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【特集:青少年とスポーツ】
座談会:よく遊び、よく学んで、強くなる

2020/03/05

2018年夏の甲子園大会での慶應義塾高校野球部
  • 佐々木 玲子(ささき れいこ)

    慶應義塾大学体育研究所教授 1982年お茶の水女子大学文教育学部卒業。84年同大学院人文科学研究科修了。 博士(学術)。 お茶の水女子大学文教育学部助手を経て、87年慶應義塾大学体育研究所助手。 2002年より現職。専門は発達動作学、 バイオメカニクス、身体教育学等。こどもの発達とスポーツの関連を研究。

  • 上田 誠(うえだ まこと)

    慶應義塾高等学校英語科教諭、前慶應義塾高等学校野球部監督。塾員(1981経)。1990年より慶應義塾高等学校教諭。91年同校野球部監督。 99年アメリカUCLAに野球留学。2015年まで監督を務め、計4回の甲子園出場を遂げる。 神奈川学童野球指導者セミナー代表。 著書に『エンジョイ・ベースボール』。

  • 松永 浩気(まつなが こうき)

    慶應義塾幼稚舎教諭、慶應義塾高等学校庭球部監督。塾員(2007環)。在学時は慶應義塾体育会庭球部主将。大学卒業後は 三菱電機ファルコンズと選手契約を結び、プロテニス選手として海外ツアーを転戦。 2012年より幼稚舎教諭。庭球三田会常任幹事。

  • 大谷 俊郎(司会)(おおたに としろう)

    慶應義塾大学看護医療学部教授 塾員(1980医)。整形外科医。都立大久保病院整形外科医長等を経て、 2006年現職。07年大学院健康マネジメント研究科教授、医学部スポーツ医学総合センター兼担教授。 博士(医学)。 専門は膝関節外科、スポーツ医学、バイオメカニクス等。慶應義塾体育会バスケットボール部部長。

成長期のスポーツ障害

大谷 今日は「青少年とスポーツ」について皆様と話し合っていきたいと思います。

皆様、慶應のスポーツ、そして体育教育の現場で大活躍をされている、あるいはされてきた方々なので、最初に、 それぞれご自分の日々のフィールドで感じられている、こんなことが今問題なんですよ、ということがあれば話題にしていただければと思います。 上田さんからお願いできますでしょうか。

上田 私は5年前に慶應義塾高校野球部監督を退きました。高校監督在任中に感じたことで言えば、やはり、慶應高校に入ってきた選手は、内部進学の子も含めて、ものすごくケガが多いのです。 特に肘、腰、膝ですね。どちらかというと中学時代に痛めた箇所の再発が多く、高校在学中に手術をした選手も多くいました。

この前のドラフトで大学野球部から楽天に入団が決まった津留崎大成選手も、高校2年までは順調でしたが、3年になったら肘が痛くて投げられなくなり、結局、トミー・ジョン手術(側副靱帯再建術)をしました。 その後、大学で花開いてプロに行けたのでよかったのですが、そのような選手もいるのです。

そういった選手に聞いてみると、「中学校時代、夏休みに1週間で5試合全部1人で投げた」とか言うわけです。 そのときも痛かったのに、無理をして投げ続けて高校で再発する。

それから、現在、私は大学野球部でコーチをしていますが、故障している選手を医者に連れていって話を聞くと、「小学校時代から土日の度に3試合投げていました」と言う。エースですからね。 そのように肘を酷使してきた子が、高校時代もケガをし、大学でもケガをして、最終的には手術をすることが多いのです。

これは野球界全体で考えなければいけない問題なのに、各競技団体だけで対策を練っているので、一向にその先に進まないという問題もあります。

大谷 これは古くて新しい問題ですね。 指導者も選手を壊したくてやらせているわけではないのでしょう。 子供たちは「投げたい」と言うし、保護者の方も、やはり「わが子を勝たせたい」という気持ちが強いので、指導者は、そういった本人やご家族のご希望を抑え込んで休ませることが、非常に難しいのではないかと思うのです。

ただ、一方で今のお話を伺うと、明らかにやり過ぎています。成長期に肘が壊れてしまうと取り返しがつかない後遺障害を残すことになるからです。 そのあたり、テニスではどうですか。

松永 高校テニス界で昨年話題になったのは、インターハイ(高校総体)のルールが途中で変更になったことです。 テニスの場合、団体戦を先にやり、その次の日から個人戦が始まります。 ですから、団体戦も出場し、個人戦のシングルス、ダブルスとある選手は疲労困憊の中で戦わなくてはいけないのです。

そのような日程の中、昨年は猛暑でしたので、団体戦の最中に熱中症で何人も倒れて救急車で運ばれる事態になったのです。 そこで対策を練る中で大会側が出した結論は、長年、決勝と準決勝はスリーセットマッチでやっていたものをワンセットのエイトゲームマッチで行うことでした。

インターハイの個人戦は1日4試合もやるんですね。私も高校時代にそれを経験し、全身痙攣で救急車で運ばれたことがあります。 これは絶対に無理だろう、と誰もがわかっているにも拘らず続いていたのですが、昨年ようやく少し変化がありました。

まだ根本的な改善にはなってはいないのですが、多少、選手寄りに変更してきたということで、また来年以降変わっていけばいいなと思っています。

大谷 スリーセットマッチとエイトゲームマッチでは、試合にかかる時間はどのくらい違うのですか。

松永 スリーセットマッチでフルセットになると、長い場合だと4時間近くになることもあります。 でも、エイトゲームだと長くても1時間半から2時間ぐらいです。

大谷 熱中症以外に練習のし過ぎなどで肘や肩を壊すというようなことはあるのですか。

松永 はい。やはり肘と手首が多いです。あとは腰、下半身ですね。

部活動の「やり過ぎ」の問題

大谷 佐々木さんはいかがでしょうか。

佐々木 一昨年、スポーツ庁で部活動の「やり過ぎ」が問題になりました。 私も「練習はどのぐらいの長さが適正か」を提言する議論に少しだけ関わりました。

子供たちの中には、もちろんスポーツをやらない子もいます。 しかし、やっている子は「やり過ぎ」ということもよくあり、2極化しているのです。 ですので、週に2回は必ず休んで1回の練習は2時間以内とか、目安をつくらないと、勝つために際限なく練習をすることになります。 そこで、何かしらの目安になるものを私たちが提案したのです。 やはり部活動の練習時間の長さというのは確実に問題になっているのですね。

でも、なかなか数字では決められないところもあります。海外の事情もいろいろ調べたのですが、そもそもシステムが違ったりするので、あまり参考にならないのですね。

大谷 健康マネジメント研究科で、修士課程の学生が中野区の中学校で部活動の全数調査をしたことがあります。 問題としては、まず指導者の数が非常に限られていて、かつ、その指導者が部活動に関わる時間もないぐらい忙しい。 そして、試合は土日が多く、それに全部関わらなければいけないと。

佐々木 もうブラックなんです(笑)。 指導者の先生もその種目の専門ではない方が見ているのが大半で、本当に疲弊している状態ということが多いようです。 ただ、外部に頼むとまた、資質はどうかという問題もあり、難しいところがあるのですね。

日本スポーツ協会などでも、指導者は、その種目のスキルを指導するだけではなく、人間的にと言いますか、指導者としてのベースをつくることが重要と言っています。 そこで、指導者養成のシステムを変えて、アクティブラーニングなども取り入れているようですが、全国の学校にまで浸透するのはまだ難しいのかなと思います。

大谷 上田さん、松永さんも現場で指導されていて、よく体験されていることだと思いますが、指導者の影響力というのは子供だけではなく、たとえ相手が大人であっても、いい意味でも悪い意味でも非常に大きいですよね。

だから、指導者の資質というのは、その競技の経験値さえあればいいというものでは決してなくて、やはり教育者としての視点を持っていないといけないわけです。 だから、そう簡単ではないと私も思います。 一方で、よく「一度は高校野球の監督を経験してみたい」と言う人がいるように、非常に魅力的なフィールドであることもまた間違いない。

そのように指導者の養成は極めて重大な問題ですが、慶應義塾の場合、例えば上田さんや松永さんのように、たくさん資質の高い方がいらっしゃるので、恵まれていると思います。

佐々木 慶應の場合、卒業生の方がフォローしてくださることも、すごく大きいなとつくづく思います。

大谷 スポーツをやらない子供もいるという話も出ましたが、例えば幼稚舎生の体力は落ちていると感じますか。

松永 私もここ10年ぐらいの経験値しかないのですが、感覚的にはそれほど下がっているとは感じませんね。

上田 慶應の下から来る子は意外といいのではないですか。慶應は幼稚舎を含めて、運動に対しての理解がものすごくある。 例えば普通部や中等部も週に複数回、適度に複数の部を兼部できる。 良いシステムをつくっていて、生徒が高校に上がり、その子が大学までスポーツをやることを目標にしているので、これは良い傾向だと思います。

大谷 慶應ではよく「先ず獣身を成して後に人心を養え」という『福翁百話』の言葉が引用されますが、とにかくひ弱な秀才は駄目だ、大人になってからの健康、体力が大事だよ、という福澤先生の教えがあることも大きいですね。

佐々木 それは大学生を見ていても感じます。私のクラスは女子が多いのですが、体育の授業で、「何でもできるな」と思う子は大体幼稚舎からだったりします。 何かの競技に特化してやってきたわけではなくても、体を動かすことに抵抗がなく、器用にできる子が多い。 そういう形は理想的だなと私は思います。

一般には、スポーツをやっている子でも1つの競技だけをやっていることが多いのですが、いろいろなスポーツをやっているということは非常にいいことだと思っています。

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