【特集:青少年とスポーツ】
座談会:よく遊び、よく学んで、強くなる
2020/03/05
ベンチで飛び交う専門用語
大谷 松永さんは元プロ選手であるわけですが、最初は幼稚舎生、高校生を指導する際に何かギャップを感じたことはあったのですか。
松永 やはり、自分が教えてもらった学校の教育のイメージをそのまま子供たちに押し付けてしまっていたなというところはあります。 まさに何か教育的なことを言わなければいけないとか、先生であらねばならないという感じで子供たちと接して、教えてあげるというスタンスでいったので、やっぱり反発がありました。
これではいけないなと思って、ジョン・ウッデンさんのバスケットのコーチングの本などを読んで、こういうふうに接すれば上手くいくのかなと何となく勉強しました。
大谷 結局、試合をするのは選手なので、ベンチがどんなに逆立ちしても試合には勝てません。
バスケットの話をすると、エリート校から来る人ほど高校の先生のカラーに染まっています。高校では、例えば試合で負けそうになると、ベンチがタイムアウトを取り、「こういうプレーをしなさい」という的確な指示が出せるのがいいコーチだったわけです。 大学はそれだけでは勝てない。プレーヤーが相手のプレーに対して、どういう対応をすればいいかを考えられるチームがやはり強いのです。
医学部のバスケットボール部の連中は、私から見るとすごく頭でっかちなのです。正直なところ、レベルは高くありませんが、タイムアウトを取ってベンチに帰ってきたら、コーチが口を差し挟む時間はほとんどない(笑)。 私が聞いてもわからないような専門用語が飛び交っている。特に、勝てるつもりの試合に負けているような時に顕著です。
上田 最高ですね。理想的です。
大谷 実際にはそこまで上手いわけではないんですよ。しかし、タイムアウトに飛び交う言葉を聞いたら、「こいつら、プロか」と思う(笑)。それはすごくいいことだと私は思っています。 だから、学生の中で話し合って決めた学生にコーチをやらせたほうが上手くいきます。
1つのスポーツしかやらない弊害
上田 アメリカの野球は日本とは全然違います。日本の子供たちの野球の指導は基本に忠実に、「これ、やらなきゃ駄目」というのが多いですけど、アメリカは「遠くまで飛ばせればいい」とか「逆シングルでも捕ればいい」ということになる。
この違いは小さい頃からシーズン制でスポーツをやっていることが大きいと思います。1つの競技ばかりやるのではなく、3カ月だけ預かっていると思えば、「面白くして、また来年、この子たちに野球をやらせてあげよう」と思うわけです。
日本は1つの競技を、それも1年中試合ばかりやって、勝利至上主義でスポーツマンシップなんかまったく教えない。小学生にさえも、何か武道みたいな感じになってしまっています。
大谷 本当に1年中、野球なら野球しかしませんからね。本来はいろいろなスポーツをやることが大事です。特に成長期には多様性ということが大事なのですが、日本ではシーズン制は難しいのでしょうか?
上田 今の各競技団体では無理じゃないですか。小学生ぐらい、どこかが仕切ってやってくれるといいですけれど。2シーズンぐらいだって十分違うと思うのですね。
佐々木 指導者側の意識が変わらないといけませんね。例えば、最初はサッカーと野球の少年団に両方入っていても、何年生かになると、どっちか選べとなる。 両方やりたいということが通じない。それがかわいそうで、両方やらせてあげられる環境があればいいのにと思います。
上田 野球は武士道とリンクして、血と汗と涙と、愛校心と自己犠牲が修練として一緒になって、「野球道」になってしまったのです。 どちらかというと慶應はアメリカナイズされていて、前田祐吉さんがエンジョイ・ベースボールを提唱され、それが広まっていった歴史があるのです。
でも、どうですかね。全国で9対1ぐらいではないですか(笑)。エンジョイ・ベースボールなんて言ったらバカにされていましたからね。 髪の毛が長いだけでおかしいと言われる。甲子園の開会式には軍隊みたいな行進をするんです。気持ち悪いから、「いいよ、普通で」と言ったら、すごく怒られて始末書を書かされました。
大谷 それは100年遅れていますね。
より良い青少年のスポーツ環境へ
大谷 私は、慶應義塾の取り組みとして、一貫教育校でスポーツ医学相談というものを20年以上やっています。 スポーツに関係した障害で病院に行くと、レントゲンを撮って、「どこにも異常はありません。やり過ぎだから休みなさい」で終わってしまう。でも、本人にはそれでは解決にならない。
この相談をやり続けるうちに、一番のポイントは保護者の不安を払拭することだと気がついたんです。 つまり、うちに帰ってきて子供たちが膝が痛いとか腰が痛いとか言うと、お母さんは困ってしまうのです。病院に行くと、何でもないと言われる。 でも痛い。「じゃあ、休みなさい」と言うと、「練習を休むのは嫌だ」。そのストレスが全部お母さんにたまってしまう。
それは運動をやり過ぎたための症状ですが、そんなに重症なものではないので、休めば痛みは取れるのですが、体のコンディションを変えずに復帰すると100%再発する。
まず当事者である子供に、それを理解してもらいます。「君にはまだ塾高の野球部の練習についていくだけの基礎体力がないから腰が痛くなってしまう。 練習についていけるだけの基礎体力をまずつけてごらん」という話をすると、「わかりました」と、その子は走りに行くわけです。そういうことがお母さんも理解できると、非常にストレスが減るんです。
そうすると、どうして痛くなっているか、本人がわかるので再発はもちろん減ります。一生懸命ピッチング練習だけをしていたら、子供たちの肘も肩も壊れます。 投げ方、フォームの問題だけではなく、股関節周りや体幹をしっかり鍛えて、下肢の大きな筋肉のパワーを上肢の指先まで伝えることができる、きちんとした運動連鎖ができるような体をつくることが大事です。
スポーツ医学相談のような取り組みが教育環境の改善の1つとしてできるのは、慶應義塾ならではのことだと思います。
上田 体育会に限らず、慶應でスポーツに関わった諸君は、卒業したら、自分でスポーツを続けるか、観戦者の側になりますが、もう1つ子供を育成するというところに必ず行ってほしいなとすごく感じます。 心技体に加え、学伝というのか、学んで伝えるような卒業生になってほしいと強く思います。
大谷 今日は皆さんの現場での経験から、示唆に富むさまざまなお話が聞けて、とてもよかったと思っています。 ぜひ今後の日本の青少年のスポーツが、より良いほうに向かうことを願いたいと思います。 今日は有り難うございました。
(2020年1月16日収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2020年3月号
【特集:青少年とスポーツ】
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