかった。このピークは1999年の新制国立大学50周年まで続く。

ここで強調したいのは、単に沿革史を編纂・刊行する大学の数が増えたということではない。複数巻・合計数1000ページに上る大規模な沿革史が珍しくなくなったこと、学内外の1次資料をふんだんに使い実証性の高い内容をもつものが増えてきたこと、写真集や小冊子など刊行形態も多様になってきたことなどが特徴として挙げられるであろう。こうした大規模かつ実証性の高い沿革史を編纂するには、担当するスタッフの専門性が求められる。各大学に設けられた編纂組織が次第に横のつながりを強め、さまざまな情報交換を行うようになったのは自然な流れと言える。その結実が、1996年発足の全国大学史資料協議会であった。各大学は沿革史編纂にとどまらず、収集した資料を使って展示や自校史教育などにも取り組むようになった。

2000年代に入って、東北大学・立命館大学・拓殖大学・九州大学などで大規模な沿革史が編纂されたが、一時ほどの刊行ペースはないように思われる。しかし、筆者もいくつかの大学で刊行の準備が進んでいることを聞いており、これからもさまざまな大学沿革史がつくられていくであろう。

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