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【特集:大学のミュージアム】
座談会:新たな可能性に挑む大学ミュージアム

2021/04/05

  • 並木 誠士(なみき せいし)

    京都工芸繊維大学特定教授、同大学美術工芸資料館長

    1987年京都大学大学院文学研究科修士課程修了。京都造形芸術大学助教授等を経て京都工芸繊維大学教授。本年4月より同特定教授。専門は日本美術史、美術館学。京都・大学ミュージアム連携実行委員会委員長。

  • 岡室 美奈子(おかむろ みなこ)

    早稲田大学文化構想学部教授、同大学坪内博士記念演劇博物館館長

    1990年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。文学博士。1997年早稲田大学文学部専任講師、2007年同大学文化構想学部教授。13年より演劇博物館館長。専門は現代演劇研究、テレビドラマ研究。

  • 保坂 健二朗 (ほさか けんじろう)

    滋賀県立美術館ディレクター(館長)

    塾員(1998文、2000文修)。東京国立近代美術館主任研究員・絵画彫刻室長を経て、本年1月より現職。企画した主な展覧会に「フランシス・ベーコン展」、「声ノマ全身詩人、吉増剛造展」など多数。
    (撮影:木奥恵三)

  • 渡部 葉子(わたなべ ようこ)

    慶應義塾大学アート・センター教授、同ミュージアム・コモンズ副機構長

    塾員(1985文、88文修)。東京都美術館、東京都現代美術館学芸員を経て2006年よりアート・センター勤務。10年同教授。専門は近現代美術。19年よりミュージアム・コモンズ副機構長を兼務。

  • 松田 隆美 (司会)(まつだ たかみ)

    慶應義塾大学文学部教授、同ミュージアム・コモンズ機構長

    塾員(1982文修、86文博)。文学博士。1998年慶應義塾大学文学部英米文学専攻教授。専門は中世英文学。デジタルメディア・コンテンツ統合研究センター所長、大学院文学研究科委員長等を歴任。

京都工芸繊維大学のコレクション

松田 この4月に慶應義塾初のミュージアムとして、慶應義塾ミュージアム・コモンズ(略称:KeMCo)が一般公開されます。この機会に大学ミュージアムのあり方、また、より広く、大学は文化財とどう関わるべきかをテーマに、お話を伺えたらと思います。

慶應では、ミュージアム構想はこれまで何度か検討されてきましたが、諸事情で実現しませんでした。しかし、今回、一般財団法人センチュリー文化財団からの寄付を契機に実現することになりました。

実は慶應ではすでに様々な文化財が複数のキャンパスに収蔵されていて、その一部がキャンパス各所でさりげなく展示されているという状況です。なので、ミュージアムをつくるにあたっては、そうした文化財を一箇所に集めて収蔵展示するのではなく、慶應義塾全体を一つの分散型ミュージアムと捉え、ハブとなって活動するような機構を考えました。そのために、収蔵庫や展示フロアだけでなく、クリエイション・スタジオも備えて、デジタル環境の充実にも力を入れました。

KeMCoのキーワードは「空き地」です。センチュリー赤尾コレクションを収蔵、常設展示する一方で、文化財を介して交流を生み出すことを重視する、まさに「コモンズ」と捉えています。収蔵庫も展示室も流動的に運用し、文化財のための新しいコンテクストを構築し、教育のコンテンツとしても活用して、大学生のみならず一貫教育校の生徒とも交流する。さらに地域や国際的なコミュニティとの交流を促進することをコンセプトとしています。

まず、自己紹介も兼ねて最近の活動を紹介していただきながら、大学がミュージアムを持つ意味について一言お話を伺えればと思います。最初に並木さん、いかがでしょうか。

並木 京都工芸繊維大学の前身校は2つあり、1つは1899年にできた京都蚕業講習所という京都の繊維産業をバックアップするための学校、それから1902年にできた京都高等工芸学校、この2つが合わさって、1949年に京都工芸繊維大学になりました。いわゆる美術工芸、特に京都の伝統産業である工芸部門と繊維部門が合体してできた学校です。

コレクションもその2つを母体にして、美術工芸資料館が1980年にできました。それまで、収蔵資料は全て附属図書館の管理下にあったのですが、京都高等工芸学校の開学以来、教材として使用されていた、アールヌーボーの工芸品やポスター類などの美術工芸品がたくさんあり、それらを独立した施設で保存しようという動きはかなり早くからあったようです。

美術工芸資料館の収蔵資料というのは、基本的には19世紀末から20世紀の初めにかけて、京都の伝統産業を近代化するために、いわゆる教材として購入し、学生に見せたものが核になっています。ただその中にはロートレックとかミュシャのポスターなどもありますので、それは美術工芸品、いわゆる文化財として展示公開しています。

基本的には開学以来のコレクションを守り、収蔵し、展示しています。ただ、現在、京都の町で、例えば友禅の図案など、昔の貴重なものを持ちきれなくなった伝統産業の業者さんたちが、どうしたらいいかと相談に来られ、寄贈を受けることがかなりあります。

ですので、実質的な購入はほぼありません。寄贈もなかなか全部は受け入れられないんですが、京都の伝統産業の近代化に関わる部分については、できる限り本学で収蔵して調査研究をし、展示公開したいと考えています。

また、京都では2011年から京都・大学ミュージアム連携というものをつくっていて、その幹事校として活動もしています。現在、京都の14大学の14ミュージアムが所属していますが、2012年から京都市内のほか九州や東北でも合同展覧会を行っています。

大学ミュージアムの役割はいろいろありますけれど、本学は開学以来の教育研究のために購入された教材、あるいは本学の学生の作品を大学の歴史として蓄積していき、大学だけではなく近代京都の歴史として展示公開する。それが本学の美術工芸資料館の1つの使命かなと考えています。

早稲田大学の「顔」として

松田 続きまして岡室さん、お願いいたします。

岡室 早稲田大学演劇博物館(演博)は、1928(昭和3)年に坪内逍遙が創立し、2018年に開館90周年を迎えました。演劇博物館の大改革をされた鳥越文藏元館長が、「図書館が早稲田大学の頭脳であるならば、演劇博物館は早稲田大学の顔である」という名言を残されたのですが、そういう自負を持ってやっております。

当館は、坪内逍遙が「古今東西の演劇資料を集めよ」という思想で始めた、まさに古今東西の演劇資料を集めている博物館で、こういう形のものは、おそらくアジアで唯一、世界でも有数だと思います。非常に資料点数が多く、100万点に及ぶ多種多様な収蔵品があります。そして、建物自体も新宿区の有形文化財に指定されています。

演劇映像資料というのは、美術品と違い、普通だったら捨ててしまうような物も収蔵品なんです。チラシやチケットの他、紙媒体としては歌舞伎台帳、浄瑠璃本、古書、図書、雑誌、台本、脚本、自筆原稿、草稿、チラシ、ポスター、写真、書簡、日記、電報、広報誌、切り抜き、メモなど。上演関係では衣装、靴、装身具、小道具、仮面、模型、設計図。映像・音源ではSP・LPレコード、カセットテープ、VHS、8ミリ、CD、それに人形や鏡台もあります。

また役者絵のコレクションは世界有数で、例えば、「女歌舞伎図屏風」という文化財級の資料もあります。それから越路吹雪さんの衣装や歌舞伎、能など様々な衣装があります。

また、映像資料も収集しています。空襲で焼けませんでしたので、京橋の国立映画アーカイブが持っていない、例えば1916年の『雷門大火 血染の纏』(尾上松之助出演)といった作品のフィルムもあります。

演劇博物館は、かつては学生にとって非常に敷居の高い場所でした。私は2013年に館長になった時に、せっかく大学にあるのに学生が来ないのはおかしいと思い、大学博物館として学生にたくさん来てもらおうと考えました。そして、博物館を単なる教育文化施設ではなく、コミュニケーションの場となるような博物館を目指し、大学の文化の顔として内外にアピールすることを考えました。

それまで演劇博物館は集客ということにまったく関心がなかったんです。専門家に満足してもらえる展示をやっていればいいという考え方だったのでこれはいけないと思い、様々な工夫をしました。1つがビジュアル面の強化で、空間デザインに力を入れました。そして、参加型展示ということで体験コーナーを設置しました。

また、私が館長になるまで広報担当がいなかったのですが、広報担当をつくり、SNSやネットニュースなどで広く宣伝をして非常に幅広い展示をやっていることをアピールしました。

昨年は、コロナ禍の中で何ができるかを考えて、オンラインで「失われた公演──コロナ禍と演劇の記録/記憶展」を開催し、大反響をいただきました。コロナ禍の中で多くの演劇公演が中止・延期に追い込まれ、演劇史の中でぽっかり穴があいてしまう。それをなかったことにしてはいけないと考え、使われなくなってしまったチラシやポスター、台本など様々な資料を収集し、オンライン展示をしたのです。

大学がミュージアムを持つ意味ですが、今、経済や効率重視の社会の中で学生にどうやって他者への想像力を持ってもらうかを考えた時、やはり博物館の存在、あるいは演劇文化に触れることが非常に重要であると考えています。演劇博物館は研究と実践の場を結ぶということで、実践の方にも寄り添いながら、研究の成果につなげていくということを心掛けています。

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