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【特集:再生医療の未来】
座談会: 動き始めた再生医療の時代

2019/06/05

再生医療の未来の姿

中村 今の話を踏まえて、未来のあるべき再生医療の姿についていかがでしょうか。

山中 骨折の治療には、手術で自分の腰から骨を取ってきて移植をするわけです。再生医療というのは、言ってみればそれと同じことを目指しているわけで、やはり一番いいのは、自家で、オンサイトで細胞を用意して移植することです。免疫抑制を気にする必要はありませんし、第三者の感染症も気にしなくていいわけです。最後は自家移植に行きつくのではないかと思います。

自家移植というのは、2014年に髙橋政代さんが実際に患者さんにやっているわけですから、今でもやろうと思ったらできるのです。ただ、お金と時間がかかるだけです。

今できるもののお金と時間を短縮することは、日本企業の一番得意とするところだと思いますから、やろうと思えば絶対にできると思います。ですから、僕たちは細胞のストックをすることで、自家はもう要らないのだ、というブレーキになるメッセージを出してしまってはいけないと思っています。

さらに、その先にあるのは、生物としての人間が本来持っている再生力だと思います。人間は指を切断すると、再び生えてくることはありませんが、他の動物では生えてくるものもいるわけです。なぜ人間を含む哺乳類はその力を持っていないのか。アメリカの国防総省は、ヤモリ等を使って、それを真剣に研究しているらしいです。戦場で負傷し、脚を切断された方が、ヤモリのように生えてきたら、こんなにいいことはないわけですからね。

しかし残念ながら、そうした再生能力は、人間にはありません。僕の考えでは、そういった高い再生能力は、おそらく寿命が伸びるとガンにつながってしまうので、ガンにならないためのトレードオフでなくなったのではないかと想像しています。でも、きっとブレークスルーで、そういう時代も100年後ぐらいに来るのではないかと夢見ています(笑)。

岡野 2000年頃、神戸にCDB(理化学研究所多細胞システム形成研究センター)ができたときのキックオフのパーティーで、所長の竹市雅俊さんが、「CDBの目指すところは、今、私が手を切ったら、すぐに生えてくることです」とおっしゃっていました。

プラナリアやイモリの研究により、なぜそういった生物は再生できるかということが、だいぶ分かってきたのですね。これは細胞治療だけではなく遺伝子治療、さらにゲノム編集と、組み合わせれば夢物語ではないかもしれない。

中村 僕が考えていた未来の姿から、だいぶ先まで行ってしまいました(笑)。山中さんから「マイiPS細胞」という言葉が出るのではないかと待っていたのですが。

山中 いやいや、人間の指が再生する話はあくまで妄想です。研究はどんどん進んでいくだろうと(笑)。

「マイiPS」と医療インバウンド

木村 まさに近未来では、患者さん一人一人の細胞からつくる「マイiPS」がプレシジョン・メディシンの究極の姿だと思っています。先週、われわれは究極的には個別化の再生医療、自家の再生医療の普及化を目指しますと打ち出したのですが、それは、割と早く実現できるのではと思っています。

もう1つ、製薬会社から見た課題というのは、クロスボーダー(国境間取引)の問題です。再生医療ではレギュレーション(規制)が国によって違います。低分子などの通常の医薬品はICHで統一されていて、国境の向こうでも製品や試験データが通用しますが、再生医療製品ではその保証がない。国際的なレギュレーションをどうやって統一していくか。大きな課題です。

私の1つの理想は、自家による再生医療が日本でできるようになり、海外の患者さんがパスポートを持って日本に来て、再生医療を受けて帰っていくことです。そうすればレギュレーションのシステムは1つでいい。

患者さんが動くという発想であればクロスボーダーの課題は一気になくなるのです。再生医療の対象は慢性期の疾患が多く、患者さんは動くことができますよね。

中村 そうですね。安倍総理もおっしゃっていますが、医療インバウンドとして日本の強みをしっかりと打ち出し、外貨をいかに日本に呼び込むかという観点から、その考えには大賛成です。そのためにも、再生医療製品をつくるというプラットフォームが必要で、医療として実施するコアな部分を、日本が世界に打ち出せることができれば、と思うのです。

岡野 脊髄再生では、亜急性期の場合は1カ月以内に勝負をしなければいけないので他家移植になりますが、慢性期は時間的余裕もあるし、非常に多くの患者さんがいらっしゃる。そうすると、やはりiPS細胞ストックで頻度別につくっていき、その次に「マイiPS」として、慢性期の脊髄損傷の治療法を考えていかなければいけないと思っています。

木村 そうすると、会社としても対象となる患者さんが飛躍的に増えるので事業性が大幅に向上します。1億人を対象にした投資と、70億人を対象にするのでは全然違いますので。

中村 その構想を実現させるために、ここ数年で成功例を増やし、再生医療を加速することが必要ですね。これからの臨床研究の結果が国民、そして世界にどこまでアピールできるか。日本の再生医療の一番大きな分岐点に、差しかかっているのではないかと感じています。

永山 医療インバウンドについては、先日もバイオ戦略有識者会議の議論で取り上げられました。再生医療に限らず、日本の医療水準は高い。この医療インバウンドは非常に大事で、将来、再生医療で日本が先行すると、それが1つの目玉になると思います。

再生医療は、ついこの間までSFのような話だったのが、かなり現実的な話になってきている。すると、やはり社会制度、医療保険や、いろいろな倫理の問題、それから規制の共通化などの課題をクリアする必要がある。

バイオの国家戦略会議というのは、2002年、2008年に続き今年で3回目なのです。1、2回目にはほとんど何も起きなかった。1つには産業側にプレーヤーがあまり出てこなかった。バイオが対象にしている食べ物にしても、医療にしても、既存の代替物があるわけで、リスクを取って取り組む会社が少なかったのです。しかし、いよいよ中国が、再生医療の分野でも出てくる可能性があります。ヨーロッパもバイオエコノミーというスローガンで動き出しています。アメリカは1980年代からバイオ戦略を練って覇権を握ろうとしています。

日本はどうしても戦略を描くときに、形を整えることに目がいって、実現させる部分が抜けてしまいます。今度は、そういったことを避けようと、かなり具体的に作戦を練っているところです。

幹細胞の創薬利用

永山 後は、幹細胞(ステムセル)の創薬利用も重要ですね。是非、幹細胞を使って薬を開発することによって、ヒト予測、毒性や効果をみるのに有力な武器として進めていただければと思います。

山中 Clinical Trials in a Dish(CTiD)と言っていますが、人間ではなくて、プレートの上で、肝毒性などを予測するというやり方があるのです。これは臨床研究にかかる莫大なお金を低減することにつながると思います。

例えばこんな話があります。ある製薬企業が新しい糖尿病薬を開発して有望視されていました。しかし、クリニカルトライアルのフェーズ3で、アメリカで何千人に1人か2人、肝障害が出てしまい、開発は中止されたのです。でも、その薬は、1000人中999人にはものすごく効いて、肝障害が出る人さえ予め見つけられたら、画期的な薬になった可能性があります。

1000人に投与して、そのうちの100人にものすごく効果がある薬は、その100人だけを選んで投与すればものすごくいい薬ですが、今は平均化してしまうので、開発の最後の段階で終わってしまい、莫大な投資が無駄になってしまう。それが、ステムセルを使って誰に効くのかを予測できれば、画期的なことだと思います。

岡野 そうですね。先日、ある複雑なポリジェネティクスで不整脈な家系があり、その家系の兄弟から1人ずつiPS細胞をつくり、イン・ビトロ(試験管内)で評価して、治療したという例を論文で読みました。これは、やはりiPS細胞技術がなかったら絶対にできなかったことですね。

山中 再生医療目的ではなく各病院でiPSをつくり、「あなたにはこの薬を使いましょう」と処方していくわけです。認知症なども、今は同じ薬を皆に投与するので、効く人と効かない人が出てきますが、個々に「あなたはこの薬が効く可能性が高いです」と予想できれば、ずいぶんと助かります。

中村 本当に今日は活発な議論で、今後の日本の再生医療のあるべき姿が少し見えたような気がしました。有り難うございました。

(2019年4月25日収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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