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【特集:大学のミュージアム】
座談会:新たな可能性に挑む大学ミュージアム

2021/04/05

収蔵品を利用した教育

並木 そうですか。うちは博物館実習とは別に、文化庁助成事業として、収蔵資料を使って、デザインを専攻する学生がミュージアムグッズを作っています。今年度は東洋アルミニウム株式会社の協力を得て、アルミの粉末を使ってミュージアムグッズを作りなさいという課題でした。例えばティファニーのガラス器の光沢をアルミの粉末で生かして、便箋と封筒を作ったりします。

そのように、実際の収蔵品をベースにして、新しい知見を加えて魅力のあるグッズを作るということをデザインの課題としてやっています。そうすると、やはり学生には収蔵資料にどのようなものがあるかということを知るきっかけになる。それからその表現をどのように他のメディアで生かして使うかを考えることにもなるので、1つのデザインの教育になるのです。

そもそも、うちのコレクションは教材用としてスタートしたものなので、比較的学生がよく使っています。実際に展覧会を見て、そこで学生がスケッチをしたりするわけです。

博物館実習はデザイン科だけでなく、応用生物学や機械工学の学生たちも来ているのですが、展覧会を行うことを通して資料類の取り扱いを教えるのです。4月に学生に収蔵品目録を渡して、好きなテーマを考えなさいと言い、それを実習生の中でディスカッションして前半でテーマを絞り、後半は作品を扱いながら展覧会を仕立てていきます。

学生たちはモノを通していろいろなことを考えて、展覧会をするだけではなく、ポスターを作ったりします。そうやって、できる限り収蔵資料を学生の教育に生かそうと考えています。

また、先ほど建築の話が出ましたが、建築に関する展覧会を年に必ず1、2回する際、学生に図面から模型を作ってもらっています。これは学生が図面を読むトレーニングになるし、実際に模型を作るトレーニングにもなる。そして有料の展覧会で展示をすることで、励みになるし、責任も持つようになります。

このようにして、できる限り建築デザインの実技経験の中で美術工芸資料館の資料を生かしています。狭い大学ですから、そういう形で学生になるべくミュージアムの資料を活用してもらいたいと思っています。

松田 ミュージアムグッズの製作はぜひKeMCoでも試してみたいな、とお話を伺って思いました。

岡室 演劇博物館では、博物館実習の授業などをやっていた時期もあったのですが、今はやっていないんですね。ですので、教育の中になかなか活動が組み込まれることはないんですが、学生にどうやって博物館に実際に来てもらうかということについては様々な工夫をしています。

デジタル化の取り組みもその1つですが、今の学生は、自分にとって関心のあるもの以外はこの世に存在していないと思いがちなんですね。例えば、歴史的なものになかなか興味を持ってもらえないところがあるので、特に古典芸能の展示をする際に、どうやって学生に自分たちと関係のあることなんだ、と気付いてもらうかに注力しています。例えば古典芸能の展示には、現代との接続点をつくるように努めています。

入り口をつくってあげると学生はやはり来てくれますので、そのように大学と博物館をつないでいくということは今後もやっていきたいと思います。

インターユニバーシティの可能性

松田 保坂さん、大学の外のお立場から、コミュニティとのつながりということでお考えをお聞かせください。

保坂 僕は大学ミュージアムのことを考えると、一番理想的だなと思っているのが、ドイツのピナコテーク・デア・モデルネというミュージアムです。そこは複合ミュージアムになっていて、デザインミュージアムと建築ミュージアムと絵画館が全部揃った近現代美術館なんですが、建築ミュージアムは、運営がミュンヘン工科大学なんですね。

ミュンヘン工科大学はヨーロッパの中でも相当古く、19世紀ぐらいからの建築資料があり、それをベースに博物館を持っていたんですが、ピナコテーク・デア・モデルネが建物を大きくする時にその中の一部として入ったわけです。大学の敷地から出てしまったんですね。しかもそこでは、収蔵品を単に展示するのではなく、アクチュアルかつ挑戦的な企画展をやっている。

要するに、彼らにとって、建築を研究しアウトプットする方法が、論文を書くことよりも展覧会という形で発表していくということに変わったわけです。実際に大学の専攻名も「建築史+キュラトリアル・スタディーズ」になっているし、ミュージアムでやる展示にも学生が関わっている。

さらには、例えばハーバードのGSD、つまりデザイン大学院と共同で、大学ならではのフラットなネットワークを使って展覧会を運営しているんですね。これは理想的すぎる事例かもしれませんし、コミュニティとの結びつきとは少し違うかもしれませんが、インターユニバーシティという話の事例として興味深いものです。

とにかく、研究のアウトプットの方法として展覧会というメディアを使うことも大事だと思うのです。これからの時代は、音声言語や映像言語、全部を使ってプレゼンテーションしなければできない発表というものがあるはずです。

しかも、多くの人は論文を読むよりも、映像を見ながら音声を聞くとか、複合的な体験に慣れているので、そちらのほうにアカデミーの世界も近づいていくべきではないでしょうか。

コレクションと収蔵庫の問題

松田 今のお話はとてもおもしろくて、研究することとその研究をどう発信していくかが不可分であることは、全ての分野に共通すると思いました。

最後のトピックは、コレクションにどう意味づけをしていくか、あるいはどういうミッションでコレクションビルディングをしているのかについてです。おそらく、皆さんそれぞれお立場が違うのではないかと思います。

岡室 演劇博物館は、やはり演劇専門博物館という特殊性があります。うちは演劇映像学連携研究拠点という研究拠点も持っていて、これは文部科学省の共同利用・共同研究拠点として認定されているので、研究と博物館が非常に密接に関連づけられています。

研究拠点の研究成果を博物館で発信していくことにも力を入れており、先ほど紹介したくずし字の自動判読システムなどもその一端です。やはり、研究と連動する形で資料収集をしているというところはあります。

例えば、昨年亡くなった劇作家の別役実さんのご遺族から、大量の貴重な資料のご寄贈をいただいています。それで研究チームを演劇映像学連携研究拠点で立ち上げ、その研究成果として今年5月から特別展をやる予定で、資料のデジタル化も進めています。デジタルアーカイブと研究拠点と博物館、この3点を結んでいくような資料を収集していくことは意識しています。

ただ、これは大きな問題なんですが、収蔵庫が足りないんですね。もともと小さい博物館なので、大学のいろいろな所に資料を置かせてもらっているんですが、どこももう満杯状態です。だから、貴重な資料のご寄贈の話をいただいても、まずどこに収蔵するかを考えなければならない状況です。

松田 資料の受け入れと収蔵庫の問題は共通の悩みかもしれませんね。並木さんはいかがでしょうか。

並木 収蔵庫問題についてはまったく一緒で、あちこちに画策をして場所を確保している状況です。

私は今、美術工芸資料館長をしているんですが、3年前から附属図書館長も兼任しています。狭い大学なので、学内でML連携というミュージアムとライブラリーの連携を盛んに仕掛けています。そもそも、美術工芸資料館にある資料は、もともと附属図書館が一括管理をしていて、その中から美術工芸資料を分けて資料館ができたわけで、実は図書館のほうにかなり貴重なデザイン関係の本があるんですね。

ですので、デザインアーカイブという形で、デザイン関係の本と美術工芸資料館の実物資料をなるべく有機的に結び付けて展示をしようと連携し、美術工芸資料館の展覧会に必ず図書館の関連資料を並べています。

さらに、美術工芸資料館の収蔵品、寄贈をいただく資料の中心に、京都の伝統産業の近代化というテーマを大きく掲げているので、そこに関するものをいろいろご寄贈いただくわけですが、その際に同窓会と組むようにしています。

同窓会の中には、西陣織とか清水焼とか、京都の伝統産業に関わっている方がたくさんいらっしゃり、資料をいただくことがあるのですが、ともに大学の歴史を発掘して整理していこうということで、一種の大学史アーカイブというものをつくっています。

それによって、京都の伝統工芸の近代化を資料の面、教材の面、あるいはモノの面から明らかにしていく方向性を明確に設定し、美術工芸資料館の柱にしています。それによって展示も組み立てています。

もともと本学の明治期の校長たちは、科学者であり、人工染料や化学釉薬などの研究をしている人たちで、科学と芸術との融合をさせるということを開学以来テーマにしていました。美術工芸資料館の収蔵資料に関しても科学的な面でどういう使われ方をしたのかということを新しい切り口として、単にアートだけではなくて、科学と芸術を結びつけた形での企画ができないかと考えています。

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