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【特集:再生医療の未来】
座談会: 動き始めた再生医療の時代

2019/06/05

再生医療と医療財政

永山 私が薬価議論の中で懸念を持っているのは、高額医療と、単価の高い薬を混同して議論しているところです。

タフツ大学で、FDAをはじめとした世界の機関から、2000年〜2010年の間に承認を得た新薬を106個抽出して、その期間にそれをつくるのに関与した企業がどのくらい研究開発費を使ったかと計算したら、1つの薬に付き、平均25億5800万ドルという数字が出たのです。

なぜそんなに高いかというと、失敗した薬の費用が入っているからです。失敗を減らせればよいのですが、研究というのはやってみないと分からないという側面があります。この25億5800万ドルのうち、約11億が臨床開発以前のもので、残りの約15億ドルが臨床開発費です。

したがって、これからはやはり、AIなどを使って臨床開発をどう合理的に行ってコストを減らすことができるのかが重要になるでしょう。前臨床研究ももう少し安くできる工夫は必要だと思います。

今の薬価議論というのは、単価の高いところが攻撃されやすいのですが、これは非常に単純な話で、会社が使ったお金をカバーできないと、誰もやらなくなるわけです。ですから、単価が高いことと高額医療だということは少し違うと思うのですが、できるだけ安くした方がいい、というのは事実です。

岡野 再生医療については、現在の法制度が適用されてから、まだ誰も価格を付けていないので。結局どうしたらいいのか、となりますね。

木村 そうですね、髙橋政代先生の網膜再生の1例目の臨床研究、あれは自家ですけれど、1億〜2億円ということをおっしゃっていますね。

岡野 あとはテルモさんの、条件・期限付き承認された、筋芽細胞シート(ハートシート:1476万円)ですね。これにあわせれば良いのではないかという乱暴な意見も出ていますね。

永山 間葉系幹細胞はもう値段が付いているでしょう。ニプロさんの「ステミラック」とか。

中村 そうですね。でもやはり、一番大事なのは、その製品がどのくらい効いたかということ。そして国の医療財政上から考えると、その疾患の特異性、要するに患者がどのくらいいるのか、どのくらい厳しい病気なのかということだと思います。

例えば整形領域でいうと、腰痛に対しての再生医療というのはやはりハードルが高くなりますね。患者数が2000万人以上いますし、「ほかにも薬があるじゃないか」と言われると、なかなか進みにくい。

だから、一つ一つの再生医療製品のコストを安易に安くすればいいわけではなく、その治療効果がどのくらいあって、それによってどのくらいの人たちが恩恵を受けるのか、といった医療財政的な観点が持ち込まれないと、今でも破綻しつつある医療財政が、さらに厳しくなるのではないかと思うのです。

プレシジョン・メディシンの時代

中村 日本の再生医療の今後の世界に向けた戦略を考えていきたいと思います。再生医療製品の原料である細胞ストックの構築、製造加工、品質評価、移送、保管などのバリューチェーンの拡大、また、近未来にあるべき再生医療の姿とは何かというあたりに話を進めていければと思うのですが。

永山 山中さんに伺いたいのですが、細胞バンクは、地域ごとに製造の設備があって、バンクがあるということが望ましいのでしょうけれど、均一性という意味では、大きなところで1カ所でまとめてつくったほうがいいようにも思うのです。この点についてはどう考えておられますか。

山中 ストックの場合は、種類も非常に少ないですので、あちこちでつくるよりは数カ所でつくるのがよいと思います。日本国内でしたら24時間以内の輸送というのはどこでも可能ですから。iPSは原料に過ぎないので、重要なのはやはり最終の分化細胞をどうするかです。

今、網膜の細胞はもう凍結保存できるのです。そうすると、凍結状態での輸送も可能です。それで、現場で融解して移植する。ストックであれば、そういう形で対応できると思っています。

ただ、他家移植は理想の姿ではなくて、近未来には自家移植で必要な細胞をご本人からつくることを目指したいです。その場合は、やはり各場所でということになってきますね。

再生医療に限らず、医療全体が、今まではマスプロダクトで1種類の薬を大量につくり、何十万、何百万人という患者さんにそれを投与してきましたが、これからはやはり、同じ病気の方でも、「この人にはこの薬、この人にはこういう医療」といった、個々の対応が求められていくと思います。

今までは数少ない薬を大量生産して、それを効率よく供給するところが勝ってきたと思うのですが、これからはやはり、多種多様のものを、オンサイト(現場)で必要なときに少量生産する。これは再生医療だけでなくて、すべてがそうだと思います。おそらく昔のブロックバスターで、1つの薬でビルが1個建つというような成功例というのは、もう難しいのではないかと思うのです。

同じアルツハイマーであっても、もう何十種類の薬を使い分ける時代なのだと思います。

中村 まさにプレシジョン・メディシン(精密医療)、パーソナライズド・メディシン(個別化医療)ということですね。

ただ、そうなったときに、おそらく、ビジネスの観点からすると、いろいろな課題、とりわけコストがかかりますよね。ですから、そこに行くためには、基礎医学的なブレークスルーがまだまだ必要でしょう。

岡野 基礎研究の立場から言うと、長年、やりようがなかったロングスタンディング・クエスチョンが、iPS細胞技術や幹細胞技術を使って、研究できるようになってきました。

例えば、ヒトの初期発生や進化、さらには人類遺伝学の知見から、アフリカ人と日本人で薬の効き方はどう違うか、ということがゲノムの配列上、どこでそうなるかが分かってきました。その知見は、この人のこのパターンの病気にはこの薬が効く、ということにつながっていくと思います。ゲノム情報とともにiPS細胞、さらに様々な臓器の細胞をつくる技術というのは、革命的なパワーになっていくと思います。ですので、それを踏まえたビジネスを考えていくことが重要かと思います。

それから、実際にiPS細胞を使った再生医療というのは、当然、他家のほうがビジネスをやりやすいのですが、倫理の問題はさておき、iPS細胞はいろいろな人からつくれるのです。HLAの多様性に対しては、今、山中さんが取り組んでおられるiPS細胞ストックというものもできており、もっと技術が発達すると、iPS細胞の本来の強みである自家移植が、比較的コストをかけずにできるようになる。そうすると、また世界が変わっていくと思っています。

そこを視野に入れたリプログラミング技術やエピジェネティクス研究には、基礎研究として取り組んでいく必要があると思っています。

中村 iPS細胞の質をさらに高めるという観点からいくと、多くのiPS細胞を樹立して、そこから絞り込み、分化誘導後にさらに絞り込むという、非常に多くのお金と時間と労力をかけているプロセスがもっとシンプルになるわけですよね。

数株を樹立すれば高品質なiPS細胞ができて、そこから分化誘導して高品質な製品ができる。すると当然、価格設定が抑えられることになり、やはり製品としてもより普及すると考えられます。

そのあたりの研究で世界を牽引することが、日本が国際競争力をさらに高めていくのに大事な戦略になるのではないかと思います。

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