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【特集:サステナブルな消費】
エシカル消費に向けた消費者教育

2019/08/05

  • 細川 幸一(ほそかわ こういち)

    日本女子大学家政学部教授

消費者の権利

「消費者は王様」という言い方がある。消費者が何をどれだけ買うかは完全に消費者の自由意思に基づくものであり、これが企業の生産体制を決定するという考えである。まさに経済活動の主権者は企業ではなく消費者であることを意味している。つまり、消費者主権である。

しかし現実には、企業の広告や宣伝などによって消費者の意思決定が影響を受け、また欠陥商品や強引な勧誘、不当表示などによって消費者が身体生命あるいは財産の被害を受けるに及んで、消費者主権の言葉は企業や行政に対して消費者の利益を保護するように求める、消費者運動のスローガンになっていった。

1962年の米国ケネディ大統領の「消費者の権利保護に関する大統領特別教書」での4つの消費者の権利の表明は日本にも影響を与え、1968年には消費者保護基本法が成立した(しかし、この時点で消費者の権利規定は置かれなかった)。ケネディは「安全である権利」(the right to safe)、「知らされる権利」(the right to be informed)、「選ぶ権利」(the right to choose)、「意見を聞いてもらう権利」(the right to be heard)の4つの権利を消費者の権利として宣言した。日本でも、その後、多くの消費者立法が行われ、実質的に消費者の権利を確保する施策が数多く講じられた。2004年には消費者保護基本法が改正され、消費者の権利規定が置かれ、名称も消費者基本法に変わった。

権利から責任へ

しかし、2000年代になって変化が生じる。経済活動における消費者は主権者のはずだが、被害者として発見されたのが20世紀とすれば、21世紀のそれは、まさに豊かな消費生活の裏側で犠牲になっているものに配慮した消費行動を行う責任主体としての消費者である。すなわち、加害者にもなり得る(なっている)消費者の発見である。消費者基本法7条2項は「消費者は、消費生活に関し、環境の保全及び知的財産権等の適正な保護に配慮するよう努めなければならない」としており、旧法に規定のなかった社会に対する消費者の責任についても述べている。

さらに、2012年には消費者教育推進法が成立した。同法は消費者教育の基本理念において、消費者が公正で持続可能な社会作りに主体的に参加する消費者市民社会の考え方を盛り込んだ。また同法は消費者市民社会を「消費者が、個々の消費者の特性及び消費生活の多様性を相互に尊重しつつ、自らの消費生活に関する行動が現在及び将来の世代にわたって内外の社会経済情勢及び地球環境に影響を及ぼし得るものであることを自覚して、公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画する社会」(2条2項)と定義し、基本理念(3条)の2項においては、「消費者教育は、消費者が消費者市民社会を構成する一員として主体的に消費者市民社会の形成に参画し、その発展に寄与することができるよう、その育成を積極的に支援することを旨として行われなければならない」とした。

すなわち、従来の消費者教育は買い物上手になること、消費者の権利教育(被害にあわない教育、被害にあった場合には自ら権利を回復できる消費者になる教育)が中心であったが、近年、それに加え、自らの消費が社会に与える影響を考え、行動する消費者になる消費者市民としての消費者教育が求められるようになった。バイマンシップ(buymanship)教育から消費者市民(consumer-citizenship)教育へと移行してきたのである。

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