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【特集:青少年とスポーツ】
座談会:よく遊び、よく学んで、強くなる

2020/03/05

「縄跳び」の効用

大谷 よく今の子供は時間があると体を動かして遊ぶのではなく、ゲームばかりやっていると言われる。しかし、幼稚舎は違うようですね。

松永 今まさに、3学期は縄跳びが始まっています。これは、好きな子も嫌いな子も絶対にやらなければいけないのです。 4年生だと前回しとか二重跳びとか後ろ重とか、全部で13種目あるのですが、それを全部クリアすることをクラスの目標に掲げているところが多くて、朝はほとんど全員の生徒がやっています。

それは私が幼稚舎に来てすごくいいなと思った行事の1つです。ビニールではなく本物の縄を使うので、自分の感覚を研ぎ澄まして試行錯誤をしてやらないとできない。 それをやっている幼稚舎生を見ると、「ああ、楽しいな」と思います。

大谷 縄跳びには2ついい点があります。 1つは、例えば走るのが速い子は1年から6年までずっと速くて、1年の時にビリだった子が努力して6年でリレーの選手になることはほとんどない。 ところが縄跳びは練習すればするほど上手くなる。

これは教育的に非常に優れている。 だから、走るのが遅い子でも縄跳びを練習してクリアすると、非常に自分の自信になるんですよね。

松永 特に背の小さい子が縄跳びが得意だったりします。

大谷 もう1つは、最近は「ハイインパクトスポーツ」と呼ぶのですが、下肢、足の骨に衝撃が加わる運動が骨を強くするために非常に重要なのです。

例えば女子の場合は初経というイベントが起こりますが、非常にざっくり言いますと、初経前の女子は性ホルモンよりも成長ホルモンが優位なので、 その時期にハイインパクトスポーツをやると骨の外周に骨ができて骨が太くなる。 でも、初経後に性ホルモンが優位になると、骨の内側優位に骨ができるので、骨はあまり太くならない、という研究があります。

つまり、まだ実証はされていませんが、小学校の低学年くらいにハイインパクトスポーツをすることで骨の成長が促され、その人が高齢者になった時に良い影響があるはずだと言われているのです。 健康寿命の延伸が叫ばれる時代に、骨粗鬆症になってから治すのではなく、そうならないように1次予防を心がける。そのためには、子供の時に運動嫌いな子をつくらないことが大切だと考えられています。

水泳も運動種目としては素晴らしい点が多々あるのですが、一年中泳いでいても、水中では重力はキャンセルされてしまうので、身体は強くなっても骨は強くなりません。縄跳びは骨を強くするのに最適です。 その2つの点で理想的な運動です。

松永 こちらが押しつけているのではなく、子供たちは楽しみながら朝から跳び始めていて、本当に好きですね。 13種目クリアした子でも、幼稚舎記録というのがあって先輩が出した記録に挑戦するのです。

前跳びで118分とかの記録があるのです。 幼稚舎では縄跳びを跳んでいる記録中だったら、授業があっても出なくていいという公のルールがありまして、勉強嫌いの子もそれで頑張る(笑)。 過去の体育科の先生方がしっかり記録を取られていたということも大きいですね。

大谷 大事なことですよね。子供を運動嫌いにしないように、学校の先生に頑張っていただいて、縄跳びなどを導入して、運動があまり得意ではない子でも目標を達成できるということを経験させてあげる。 そういう成功体験があれば、子供たちが運動を嫌いにならずに高齢者になってからも、元気な身体を保つことにつながります。

「遊び」の大切さ

大谷 佐々木さんのご専門の発達行動学の観点から、最近、よく言われる、子供たちが昔はなかったような転び方をするといったケースは、よくあるのでしょうか。

佐々木 本来、子供は本当にいろいろな動きをしているのです。大人は歩く、座る、せいぜい走るぐらいですが、子供の場合は何10種類もの動きをしています。 しかし、多様な動作を経験する機会がどんどん少なくなっているようなのです。

例えば、小さい頃、バランスを崩した際に、転ばないような体の使い方を、頭ではなく体で覚えていきます。 しかし、すべての環境がデコボコがなくて平らであれば、そういう動きも必要なくなってしまいます。 だから、昔だったら否応なしにやっていた動きを、したことがない子が増えている。 少し大きくなってから、初めて複雑な動きを経験すると、自分の体を上手くコントロールできずに、ケガにつながる恐れがあると言われます。

実際に骨が弱っているということもあるらしいです。 つい最近聞いた話ですが、小学校の体育の授業で、跳び箱に手をついたとたんに手首を骨折するというケースがあったようです。

大谷 それは、おそらく子供に特有の若木骨折という状態です。 枯れた木の枝のようにポキッと折れるのではなく、グリーンスティックフラクチャーというのですが、生きているしなやかな木の枝を折ろうとすると、グニャッと曲がるようなイメージです。 子供の骨は軟らかいので、それが起こる。きっと骨の強度も弱くなっていて、若木骨折が起こりやすくなっているのではないかと思います。

それを防ぐためには、跳び箱の練習をするより、日頃の生活習慣の中で体を動かしてもらうしかないですね。

佐々木 やはり外で遊ばなくなったというのはすごく大きいですね。外で遊ばせられないという事情もあって。

大谷 場所もないですものね。

佐々木 また、今は親が共働きで子供と一緒にいる時間が少ない。 そうすると外に放っておくこともできないので、自然の中で、自ずと体験する動きが減ってしまっているということがあるようです。

そこで、最近は「遊び」ということをもっと意識的にやるべきだという提案をしています。 昔は遊びの中で自然に激しい動きを体験できたけれど、そういうことがなくなっているし、一緒に遊ぶ相手も少なく、群れて遊ぶようなことがない。

これは身体だけではなく、心の面への影響もすごくあるとも言われます。 遊ぶことから入って、体を動かすことが楽しくなれば、後々スポーツにつながることもあるし、そのままレクリエーションとして楽しんでもいい。 やはり最初が大事だと思います。

大谷 そうですね。認知症の予防などでも「デュアルタスク」とよく言われます。つまり、1つのことをやりながら違うことをする。 例えばただ歩くのではなくて、何かをやりながら歩くという機能が、最初に認知機能として落ちてくるわけです。

逆に、子供の昔ながらの遊びは、まさにデュアルタスクの固まりみたいなものです。 そして、それは人間関係の実習の場でもありました。 そういう場がないということはやはり大問題ですね。

佐々木 集団に年上の子も年少の子も、いろいろな子がいるんだ、ということがわかっていれば、自分と違うものに対して排他的になったりはしないと思うのですね。 学校のクラスのようにセッティングされた限られた集団しか与えられないと、違う要素を持つ子が入ってきた時に、仲間外れにするような反応が出ることが多いのかなとも思います。

「腹八分目」の指導

大谷 上田さんに伺いたいと思っていたことがあります。例えば高校生の野球の指導では、強くしようと思えば厳しい練習を課すという考え方もあります。 でも、上田さんが指導で掲げられていたのは「エンジョイ・ベースボール」でした。 そこにはいろいろな意味が込められていると思うのですが、子供たちが自主的に練習をするような形でなければ、本当の意味で強くならない、という意味ではないかと私は思っていました。

実際に上田さんが塾高野球部を指導されている時、練習量とか頻度、あるいは内容はもちろんですが、どのようなことを意識されていたのでしょうか。 実際に、全国一と言っていい激戦区を勝ち抜いて4回も甲子園に子供たちを連れていかれているわけですが。

上田 一言でいうと腹八分目ぐらいということではないでしょうか。天気のいい土曜日に授業が終わって集合しますよね。 「天気いいなあ。今日は休みにしようか」と言うと、彼らはずっと練習しています(笑)。 徹底的にしごいて疲れ果てていたら、終わった後、誰も残りません。だから逆なんだと私は思います。

「おまえらが勝手に全部やれ」というのも私は好きではなく、高校生はそこまでは無理だと思いますが、ある程度、発射台まで連れていって、やり方を教えて、あとはちょっと引いて見ていると、自分たちでやり始める。 そこが一番の楽しみなんです。サインなんかも勝手に自分たちで変えていますからね。「知らないサインが出ているな」と思うと「昨日変えました」と言う。 「俺に教えろよ」と(笑)。

ほかの学校ではできない、と言う方も多いのですが、やらせてみたら、どこの学校でもできると私は思います。 それは前田祐吉さん(元慶應義塾大学野球部監督)もよく言っておられました。指導者は腹八分目にして、学生が自分たちで考え、自分で工夫させるということですね。

今は動画を自分たちで撮って意見交換したり、YouTubeを見て研究したりしている。そこが面白いところだと思います。

大谷 腹いっぱい食べさせるような指導法をしたら、最近の子はそれで部をやめてしまうか、ケガをしてしまう。あまりいいことはないですよね。 腹八分ぐらいで指導を抑える。これは勉強になります。

上田 そうすると、こちらが「やめなさい」と言うまでやる。不思議に逆なんですよね。「早く帰れ、帰れ」と言うのが私の仕事でしたから。

大谷 それは野球に限らないでしょうね。最近、教育の現場で盛んに少人数制教育とか双方向性教育とか言われますが、例えば、小グループに分けて、 そこでテーマを与えてディスカッションさせると、思いもよらないようなアイデアが出たりする。座学で暗記するよりも身になるというわけです。

一方で、どうしても必要な知識はやはり教え込まないといけないこともあるのですが、教育の現場でもディスカッションの重要性は盛んに言われ、実践もされています。 今の先生のお話はまさにそれですよね。場をつくっておいて、やってごらんと。

上田 教えては引いて、教えては引いてということですね。

大谷 それで実際、子供たちの野球のスキルが伸びるわけですね。

上田 そう思います。一番面白いのが高校で花開かなかった選手が「大学でやりたいんです」と言うんです。 こっちは「ほかの道に行ったほうがいいんじゃないか」と一応止めるのです(笑)。 すると、大学でレギュラーになり、大会に出て、優秀選手のトロフィーをもらって嬉しそうにやってきて、「先生、僕にやめろと言いましたね」と(笑)。

こつこつウエイトトレーニングをやったりする子だったので、大学でスーッと伸びて、いいタイミングで使ってもらえたみたいですね。

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