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【特集:大学のミュージアム】
大学のアート・リソースの活用と大学ミュージアムの可能性

2021/04/05

  • 五十殿 利治(おむか としはる)

    筑波大学特命教授

そもそも大学における教育研究のためのリソース(資源)としてのアートという意味でのアート・リソースを着想した背景には、所属する筑波大学の芸術教育研究組織における、収蔵展示のための施設をめぐる切実な状況があった。このことについて、最初に触れておきたい。国内外、各大学に個別の環境があることはいうまでもないことであるのだが、この筑波大学の状況への対応を具体例として、大学におけるアート・リソースの活用について、とくに展示という側面から若干の私見を述べることにしたい。

なお、ニューヨークには近代美術館、フリック・コレクション、そしてブルックリン美術館3館のライブラリーが共同してウェブ・アーカイヴズをベースとする「NYARCニューヨーク・アート・リソーシズ・コンソーシアム」が2006年より活動している。美術作品を所蔵する機関による「アート・リソース」とは自ずとその位置づけは異なるものであって、NYARCは研究資源の共有を第1義とするものであり、くわえて資源を活用したデジタルの展示なども試みている(https://nyarc.org 参照)。

さて、筑波大学は国立の総合大学において、久しく「唯一」の芸術教育研究組織を擁する大学であった。ところが、そこで学ぶ学生が自らの作品を展示するにふさわしい場所があったかというと、大きな疑問符がつく状態が長らく続いた。組織としては、さまざまな機会にこれを改善するために、概算要求を繰り返したが、成就することなく、ふだん授業に使用する大小の教室のほかには、大学会館に若干の展示スペースがあるだけであった。

筑波大学における展示スペースの充実にむけて

こうした状況にとりわけ大きな転換が生じたのは、1990年のことである。近隣に茨城県つくば美術館が開館し、学芸員が配置され独自の企画展を催すほか、広く市民に会場を提供することになった。おかげで、大学卒業制作および大学院修士課程修了制作を公開する場については、立地を含めて毎年恵まれた環境を利用することができるようになった。同館はやがて実技系の博士後期課程在学生による研究成果の公開の場ともなった。

一方、1990年代後半には、国立大学に大学ミュージアムが設置された時代があり、筑波大学でも予算獲得を目指して全学的な検討組織が設けられたものの、大学ミュージアムの新規の増設は見送られて、目標を達成できなかった。とはいえ、着実に大学内の展示施設は充実していった。これには大学が法人化し、盛んに社会貢献や地域貢献が求められたことも大きく与っていたようにみえる。

2003年、開学30周年(創基131年)を記念する総合交流会館の建設にともなって、多目的ホールが設置された。天井高があり、仮設壁で空間的な演出が可能な開放的なスペースは学内ではほかにはないものであった。これにくわえて、総合交流会館と連なる大学会館も大幅な模様替えがなされた。筑波大学ギャラリーが創設され、ノーベル賞受賞者である朝永振一郎博士と白川英樹博士を顕彰する朝永記念室、白川記念室、さらに体操伝習所に遡る長い歴史の中で優れたスポーツ選手やオリンピアンが輩出したことを紹介する体育・スポーツ展示に加えて、恒常的な芸術展示のスペースが登場した。2005年より10年にかけて図書館流通センター会長(当時)を務めた石井昭氏より寄贈を受けた近現代絵画と陶磁器による美術コレクションの一部を常設展示する「筑波大学アート・コレクション」である。同コレクションについては空調設備の整った専用収蔵庫が芸術系組織の利用する建物内に整備された。さらに大学会館には同じ芸術系組織が企画運営するギャラリー「アートスペース」が併設された。

これとは別に、芸術系の教員組織と博士後期課程学生が利用する建物(芸術学系棟)にも、耐震工事にともなって、新たな展示・収蔵の施設が整備された。その結果、筑波大学の構内をとりまくループ道路沿いに、総合交流会館・大学会館から芸術系教育研究組織の建物を経て総合研究棟Dまで、中小の展示スペースの連なりが出現することになった。

内から外へ開く アート・ストリート

従来の展示は学内を南北に貫くペデストリアンデッキを軸として、その軸線上の歩行者からの視線に対して展示内容を伝えることを想定していたが、いまや、それがループ道路沿いに、つまり学外に向けた視線にとってかわられた。2011年末から、一連の展示スペースを「アート・ストリート」と総称する動きが始まった。

「アート・ストリート」は洋画、日本画、彫塑からデザインまで、芸術教育研究組織における多様な活動の活況を端的に提示するものであり、それぞれ性格の異なる展示空間から成り立っている。総合交流会館では、茨城県つくば美術館と連携した展覧会(靉嘔展 あいおうてん)、芸術組織と関わりの深かった勝井三雄のデザイン展、国際交流協定提携校との交流事業、授業成果の公開などが行われる一方、「アートスペース」では、石井コレクションに関係するテーマ展示、芸術系が所蔵する作品資料の特別展示、教員の成果発表など多様な企画がなされている。芸術学系棟の芸術系ギャラリーも同じように、芸術系管理の芸術資料の企画展示や教員の成果発表のほか、学生・院生の受賞作品(買上作品)の展示などである。この研究棟に隣接する6A棟には、これとは別に、学生が自主的に運営する展示スペースが2001年に設けられたが、現在そのアートギャラリーT+(ティータス)には、毎週のように学生作品が展示されている。

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