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【特集:サステナブルな消費】
持続可能な森林管理と木材消費

2019/08/05

  • 速水 亨(はやみ とおる)

    速水林業代表・塾員

持続可能な森林管理実現のための国際的な動き

1992年のブラジルのリオデジャネイロで開催された「国連環境開発会議」(地球サミット)で森林の取り扱いにおいて、「森林原則声明(“Forest Principles”):全ての種類の森林の経営、保全及び持続可能な開発に関する世界的合意のための法的拘束力のない権威ある原則声明」が出された。この「法的拘束力のない」という点が国際的な森林問題の複雑さを表している。実は森林はこれ以前の1980〜90年の間に毎年1,540万ha減少し、特に熱帯雨林の激しい減少に対しての危機感があったが、森林問題は各国において社会性が高く、世界を網羅した法的拘束力のある条約を結ぶことができないでいたため、「森林原則声明」においても「権威はあるが法的拘束力はない」という表現でまとまった。その後「森林に関する政府間パネル」(IPF) が作られたが具体的な活動とならない状態が続く。しかし、世界の森林管理はこの「森林原則声明」の「持続可能な森林管理」(Sustainable Forest Management, SFM)という概念が中心に据えられていくこととなった。

地球上の森林の状況

世界の年間の木材は「FAOSTAT」(国連食糧農業機関の統計)で2015年11月30日現在、有効なものとして、生産量は30億㎥弱あり、その内12億㎥が主に燃料としての薪炭利用、残り約18億㎥が建築用材や紙原料の産業用丸太になり、貿易量はわずかに1億3,600万㎥で全体の4.5%に過ぎない。

燃料に使う量が多いことに戸惑い、木材貿易量もたったそれだけの割合なのかと驚かされる。つまり木材は自国消費が大半で、そのかなりの量が燃料に使われていることが分かる。もちろん先進国のバイオマスボイラーの燃料としても使われるが、開発途上国では生活のための煮炊きや暖を取るための燃料が断然多い。

現在地球上では6000万人の先住民族が森林に依存し暮らしており、毎日の食料や生活を森林に依存する人々は約3億5000万人にも上る。これは地球上の総人口の概ね5%になる。私も林業という営みで生活しているのだから、森林に依存する1人である。先住民の方々を含めて、多くの森林に依存する人々は、命を森に預けている状態と考えても間違いではない。森林の所有権や利用権は開発途上国では明文化されておらず、慣習的に認められてきたことがほとんどである。この先住民の慣習的土地利用権は既に国連で認められているが、ほとんどの場合、先住民には土地所有という概念自体がないゆえに、その土地や森林に価値が出てくると、国家等の権力は、今まで慣習的に使ってきた人々の権利を無視して、結局利益を得て開発されてしまう。その弊害は単に森林消失だけにとどまらない。

生活のための燃料としての薪はすぐ横に森林があるからこそ日常の生活が成り立ち、飲料可能な水は森林から流れ出る。森林が消滅すれば、薪の入手が厳しくなり水場が遠くなる。女性や子供たちは、今まで住まいの横で入手できていたものを遠くまで歩いて入手することになり、女性は重い荷物を日々運ぶため体を壊したり、子供たちは教育を受けるべき時間に働らかなければならなくなる。本来は作物の収穫を維持するために畑に漉き込まれるはずの家畜の糞や農作物の残渣(ざんさ)まで燃料に使われて土地が痩せて収穫が減る。木材に比べて不適切な燃料で呼吸器の疾患が増える。結局貧困の連鎖に取り込まれていく。そして子供たちは生活のために小さい頃から売春することとなる。このことの引き金は、もしかすると我々が使っている建物や家具や紙の材料や原料の木材を入手するために森林が無秩序に伐られてしまったことが原因であるかもしれない。

しかし、そのことは日本国内ではほとんど意識されることがない。つまり「知らないという罪」を犯している。このように開発途上国を中心に森林に依存して生活している人々から森林が奪われていく現実が存在する。

2015年の国連食糧農業機関(FAO)の報告で天然林は、1990〜2015年の間に平均で年間650万ha減少している。1980〜90年の間の毎年1,540万haの減少に比べると42%程度に少なくなっているが、これは中国が森林を大きく増加させている結果であって、減少は続いている。開発途上国での深刻な違法伐採による世界の経済的損失は毎年約2兆2000億円と言われている。

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