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【特集:「トランプ後」のアメリカ】
ジェンダーとセクシュアリティから見たアメリカ社会

2021/02/05

LGBTQの権利の行方

トランプ政権下において、性的少数者といわれるLGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クイア)の権利は、オバマ政権時代よりも認められにくい傾向にあった。とくに、トランスジェンダーに対する締め付けともいえる政策が目立つ。たとえば、オバマ政権下の2016年には教育における性差別を禁じた教育修正法に基づき、トランスジェンダーの生徒が、自身の性自認に沿った名前で呼ばれ、自身の選択によりロッカールームやトイレを利用できるよう配慮を求めた。しかしトランプ就任後ただちに、その方針は撤回されてしまう。

さらにトランプ政権は、医療保険制度において、オバマ政権で禁止していたLGBTQ差別に関して、そこで言及される性差別の「性」からトランスジェンダーを排除する方針を打ち出した。そのため、出生時の性と異なる性自認を持つ人々が医療の対象から外されてしまった。トランプ政権はまた、出生時の性に基づき軍の任務につくことを求め、軍務からトランスジェンダーの人々を排除する方針を発表している。

しかし一方で、LGBTQを支援する共和党系団体ログキャビン・リパブリカンズのように、LGBTQのトランプ支持者もいる。NBCニュースは、アイデンティティ・ポリティクスを固着させようとする民主党ではなく、トランプを「100パーセント支持する」LGBTQの人々の声を報じている。こうした人々が評価しているのは、トランプ政権がHIV/AIDS治療に積極的であるということ、また男性同性愛者であることを公にし、トランプについて「アメリカ史上もっともゲイに寄り添った大統領」と評価しているリチャード・グレネルを国家情報長官代行に起用したことなどがあげられている。

トランプがもたらしたもの

トランプがアメリカにもたらしたものは、なんだったのだろうか。おおっぴらな女性蔑視的な態度なのか、あるいはトランスジェンダー差別か。実は、先述したチラの論考の題名は「フェミニズムへのトランプからの贈り物──抵抗」であった。その副題が示す通り、トランプが女性たちやLGBTQの人々に与えたのは、「抵抗」という姿勢であったことは、冒頭のウィメンズ・マーチにもあらわれている。のみならず、その抵抗の姿勢が実を結んだのが、2018年の中間選挙であったことをチラは指摘している。同様に、トランプの性的加害行為を糾弾する女性たちを取材したジャーナリスト、バリー・レヴィンとモニク・エル=フェジーは、『大統領のすべての女たち』(2019年)において、トランプ大統領誕生によって危機感を抱いた女性たちが立ち上がったことを記している。

それまで政治に関わることなど想像してこなかった女性たちが立候補を表明し、2018年の中間選挙の結果、第116議会における女性議員の数は127人、史上最多数となった。この中には、初のムスリム女性議員イルハン・オマル、初のネイティヴ・アメリカン女性議員デブ・ハーランド(バイデン新政権で内務長官に指名された)、シャリス・デイヴィッズ、そして29歳で女性議員最年少当選となったアレクサンドリア・オカシオ=コルテスが含まれる。2020年の選挙ではこの数はさらに増えている。2019年1月にはネバダ州で上下両院において女性が多数をしめる議会が誕生したことも記憶に新しい。

トランプがもたらしたものは、抵抗を示す姿勢の他に、自分以外の人々がどのような経験をしてきたかを知り、その多様性を考えることなのだろう。レヴィンとフェジーが述べる通り、「アメリカにおける白人女性と有色人女性たちはまったく分岐した経験を経てきたがために、トランプ政権を全然違うレンズを通して見ている」。そのレンズの違いを分断とみるのか、違いを知り多様性を認めるのか──そこにこれからのアメリカの行く道がかかっているように思われる。

先に述べたヒラリー・クリントンは、敗北宣言で、ガラスの天井を打ち破れなかったことを述べた後、こう続けている──「けれど、いつか誰かが──願わくばいまわたしたちが思っているよりも早く──打ち破ってくれるでしょう」。クリントンは「これを見ている小さな女の子たち」に向けて、自分の価値を信じ、夢を追いかけて欲しいと述べた。それに応えるかのように、その4年後、カマラ・ハリスは、副大統領としての勝利宣言で「ジェンダーを問わずアメリカの子供たち」に向けて、大きな夢を持つことを伝えている。バイデン新政権下でアメリカ社会がどう変わるのか。これからも注目していきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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